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38 王太子殿下への疑惑と滅ぼしの救世主特権


「あの時の幼女の言葉を、できるだけ思い出して教えて欲しいのです。幼女はどのようなことを言っていましたか?」

「それを聞くということは、まだあの美幼女は見つかっていないんですか?」

「いえ、見つかってはいるのです。ですが、あの時のことをかたくなに話そうとしないので、おまけさまからも情報をいただければ、我々であなたに付けられたしるしについて調べられるかと思いまして」


 どうやらこのしるしが謎のようである。


「確かGPS、じゃなかった、居場所を特定するものだって聞きましたけど、他にも機能があったりするんでしょうか?」

「そこが一番の気がかりです」


 ですので、と真剣な表情で王太子殿下が見つめてくる。


 金の瞳は月の光のような不思議な色合いをしている。冷たいようで温かい、あまねく世界を照らし出す、冴え冴えとした光だ。


「どうか思い出していただけませんか? 幼女は何を言っていました? 感情のままに、何かこぼしてはいないでしょうか」


 どうやらあの美幼女は感情が高ぶるとおしゃべりになるタイプというのが王太子殿下の評価らしい。

 確かにあの時めちゃくちゃしゃべってた。

 

 うーん、と目をつむってあの時の情景を思い浮かべてみる。


「私に触れた時から急に怒りだして、何か言ってました。予定外のことがあったんだと思います。おそらくですが、しるしを付けようとして、それが上手くいかないことに苛立ってるような、そんな感じでした。確か、なかなか私に会えなくて困っていたとか、あとは……うろ覚えですけど、間に合わないかもしれないとか、そんなことを言っていたような気がします」


 今思えば出会ったばかりの人間にあれだけこっぴどく叱られるなんて、なかなかないことだろうと思う。


 でも怒りをぶつけられているとはいえ、嫌な気持ちはしなかった。美幼女だからだろうか。


 違う、あれは——。


「私に対しての怒りじゃなかった、と思います。不測の事態が起こって、予定外の窮地に陥って、それを誰かに向けて怒ってるような感じでした。全てが終わってから絶望するといいわって。未熟なくせに、って言ってたような気がします。うろ覚えですけど」

「そう」


 どうにか記憶から引き出した断片を伝えると、王太子殿下はそれだけ言って考え込む様子を見せた。


 ここで私の頭には一つのひらめきが生まれた。


 王太子殿下のこの深い沈黙、憂いのある表情、何よりも美幼女に関する執拗なまでの質問。


 これはもしやもしや、掌中の珠とはまさに、恋人のことなのでは!?

 文句なしの美男美女、年の差カップルの誕生では!? 


 ということはつまり——!


 王太子殿下ロリコン疑惑浮上!! 号外号外!!


 たどり着いた世紀の真実に胸中盛大に震えていると、王太子殿下がふと顔を上げて私を見た。


「しるしを付けられた箇所に、その後違和感などはございませんか?」

「しるしと言っても、目で見えるものでもないみたいですし、自分からは見えにくいところでもありますから、全く気にならないです。特に熱を持ったりとか痛みを感じたりといったこともありませんでした。あの、差し支えなければどういったことを懸念してらっしゃるのか伺っても?」


 呪いとかで急にじわじわ首を絞められたりするのだろうか。そんな作用があるしるし、絶対ご遠慮願いたい。


「ああ、命に関わるような危険なものではないことは保障します。その点に関してはご安心ください。おそらくそのしるしは主に位置情報を知るためのものでしょう。それ以外に考えられるとしたら、あなたの感情を読み取ったり、あなたの行動、つまり今何をしているのかを把握したりすることでしょうか。より高度な魔法であればこうして私としている会話の内容も分かってしまうでしょう」


