42 救世主ご一行、帰還
「イヴェリーンの片割れ、まさかの日本人疑惑」の衝撃からなかなか立ち直れずにいる私に、メイドさんはかいがいしく昼食のお世話をしてくれた。
味も分からないまま口にして、衝撃から立ち直るために省エネ体制でぼんやりソファに座っている私を再起動させたのは、軽快なノックの音だった。
「たっだいまー! あー、つっかれた~」
「おねーさん、ただいま~! あー、やっぱりこの部屋落ち着く~」
がやがやどやどやと賑やかに一週間ぶりの面々が入ってくる。
救世主ご一行、ご帰還である。
入ってくるなりソファにどっかり座り込む真楯くんを筆頭に、とおくんとはるくんが続いてソファに落ち着く。
嬉世ちゃんと輪音ちゃんは私の顔を見るなり満面の笑みで近寄ってきてくれた。
謁見があったからか、旅装を解いてパーティドレスみたいな華やかな装いになっている。さながら花の精。
なにこれ、ここまで良い子で待ってた私へのご褒美? 神様、ありがとうございます。
「お変わりありませんか? 王都周辺にも魔のものが現れたと聞いて心配してたんですが」
嬉世ちゃんがとんでもない報告をしてくれる。魔のものが着実に近づいてきているようだ。
「え、知らない。嬉世ちゃんたちは魔のものに会ったの?」
「いいえ、今回の遠征では幸いにしてといって良いのか、魔のものに出会うことはありませんでした。森の中での野営と野外訓練が中心でしたね」
「うんうん、すごい森だったよ! 木が全然じっとしてなくて! 変わった生き物ばっかりいたの! おねーさんにも見せたかった~!」
輪音ちゃんが両手をあちこち動かしながら、これくらいの大きさで、とか説明してくれるけど、多分その生き物、変わってるレベルがホラーに違いないと思う。
「ね、はるくん!」
「ん? ああ、なんだっけ、ギュルゲだっけ、輪音が気に入ったのって」
「そうそう、殻の中から出てくるの、仲良しで可愛かったよね!」
奇しくも輪音ちゃんたちも遠征先でギュルゲに遭遇していたらしい。
しかし、殻から出てくるの、可愛い? あれ、耳おかしくなったかな。
「ちょうどお茶入れてくれたって。ちょっと落ち着かない? 僕疲れちゃった」
メイドさんが入れてくれたお茶に手を伸ばしながら言ったとおくんは、真楯くんと同じ、部屋の中で一番深く沈むソファに座っている。一口飲んでそのまま沈み込むあたり、疲労は強いらしい。
はるくんはまだ動ける元気があるのか、お茶菓子を求めにリビングのテーブルに向かった。
うん、みんなとりあえず元気そうで良かった。
ほっとしていると、隣に座った嬉世ちゃんが私にもお菓子を勧めてくれる。
ああ、やっぱりいいなぁ、みんながいるのって。
久しぶりに全員そろった安堵感に浸っていると、しばらく目をつむっていた真楯くんがおもむろに起き上がった。
「こっちはこの通り無事遠征から帰ってきたわけだけど、そっちもそっちで何かあった?」
間を挟むローテーブルに乗り出すようにして身をかがめた真楯くんが、内緒話でもするように声を潜めた。屈んだ姿勢のため自然と見上げるような視線が突き刺さる。
「え、何かって?」
イヴェリーン教異端派の教えだろうか。これって言っちゃっていいんだろうか。
そっとメイドさんの様子を窺うも、お茶の用意をして壁に控えている。
いつもは部屋の外で待機するメイドさんが今日は控えているのには、理由がある。
「んー。ちょっといつもと違うし」
ほら、とかすかに視線を横に流した先にいるのは、数時間前にもお会いした金色を纏う御仁だ。どういうわけか、救世主ご一行とともにこの部屋に入ってくつろいでいるご様子。
うん、私も気になってました。どう頑張っても無視できないほどの存在感ですし。
「真楯くんたちに用があるんじゃなくて?」
