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47 傷


 次に目が覚めたのは、あのココオベワ襲撃から丸一日経ってからだった。


 寝ているだけの私とは対照的に、周囲は混乱の極みだったらしい。


 それもそうだろう。これまでの「魔のものは旧生物を襲わない」という定説が見事に覆されたのだから。でも、私の周囲の人間にとって、混乱の種はそれだけでは済まなかった。


「おねえさん、包帯取り替えますね」

「ありがとう、嬉世きよちゃん」


 私の右手に巻かれた包帯を、手慣れた手つきで取り替えてくれる嬉世ちゃんの顔には憂いが浮かんでいる。


 利き手を負傷したということもあり、包帯を自分で取り替えられないので嬉世ちゃんがその役目を引き受けてくれている。


 嬉世ちゃんのせいではないのに、嬉世ちゃんはこの傷に責任を感じているようで、メイドさんにやってもらうと断っても応じてくれない。


 そう、私の手には傷がある。


 あの日、ココオベワに襲撃された傷だ。嬉世ちゃんの癒やしの力でも、治らなかった。それは、魔のものとこれから戦う上で非常に大きな意味を持つ。


 もしかしたら、魔のものが旧生物を通して与えた傷は、嬉世ちゃんの癒やしの力をもってしても治せないものかもしれないからだ。


 これが私の周囲、特に救世主たちに大きな衝撃を与えた。


 戦いであるからには負傷はつきものだと頭では分かっていても、癒やしの力という切り札があった。だからこそ命までは奪われないと安心していられた。それなのに。


 包帯を替えるたび、嬉世ちゃんは癒やしの力を使ってくれる。それでも、その効果は残念ながら感じられない。


 二人で沈んだ思いのまま、嬉世ちゃんがくるくると包帯を巻いてくれるのを見つめていると、メイドさんが声をかけてきた。


「おまけさま、王太子殿下が面会を希望されております。いかがいたしますか?」

「いつですか?」

「すでにいらしておいでです」

「もう!? お、お通ししてください」


 今日はすでにココオベワ襲撃から四日が経過している。

 一昨日目覚めたものの、大事をとって昨日はベッドの住人だった。


 今日はようやくベッドから出て服も着替えられたので、王太子殿下にお目通りするにもどうにか目こぼししてもらえるくらいの身だしなみにはなっていると思う。何より待たせる方が怖い。


「おまけさま、こんにちは。キヨさまもいらしていたんですね。ちょうど良かった。お二人にお話したいことがあって伺いました」


 今日も今日とて美貌麗しい王太子殿下は、後光レベルのキラキラを振りまきながら入室してきた。


 ちなみに、実のところ王太子殿下とは目が覚めた日にすでに会っている、というか目が覚めると目の前にいた。いつかの再現かと思うほどだった。


「こんにちは、王太子殿下。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 傷の具合はどうですか、なんて嬉世ちゃんの前で聞いたらすぐに話を切り上げよう、と意気込んでいたのに、王太子殿下は嬉世ちゃんが包帯を巻く手に視線を一度向けただけで、話題にはせずにさっさと椅子に座ってしまった。


 いつもは遠慮なく近い席に座るところを、今日は嬉世ちゃんが目の前に座っているからか、少し離れた席に腰を下ろした。


「キヨさま、本日も癒やしを行使されましたか?」


 話題にしないのか、と安心していたのもつかの間、王太子殿下の直球に私は固まった。


「はい。でも、やっぱりおねえさんの傷には効果がないようです。私の力不足で、申し訳ありません」

「っ、それを言うなら、私がココオベワの攻撃を避けられなかったのが悪いんです。嬉世ちゃんが悪いわけでも、メイドさんが悪いわけでも、美幼女が悪いわけでもありません」

「おまけさま。悪者探しをしているわけでも、誰かを責めているわけでもありません。ただ幼女に関しては、少し仕置きが必要でしょうが。——話が脱線しましたね。私の質問は、キヨさまの癒やしの力の範囲を探るものです。正しく力を理解しなければ、過信のもとに取り返しのつかない被害をもたらすことになる。想定外だったとはいえ、今回の出来事から学ぶ点は多々あると思っています」


