3 見るもの全てが異世界だった
キュウデンという名のホテルか旅館だったらいいな、という淡い期待は、目の前にそびえ立つ豪華絢爛な建築物を前に、泡のように消え去った。
ほんのちょっと前までは異世界という名の撮影スタジオであればいいな、という期待を抱いてました。
でもそれは、神殿らしき場所を出て待ち構えていた乗り物を目にした時点で八割方霧散した。
だって、そこにも日常目にすることもない騎士らしき人たちがずらっと並んでいて、しかも乗り物は豪華な馬車のようなのに、引いているのは馬ではなく、角と羽を持つ巨大なカメレオンのような見たこともない生き物だったから。
カメレオンと違って舌は長くないようで、ぎょろりとした目と緑色の体はカメレオンを彷彿とさせたものの、はっきり言って相似点はそれだけ。
一つはっきりしているのは、そんな生き物は地球上には存在しないってことだけだ。
背中にチャックらしきものも見えない。機械仕掛けっぽくもない。
夢に一票入れよう、と思考を飛ばしているところで、さっき話しかけてきたジャパニーズ青年が自分のほっぺをつねって盛大に痛がっていた。
やめてくれ、夢だと思わせてくれ。
さらに目的地までは飛んで向かうのだと言う。
あ、やっぱりその羽、飛ぶためですよね、とここまで来ると悟りの境地に達していた私は、心を無にして離陸の瞬間を待った。
不思議なことにいつまで待っても飛翔感はなく、車のように揺れることもない。
本当に飛んでるのかと窓の外を見てみると、コウモリのような羽をはためかせて飛んでいる、総毛量三割増しのノルウェージャンフォレストキャットのような生き物と目が合って、瞬きするふりをして視線を逸らした。
ほら、野生の動物と視線を合わせると危険だって言うし。
そんなわけで道中目にするあらゆるものから異世界っぷりを突きつけられたわけだけど、今目の前にしている宮殿ほど異世界感を表しているものはないと思う。
見た目だけはヨーロッパにあるお城を彷彿とさせ、その豪華絢爛たる佇まいに度肝を抜かれたけれど、問題はそこではない。
門に、異世界感満載の、得体の知れない生き物らしきものが、立っているのである。
ゾウの五倍はありそうな体躯、長くとげとげした三本の尻尾、頭から生える一角、そして六つの瞳がこちらを見つめている。
全身真っ黒な上に、時々口から炎のようなものを吐き出し、辺りには黒煙が舞っていた。
白亜の宮殿の門番というよりは、地獄の門番もかくや、という出で立ち。
「これは……」
窓から見える光景に言葉を失う私に、隣に座っていたさっきの青年が窓をのぞき込んで息をのんだ。
うん、わかるよ。これはもう伝説級の生物であってほしいランクのまがまがしさだもんね。私たち、地獄に召喚されたのかな。
「あー、これ、多分、だけど、キパールだ」
たどたどしく言葉を句切りながら発された聞き慣れない言葉。突然何を言い出したんだ、青年よ。
「誰かに聞いたの?」
「いや、分かる。というか、分かるようになった……?」
「戸惑いながら言葉を選んでるところ申し訳ないんだけど、少々理解に及ばず」
「だよね。俺もちょっと戸惑ってる」
青年が言葉を探しはじめたところで、向かいに座っていた女子高生二人組が身を乗り出してきた。
「それ、わかります」
「うん、私も何か頭の中に入ってきた感じ! 見たこともないはずなのに、頭の中にデータがあって、名前とか意味とか、知識が詰め込まれてる感じなの。知ってるはずないのに、感覚では初めて見たって分かるのに、頭ではすでに知ってる情報みたいに浮かんでくるの」
「あー、そうそう。ダウンロードされたって感じだよな?」
「はい。急に頭の中で知ってることが増えた感じです」
わかるわかるとうなずき合っている三人。
かなり感覚的な要素で話し合ってるのに通じ合ってるってすごい。そして話の内容のエキセントリックさよ。
でもさ、おねーさんは心配よ。ねぇ大丈夫? それ、頭乗っ取られてませんか?
引き気味で三人の盛り上がりを傍観していたら、ついに到着したらしい。扉を開いたのは先ほどの金髪金目の美青年で、向かいの女子たちがキラキラした視線を向けている。
「遠くまでようこそお越しくださいました、救世主たち。どうぞこの世界をお救いください」
物腰は柔らかいけれど、いっそ傲慢と言っていい内容に、社会人二年目としては警戒心を抱くものの、目の前の女子高生たちはそうではないらしい。
キラキラした視線を向けている。
何も答えられずにいる私をよそに、手ずから馬車から降ろされて頬を染める女子高生たち。うん、可愛い。
隣の青年は「どの世界でもイケメンは得だよなー。しかもイケメンっぷりが突き抜けてるし。マジ最強」と達観したように言っている。全くだ。