「いや、一緒に昼飯食って、そのまま移動するってんで一緒だっただけで、用ならその間で済むだろ」
私たちがこそこそと話している様子に気づいたのか、王太子殿下の視線を強く感じた。
「どうぞお気になさらず。救世主様方の身辺に何か異変がないか、確認しているだけですから」
「はぁ、じゃあまぁ、いつも通りくつろがせてもらいますけど」
真楯くんは腑に落ちない様子ではあるものの、王太子殿下からそう言われてしまえばあっさり引いて、宣言通りソファに深く沈み込んだ。
確かにお偉い方に見せられないくつろぎっぷりだもんね。
隣で同じように沈み込むとおくんはすでに瞑目して意識は夢の中のようだ。もしかしたら嬉世ちゃんが癒やしを使ったのかもしれない。
それよりも、彼らが帰ってきてからずっと気になっていることがある。確かめんと、私は真楯くんの方に身を乗り出して声を潜めた。
「ねぇ、少々お伺いしたいことが」
「なに、改まって」
「あの二人、いつからあんなに仲良くなったの」
ちら、と今度は視線で示した先を、真楯くんも嬉世ちゃんも見やった。そして、「あ~」と得心したように頷いた。
三人で見つめた先には、リビングのテーブルでお茶をしている輪音ちゃんとはるくんがいる。何だか二人の雰囲気が、そこはかとなく薄桃色だ。
「いつからだっけ。なんか気づいたら? まぁいいんじゃないの、なかなかいいカップルだと思うけど」
「いつの間にか自然に近づいていた感じでしょうか。どちらかというと輪音の方から近づいていったように思います。これまでの男子とは違い、輪音が近づいても勘違いしないところに安心している、という状態のようにも思えます。輪音本人は気づいていないかもしれませんが」
「あ~、一番安心する異性っていう段階踏まないと次進めないタイプね」
「それどんなタイプ、真楯くん」
「男という存在を信用してないっていうか、美化できないタイプっていうか? はるはその点、おにーさんも太鼓判押せるくらい硬派だもん」
うさんくさい真楯くんの恋愛講釈を話半分に聞き流そうとしていると、隣に座る嬉世ちゃんが何度も深く頷いていた。
「そうです、真楯さん、その通りです! 輪音は家庭環境や生育環境もあって、男性はもとより恋愛、さらには他人に全く興味がないんです。それなのに自分から近づくようになったなんて、ものすごい進歩です。私は二人を温かく見守りたいと思います!」
「嬉世、ここまで長かったな。でも夜明けはもう近い」
「はい!」
何だか妙に盛り上がっている。いいな、きっとこの一週間二人の進展をこっそり眺めてわきわきしたんだろう。
「私も側で見たかった~。この一週間で何が起こったのか気になる~」
ちらりと輪音ちゃんとはるくんに視線を向けると、熟年夫婦かと思うくらいゆったりした様子で談笑している。
はるくん、滅多に笑わないけど、笑うと優しい表情するんだなぁ。
それを見てる輪音ちゃんも、いつにも増して可愛い。あれだ、恋する乙女で可愛さと可憐さがましましになっている。
「いやぁ、その言葉、そっくりそのままお返ししたいけど」
うっとり二人を眺めていたら、水を差すように真楯くんの言葉が飛んできた。膝についた腕で顎を押さえ、じっとこちらを見上げている。
その目が雄弁に物語っている。視線を一瞬流した先にいる人物と、一体何があったのかと。
視線の先は見なくても分かる。金色の御仁だ。
「俺たちがいない間に一体何があったの、あの王子と。どう考えてもおねーさんが目的でしょ?」
かの人は離れたソファに座ってお茶を飲んでいる。聞こえないようにと潜めた声は、先ほどよりもずっと小さく、聞こえないだろうけど同じ場所にいるだけに気まずい。
