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39 かつてこの地に存在した神



 王太子殿下の予定は朝しか空いていなかったようで、約束通り早朝に庭園散策及び庭園での朝食を終えた頃には、起きてから三時間しか経っていないとは思えないほどの疲労に襲われた。


 権力者、恐るべしである。


 会話の内容は私がこれまで学んだことに関するもので、残念ながら美幼女のこぼれ話は聞けなかった。


 いつもならこの時間は部屋のソファでくつろいだり惰眠をむさぼったりするんだけど、今日は救世主一行が遠征から帰ってくる日でもある! 


 じっとしてなんかいられないとばかりに宮殿の門が見えるテラスでソワソワしながら待っていると、遠くの空が一部分、黒くなっているのに気づいた。グリパレの群れだ。


「あ、帰ってきた?」

「そうですね、騎士団色が見えます。救世主様ご一行ですね」


 そっと私の肩に厚手のストールをかけながら、メイドさんが答えてくれる。


 どんなに目をこらしても精々空に浮かぶ黒いつぶつぶしか見えないのだが、視力が超人級なのもメイドの条件なのかもしれない。


「進路から見て、まず王宮に向かわれるのでしょう。本日は先に王陛下との謁見と昼餐会を予定していると伺っております。よろしければおまけさまも昼餐会にご参加なさいますか?」

「え、王陛下とのですか? いや、そんな簡単に参加できるものでもないでしょうし、私はただのおまけのついでなので、やんごとなき方にお会いするのは荷が重すぎます」


 今日はすでにやんごとなき方と朝食もご一緒したし、これで昼食もとなると私の中での許容量を超えてしまう。


 それにないとは思うが、王陛下にまで「滅ぼしの救世主」認定されてしまう危険性もはらんでいる。君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし、である。


「でしたら昼食までの時間はお勉強の時間にいたしますか? 教典をご用意しておりますが」


 ご用意と言った瞬間にどこに携えていたのか、教典らしき分厚い本を掲げ持って見せてくれる。


 昨日から始まったメイドさんによるイヴェリーン教入門編は、大変刺激的な内容であった。

 というのも、このメイドさん、なんとあのユエジンさんの秘蔵っ子らしく、二人は師弟の関係なんだとか。つまりメイドさんももれなくイヴェリーン教異端者その二ということになる。


 ユエジンさんも神官長だし、メイドさんも普段は王宮にお勤めの才媛らしいので、もしかしたらこの世界の中枢部にはイヴェリーン教異端者がわんさかいるのかもしれない。


 一抹の不安を覚えながらも、部外者が口出しするのは祟られる気がするので、気づいてないふりを通すことにした。


「じゃあお願いします。確か昨日は、教典における創世についてでしたよね。闇に一つの光を生んだイヴェリーンは月となり太陽となり、この世界に導きを与えたとか。そこから旧生物に新たに知能を与え、新生物を生み出したと言われてるんでしたっけ」


 勧められるままにテラスに設えられたサンルームに案内される。


 なんとこのサンルーム、昨日突然現れた。


 最近私がテラスで過ごすことが多く、特に冷え込みが強くなってきたのもあって体調を崩しやしないかと心配してくれたメイドさんたちが一夜にして築いたらしい。


 ここには滅多なことではメイドさん以外の外部の人間は入ってこないので、おそらくメイドさんが作ったんだと思う。


 DIY能力もプロ級とか、やっぱりここのメイドさんたちははただ者ではない。


「そうです。教典の初文は、『光の導き、一夜にして巡る。ここにイヴェリーン降臨し、この地に安寧をもたらしむ』。夜を表す言葉が使われていることから、この光は月、もしくは星を意味するものだと伝えられています。月も星もこの世界から見えはするものの、他の星です。つまり、イヴェリーンはこの世界の外からやってきたものだと解釈できます」

「……それって、一般的な解釈ですか?」

「教義に厳密に則るのであれば、イヴェリーンは光そのものであり、この世界を拓いたものと解釈されています。それまでのルヴェルシュベインは未開の地、という概念が根底にあるのです」

「随分解釈違ってきますね」

「そうですね。神を崇める、という信仰を通して読み解くのと、文字に隠された事実を読み解こうとするのでは解釈はおのずと異なってくるものでしょう。教典ではどこまでもイヴェリーンを賛美する詩が連ねられています。この教典は後生に口伝として言い伝えられたものを文字に起こした、と言われていますが、実際はゴリムレラが残したものと考えています。その前提に則って教典を読めば、ゴリムレラのイヴェリーンに対する愛執がそこかしこに読み取れるでしょう」


 淡々とメイドさんは言葉を重ねていく。


 何の感情も挟まない語り口なので、メイドさんにとってイヴェリーン教はどういうものなのか疑問がわいた。


「あの、メイドさんにとってイヴェリーンってどういう存在ですか? イヴェリーン教はこの世界の唯一の信仰なんですよね?」


 日本じゃこんな突っ込んだことはとてもじゃないけど聞けない。


 信仰は誰にとっても自由なもので、非常にデリケートなものだ。聞くだけでも自由の侵害になりかねないほどに。


「そうですね、生活の一部、でしょうか。思考の一部とも言えますね。そもそもわたくしたちの使う言葉の端々に、イヴェリーン教の教義が強く反映されています。知らず知らず使っている言葉によって、わたくしたちは思考からイヴェリーン教に染まっているといって過言ではないでしょう。それほどまでに生活に密着しているのです」


 生活に密着。確かに、普段何気なく行っていることも、宗教が関係していたりすることは多い。


 今では解明されている災害のメカニズムとか、遙か昔は人知の及ばないことはたくさんあって、人ならざる超越した存在を崇めることで、生活に安寧がもたらされると信じていたのかもしれない。


 生活に深く根ざし、人々の心のより所になっていた、それが宗教なんだろう。


「神の存在を信じているかと問われれば、わたくしは実際に出会っていないので何とも申せません。ただ、神と呼ばれる存在は実在したと考えています」


 強い意志を感じさせる口調で、メイドさんは迷いなく断言した。


 思わず引き込まれるほどの、確信のこもった言葉だった。


「ゴリムレラもイヴェリーンも、かつてこの世界に存在した。神々の息づかいがそこかしこに残っている。そのように、わたくしは神学を研究する中で感じるようになりました。そして、現在にいたるまで脈々とイヴェリーン教が続いてきたのは、ゴリムレラの意思あってのことだということも。そうであれば、魔のものの存在もまた、ゴリムレラの意思によるものではないかと」


 続く言葉は、ユエジンさんの言葉と重なった。


 ゴリムレラの愛執、ゴリムレラの意思、かつてこの地に存在した神々。けれどこの地の信仰の対象になったのは、イヴェリーンだけだ。



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