 GPSプラス盗聴機能ということか。

 なんと個人情報保護に逆行した魔法であることか。


 それにしてもなぜ私などの個人情報をこれほどまでに欲しがるのか。それもこれも全部、私が滅ぼしの救世主であるなら説明がつく。


 しかしここで私が自ら滅ぼしの救世主として名乗りを挙げることは大変危険であることくらいの知恵は働くので、口にはしない。


「へぇ、魔法ってすごいんですねぇ」


 一般的な感想だけ述べると、思っていた反応ではなかったのか、王太子殿下が驚いたようにこちらに視線を向けた。


「え、変な感想でした? ごめんなさい、こちらの常識がないのでどう反応するのが正しいのか分からなくて」

「いえ、おまけさまは、気味が悪いとは思われないのかと思いまして」

「え?」

「自分の居場所や誰といるか、何をしているか、会話の内容、感情に至るまで他人に知られてしまうことに抵抗はないのでしょうか」


 ああ、確かに何もかも筒抜けって落ち着かないかもしれない。でも。


「それって、その相手も四六時中私に張り付いてなきゃいけないってことですよね? 常に見張り続けるってできないと思うんですよ。それに、見られてるかもっていうことには抵抗はありますけど、人に見られてるかもって意識して行動する方が、私の場合自分にも周りにもプラスになることが多い気がするので、知られることに対してそれほど気にならないかもしれません。あ、でもトイレとかお風呂とか、ほんとにプライベートな部分はもちろん嫌ですけど!」

「おまけさまは……、なんというか、既存の物差しでは測れない人ですね」


 変わってるって言いたいんですね、迂遠な言い回しありがとうございます。


「でも実際自分の生活を四六時中監視されてるかもって思うのは、気分のいいものではないかもしれません。相手にもよるのかもしれませんが。あの美幼女であれば、特に抵抗ないです」

「随分あの幼女を気に入っていらっしゃるようだ」

「とっても可愛かったです! さすが王太子殿下の掌中の珠だけありますね!」


 さりげなく本音に混じってヨイショした私の言葉に、王太子殿下は疲れたように微笑んだ。


「彼女の方も、あなたを気に入ったようです。彼女はああいう性格ですから人の好悪が激しい。仲良くしていただけると、私も安心です」

「はい、ぜひ! いつ会えますか?」


 前のめりで次の予定まで立てようとすると、それまで穏やかに微笑んでいた王太子殿下が、その笑顔のまま固まった。


 あれ、機嫌損ねた? やっぱり掌中の珠だし、安易に近寄らせたくないとか?


 王太子殿下、意外に狭量なのか。


「おまけさまは、これまで私に対する面会申請は一度もされていませんね」


 急に何の話だ。


「え? 面会、申請ですか? すみません、そういった制度があるとも知らず」

「ただ一言、メイドに声をかければいいだけですよ。私に会いたいと」

「いや、そんなおいそれとお会いできる人じゃないのは私にも分かってますよ。お忙しいでしょうし、私などにお手を煩わせるのは申し訳ないですし」

「あなたは良いのですよ、いつでも声をかけてくださって」


 いや、そんな滅ぼしの救世主特権使いたくないです。

 王太子殿下、もう私が滅ぼしの救世主だって隠す気ないのかな。


「いえいえそんな」

「それとも、あの幼女には会えて私とは会いたくないのでしょうか」


 いやぁ、とごまかそうにも距離が近い。ほんの隣に座っているのである。


 視線を逸らそうにも限界があるし、あからさまに視線を逸らしすぎて気分を害さないか心配だ。相手は権力者なわけだし。


「いえ、そんなことは、ないです。会いたいです」


 長いものには巻かれておけ、というのが私のモットーである。


 たとえそれがどんなに心のこもってない言葉であっても、相手に届きさえすればどうにかなる。

 その場を取り繕いさえすれば、その後どれだけでも逃げられる、はずだった、今までは。


「そうですか。ではまた明日ともにお茶をしましょう。以前の約束通り、庭園を案内いたします」


 必殺キラリーンスマイルのまぶしさに目を細めながら、逃げ場のないことをいやというほど悟ったのであった。





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