救世主たちの身辺に異変がないか、と誤魔化していたけれど、つまりはあの美幼女が接触してこないか私を見張ってるってことだと思う。
わざわざ王太子殿下が出向いてこないでも、と思わなくもないが、殿下の掌中の珠のことなので他人には任せたくないのかもしれない。おおむねそんなところだろう。
話題が話題だけに本人の耳に入らないように身をかがめて乗り出すと、嬉世ちゃんと真楯くんも内緒話するように頭を寄せ合った。
「詳細はまた後で話すけど、殿下の思い人が私に接触してくるかもしれなくて、それを見張ってるんだと思う」
こそっと早口で告げた言葉に、二人とも絶句した。
わかる。つっこみどころが多くて飲み下せないんだよね。だけど詳細は後でゆっくり話すからここらで手を打って欲しい。
そのままの姿勢でちら、と嬉世ちゃんと真楯くんを見上げると、何かに気づいたように真楯くんが視線を逸らした。
と思うと、俊敏な動きで身体を離してソファに沈み込んだ。
それはそれは深く。
「え、どうかした?」
「あー、うん、そうだ。俺、おねーさんに言い忘れてたことあるわ」
急な話題転換。
そしてどこかよそよそしい態度。しかも何だか大声。
解せないまま真楯くんの言葉を待っていると、出てきたのはさらに不可解な言葉だった。
「俺、日本に結婚約束してる恋人いるんだよね。だからごめんね」
「……うん? 何か私、全然その気もない人に勝手に勘違いされた挙げ句、ふられたみたいな状況になってる?」
「いや、おねーさんの言い方も大概辛辣よ?」
傷ついたーって目で泣き言言ってるけど、私も戸惑ってる。なぜこんな流れになったんだ。
「いやぁ、念のため? 俺は絶対おねーさんに手を出さないしおねーさんのこと恋愛対象として見ませんよっていう宣言が必要かと思って」
「それこそ何で? 別に私、輪音ちゃんみたいに落ち着く段階経てからの恋愛パターンじゃないと思うけど」
「ここでそのパターン掘り返されると困るなぁ。俺はおねーさんとどうこうなんて一切考えてませんから。ほんと怖いからここで頷いてよ。ね、おねーさんも俺のこと好きでもなんでもないでしょ? 未来永劫絶対、まかり間違ってもコイビトなんてならないでしょ? ね?」
念押しが重い。なぜそこまでして私と恋仲になりたくないんだ。いや、私もなりたいわけではないけれど。
「うん、まぁ、特別な好意は抱いてないけど。家族愛的な感じかな、強いて言えば」
「うんうん、家族だよね!」
「何でそんなに必死なの」
「ここでちゃんと線引きしておかないとこの先やばい気がしてきた。俺、結構こういう勘当たるから」
「横恋慕したりしないよ。恋人いるんでしょ? ん? じゃあなんでこの世界に召喚されたの?」
あくまで私たちの中での仮説だけど、この世界に召喚された人の共通項の一つが元の世界に未練がない人ってことだったと思う。恋人なんてまんま未練じゃないか。
私の疑問に、真楯くんはそれまでおどけて喋っていたのに、急にそれまでの表情を消して私を見た。
取り繕うのを止めたみたいに、老成した笑みを浮かべている。
「おねーさんて、たまにすっごい爆弾投げてくるよねー。まー色々あってさ。機会があったら今度話聞いてよ」
「う、ん。ごめん、配慮に欠ける質問だった」
「嬉世も、そーんな一生懸命気配消そうとしなくても大丈夫だから」
「あ、はい。すみません。聞かれたくない話題かな、と思って」
「あー……ほんと二人ともさ、なんでそんな素直なの。何かこれまでの人間観大分変わるわ」
はぁーっと隠す気のない大きなため息を吐いて、話は終わりとばかりに真楯くんはソファに身を投げた。
そうして目をつむる真楯くんを見ながら、嬉世ちゃんがそっと首にかかるネックレスを握り込んだ。
癒やしを使ったのかもしれない。そのまま眠ってしまったようだった。




