45 美幼女の誘い
「おねえさん、腕掴まれてるんですか?」
「おまけさま、なりません。この宮殿から出ることは許容されておりません」
「もう! うるさいわね! わたくしの姿が見たいですって!? どれだけ気を集めてわたくしがここに現れたか知らないからそんなことが言えるんだわ! わたくしはわたくしの持てるなけなしの力を使って、この世界を救おうとしているのよ! それなのに、なぜ邪魔をされなければならないの!?」
美幼女の怒りの剣幕に圧倒される私とは異なり、メイドさんたちも嬉世ちゃんも美幼女が叫ぶ間「おねえさん、聞いてますか!?」「おまけさま、こちらにいらしてください。手を振り払うのです」なんて言っている。
「えーっと、やっぱりちょっと行ってみないことには気が収まら……ちがった、せっかくの美幼女のお誘いでもあるわけで、ちょっとばかし席を外しても?」
「許可できません」
「おねえさん、美しいものに対して警戒心が働かなさすぎです!」
はっきりきっぱりな二人の言葉に反論が封じられる。
でもね、二人とも。この美幼女の怒りっぷりを実際に見たら私と同じ気持ちになると思うんだけどな。
「も~~、あったまきたわ!」
ああ、この台詞、去年の上司の決め台詞だったなぁ。この言葉が出たらいそいそと避難体勢を取り、被害を最小限にするのが常だったんだよなぁ。
懐かしさに現実逃避していると、美幼女は地団駄踏んでメイドさんと嬉世ちゃんを睨みつけた。
「いいわ! どのみち救世主だって近いうちに出くわすのよ! なら早かろうが問題ないわ!」
捨て台詞を吐いた美幼女をどうなだめようか考えている間に、ぎゅっと握られた手に熱がこもった。
ぐわん、と縦揺れを感じた。上下に揺れるというより、下に沈み込んでいくような感覚だ。一瞬の揺れの後、景色はすっかり様変わりしていた。
感じたのは、湿った匂いと肌を刺すような冷気。目の前に広がっているのはさっきまでの宮殿の居心地の良い部屋ではなく、鬱蒼と木が生い茂る暗い森だった。
「っ、転移魔法!? しかも複数人同時だなんて……!」
私の腕を掴んだままのメイドさんが周囲を隙なく見回しながら呟いた。
その隣で嬉世ちゃんも驚いたように辺りを見回している。どうやら私とメイドさん、嬉世ちゃんが一緒に連れてこられたようだ。
「さすがに、今のわたくしじゃあこの人数を連れてくるのは相当な負担よっ! 時間がないっていうのに、のんきに問答している方がどうかしているわよっ!」
「おまけさま、ビヨウジョなるものに、ここに連れてきた理由をたずねていただけますか?」
どうやら転移魔法は使えても、私以外の人間に姿を現すまでの魔法は使えないようだ。美幼女の姿はいまだ、メイドさんと嬉世ちゃんには見えていないらしい。
それにしても「美幼女」の発音が、どうにも棒読みだったのが気になる。
「聞こえているわよっ! ああっ、声も届かないなんて面倒ねっ! わたくしはこの娘にどうすれば魔のものを鎮め、この世界に平安をもたらせるか伝えたかっただけよ!! どれだけこの世界が窮地に瀕しているのか、実地でね! でないと、悠長に遠征だなんだってなかなか動き出さないだろうことは簡単に予想できたからよ。ああほんとに頭にくるわ。わたくしの話なんて端から無視して、いくら救世主たちを守る制約が働いているからって……っ」
「お二人とも、下がってください!」
美幼女の蕩々と流れる繰り言めいた主張は、メイドさんの緊迫した声で中断した。私と嬉世ちゃんをかばうように前に出たメイドさんは、茂みの奥を睨みながら、周囲を警戒している。
しん、と静まりかえった中で聞こえるのは、木々のざわめきとおそらく旧生物だろう鳴き声らしきもの。
特に異変は感じられないけれど、初めてくる場所でどういう状況が通常なのか判断するのは危険だ。
じわり、と不安がわき上がってくるのを察知したように、嬉世ちゃんがネックレスを握りながら私の方に身を寄せてきた。
「大丈夫です。おねえさんは、私が守ります」
緊張を滲ませながら、嬉世ちゃんが一つ頷く。
確かに、私が一番戦闘能力乏しいもんね。メイドさんのような知略も経験値もないし、嬉世ちゃんのように癒やしを使えるわけでもない。
大丈夫、守ってもらえる、という安心感を抱きながらも、どこか不安と足手まといにならないようにしなきゃという焦りが募ってくるのを止められない。
「大丈夫よ、まだ中枢じゃないもの。いくらわたくしの力が弱まりかかっているからって……」
自信満々に胸を張って肩をそびやかす美幼女の言葉が不自然に途切れた。そうしてゆっくり、美幼女は背後を振り返る。
音もなく、ここからは姿も見えないけれど、何だか気配がする。何だか分からないけれど、良くないものだということだけ、分かる。生存本能に訴えかける、そんな不穏な気配が迫ってきているのを感じて肌が一気に総毛立った。
緊張に耐えられずすぐ側にいる嬉世ちゃんにだけ聞こえる声を出そうと思ったとき、それは現れた。




