4 そうです、私が招かれざるものです。
四人乗りの乗り物だったので、もう一台に乗っていた残りの二人と合流し、私たちは宮殿内の一室に案内された。
周囲を騎士らしき人たちに囲まれながら、総勢三十名ほどの人たちがぞろぞろと移動するさまは、世界遺産ツアーのように見えなくもない。もしここが地球だったならば。
到着した部屋も宮殿の名にふさわしい煌びやかさで、精緻な刺繍が施された布張りのソファや飴色に輝くテーブル、重厚な佇まいのマントルピースは、そのままヨーロッパのお城の一室だと言っても通じそうだ。
人類はどこに行っても、それがたとえ異世界であろうと同じような文明を築くようになっているのかなと思考を巡らしていると、目の前に紅茶のようなものとお茶菓子らしきものが置かれた。
どう見ても、湯気を立てたほどよい温度の紅茶とスコーンにしか見えない。何ならクロテッドクリームらしきものも付いてる。残業明けの身体が甘味を欲してクリームから視線が逸らせられない。
あんな常軌を逸した見た目の生き物がいるのに、食文化は地球と同等なんてこと、あるんだろうか。でも建築様式は同じっぽいし、問題ないか。
喉も渇いていたのでありがたく頂戴し、少しスパイシーだけどおなじみのスコーンの味、加えてクリームのまろやかさにほっと息を吐いていると、向かいに座るギリシャ彫刻に微笑まれた。
「お口に合いましたか?」
他意はないんだと思いたい。でもこのとき、唐突にとある昔話が稲光のように私の脳裏を走った。
題名も内容もうろ覚えだけど、その恐怖と衝撃は忘れない。異界に紛れ込んだ主人公が現地の食材を口にしてしまい、元の世界に戻れなくなった話だ。
そう。現地の食材を、食べたら、戻れなくなるのである。
一気に血の気が引いていく。
「まさか、これで元の世界に戻れなくなったとか、言いません、よね?」
隣で今まさに紅茶らしきものに口をつけようとしていた女子高生二人の動きが止まった。
「いいえ。あなた方は望めばいつでも元の世界に戻れます。こちらのものを口にしたからといって、元の世界に戻れなくなるということはありませんよ」
素晴らしい笑顔で説明してくれたけれど、はっきり言って信用できない。
我信じずと顔に出ていたんだろう、苦笑しながらギリシャ彫刻が言葉を重ねようとするのを、その背後に立つマントの男が止めた。
「殿下。御自らお出ましにならずとも、わたくしども神官が代わってご説明申し上げましょう」
淡々と告げるその声は、どこか諫める色を含んでいた。
頭までかぶったマントをするりと外し、現れた相貌は予想通りというかおなじみの展開というか、地球では滅多にお目にかかれない美形だった。
加えて言えばその髪色も。
白髪でもなく薄い金髪でもない、文字通り銀色に輝く髪なんて、三次元で見たことない。
ざっと見ただけでも騎士の皆様方も整った顔立ちをしているし、この異世界、顔面偏差値が高すぎるのではないかと思う。
逆に私たちの顔が人の顔として認識されているのか聞いてみたい。
さっきのキパールの件もあるし、この世界では目が二つに鼻が一つ、口が一つなら人に分類されるのかもしれない。
「あなた方はこのルヴェルシュベインを救う救世主として、大いなる神であるイヴェリーンが遣わしてくださったのです」
じゃじゃーん。という効果音が聞こえてきそうである。突っ込みどころしかない。
「もうすでにご存じでしょう、この世界の窮状を。あなた方には、この世界を、ルヴェルシュベインを救える力がある。その力をどうか、貸していただけないでしょうか」
自明の理みたいに話を進めていくけれど、さっぱりである。今さっきここに遣わされた私たちがどうやって窮状を知れと。おいてけぼり感がすごい。
あれ? 今日もうすでにこの感覚味わってるな。いつだっけ。
「終末の唄は、もう奏でられたのか?」
驚くなかれ。この発言、なんとあのジャパニーズ青年からのものである。
え、何きみ、あっち側の人間!?