 ですから、と王太子殿下はひたと私たちを見つめた。


「これから検証を行いたいと思います。お二人に、どうか協力していただきたいのです」

「私にできることであれば、協力します」

「どのような内容かによりますが、できる限り協力したいと思います」


 素直に答える嬉世ちゃんとは対照的に、私の返答はかなり保険のかかったものになってしまった。


 相手は王太子殿下である。どんな非道を押しつけてくるか分かったものではない。地位と権力を持っている人間は恐ろしいのだ。


「ではこれからおまけさまに傷をつけます。それをキヨさまが癒やしてくださいますか?」

「おねえさんに、傷ですか!?」

「ええ。とはいってもご心配なく、魔道具でつける一時的な傷です。実際に傷はつけますが、五分経てば傷はなくなります」

「でも痛みはあるんですよね?」

「ごく小さな傷ですが、痛みはないとは言い切れませんね。そこは我慢していただくしかないのが心苦しいのですが」

「そんな! 私は反対です。これ以上おねえさんに痛みを与えたくありません」


 二人でポンポンと会話が弾んでいく蚊帳の外の気分を味わいながら、外野から「あの~」と挙手してみる。


「それって、どういう検証になるんですか? 私に傷をつけて、嬉世ちゃんに癒やしてもらうのは分かるんですが、嬉世ちゃんの癒やしの力の確認なら、私でなくても今傷のある人を癒せばいいんじゃないでしょうか?」


 何も魔道具を登場させて傷を作ってまで癒やしの力の検証をしなくても、と思わなくもない。小さな傷でいいのであれば、宮殿中探せば一人くらい傷のある人いそうだし。


「そうですね、癒やしの力の有無を調べるのであればそれで事足りるでしょう。しかし我々はキヨさまの癒やしの力を疑っているわけではありません。癒やしの力を行使できる範囲を知りたいのです」

「……魔のものに付けられた傷は癒やせないかも、ということですか?」

「救世主様方にとっても我々にとっても、それは最も重要なことでしょう」


 確かに、癒やしの力がどこまで機能するのかは、生きて帰れるかどうかに繋がってくる。


「分かりました。傷、つけてください」

「おねえさんっ!?」

「ご理解いただけて何よりです。ですが」


 包帯を巻かれていない左手を王太子殿下に向けて差し出すと、そっと手を掴まれる。


 反対の手で、ウエストコートのポケットから何やら小型のペンのようなものを取り出していた。


「これほど簡単に傷つけていい、などと言うのは、私が仕向けたこととは言え、少々考えが足りないのではないでしょうか」

「……何だかなじられてる気がします」

「お気になさらず、独り言です」


 なぜだか笑顔を浮かべながらも視線が冷たい。


 協力するって言ってるのに簡単に応じるな、なんて横暴すぎではなかろうか。反抗期なのか。


「軽い火傷のようになります。五分で傷は消えますが、それまではヒリヒリと痛むかもしれません」


 さっきは軽く言っていたのに、私の手の甲を握った手の親指で撫でながら告げるその表情は暗い。


 ペン先がぐっと押され、チクリと痛みが走った。綺麗な楕円に滲んだ肌は皮膚が焼けてジュクジュクしている。確かに言われてみれば、ピリピリとした痛みを感じた。


「キヨさま、お願いします」

「はい!」


 嬉世ちゃんがぎゅっとネックレスを握って私の手に触れた。触れなくても癒やしの対象は定められるけれど、触れた方がより正確に癒やしの力を注げるそうだ。


「っ、どうしてっ!」


 癒やしをかけ終わったはずなのに、私の手には火傷がそのまま残っていた。



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