「終末の唄」って、何その失笑もののネーミング!!
恥ずかしげもなく真面目な顔をして発する言葉でないことだけは明らかだ。
異世界人に笑われてやしないかと神官に視線を走らせると、神妙な顔で頷くのが見えた。笑いのツボが違うのかもしれない。
「魔のものの気配は今はしませんが、そんなに差し迫ってるんですか?」
そしてこの発言は、あの女子高生ちゃんである。新たなワード、「魔のもの」に全私が大注目である。
「神託通り終末の地で魔のものを討つのなら、そこまで行くのに二ヶ月はかかりますよね?」
ここまで来る乗り物が別だったから存在しか認識していないけど、大学生っぽいがたいのいい青年が静かに口を開いた。
その隣に座るお友達とおぼしき青年も、うんうんと頷いている。そして「終末の地」って以下略。
私はこのとき、恐れ多くもカエサルの気持ちがよく分かった。「ブルータス、おまえもか」と叫んだカエサルの驚きは筆舌に尽くしがたい。
寝耳に水、藪から棒、晴天の霹靂、慣用句やことわざ各種並べても足りないくらい、度肝を抜かれたことだろう。そう、今の私のように。
カエサル式に言うならこうだ。
きみたち、全員か!!
——あぁ、これは、もしかして。
何だか一致団結して盛り上がっている地球人のみなさんを前に、私は一人冷や汗をかいていた。
私もそちら側に行きたい。「終末の唄」とか「魔のもの」とか口にするのは少し、いやかなり羞恥心を抉られるけれど、全力を尽くす。この疎外感を払拭できるなら、多少恥ずかしい思いをするくらいどうってことないはずだ。
もういっそのこと話の輪に入る? 分かったふりして頷いてたらどうにかなるんじゃない? 地球組の仲間として隅っこでいいから居場所をもらいたい。よし、これでいこう。
練り上げた戦略を胸に、俯いていた顔を上げ、神妙な顔をした周囲の雰囲気に同化しようとしていると、ふと話題が神託に関するものに移った。
「ここでもう一度神託をおさらいしてもよろしいでしょうか。あなた方には大いなる神の思し召しにより、この世界の記憶があるはずです。それが私たちが受け継いできた神託と差異がないか、確認したいのです」
ほほぅ、神託。
異世界から救世主が来るとか、そういう神のお告げがあるわけですね。そして異世界召喚の折には何らかの、おそらくは神託とか窮状とかいうもののデータが付与されると。
だからみんな、知り得ないこの世界の生物の名前やここに至る状況を把握できていると。
さらにさらに、言葉での説明だけでなくおそらくデータには視覚や聴覚を含めた五感に訴えるものもあるんじゃなかろうか。だからこそこの世界をより身近に感じ、救おうという意欲が高められると。
なるほどなるほど。そちら側の戦略も見事である。
「神託では終末の唄が歌われる時、この地に終焉が訪れると言われています。終焉の地は終末の地、魔のものが蔓延り、世界は魔のものに覆われて破滅してしまう、と——」
聞き慣れないワードの何一つピンとくるものがない。むしろ騙されるなというアラームが鳴りっぱなしである。
「この地が終わりし時、異世界より五人の救世主来たりて、この地に安寧もたらさん」
厳かな声で紡がれた言葉は、神聖な響きを持っていた。しん、と静まりかえった部屋に染み入るように響いていく。
さて、ここで一つの問題に行き当たる。
「具体的にどういう手段で安寧をもたらすのか、どこにも伝わっていません。そして——」
さすが神官、と感心するくらい落ち着いた声だ。感情を排した、穏やかで耳なじみのいい声。
その声の持ち主が、つとこちらに視線を向ける。
「ここには、六人の召喚者がいる」
招かれざるものがいる、という副音声が聞こえた気がした。




