37 王太子殿下による事情聴取
そうと知っていれば少しは取り繕えたものを、うっかり振り返ったものだから涙を拭く暇もなかった。
慌ててさっと頬を拭っておく。そしてちょっと距離も保っていたい。
ちょっ、王太子殿下、歩くのはやっ!
驚異的な速度ですぐ目の前まで近づいてきた王太子殿下は、険しい表情をしている。
あれか、ツルさんに会ったからか。それしか思いつかない。
あのひな鳥、実は国宝なのでは。
あんなに可愛ければ国宝になるのも頷ける。そんな大事な鳥にうっかり名前を教えてお話なんてしちゃったものだからお怒りなのでは。
どんな懲罰を科されるのかとおののいている私を、王太子殿下はじっと見つめた。
「……おまけさま、風が冷たくなってきましたよ。中に入って暖まりましょう」
言いたいことを全て飲み込むようにきゅっと一度唇を引き締め、一つ息を落としてから王太子殿下はそう提案した。
さりげなく隣をキープして背中を押して促される。
いつも思うがこの距離の縮め方、もうプロである。恋愛詐欺師にでもなるつもりなのか。
王太子殿下の天職について思考を飛ばしている間に、すっかりティータイムの整ったテーブルに案内された。
毎度のことながらここのメイドさんは仕事を秒でこなす。
「身体を温めるスパイスが入っています。お口に合わなければいつものお茶も用意しておりますので、遠慮なくお申し付けください」
メイドさんが差し出してくれたカップにはいつものお茶よりも赤味の強い色をした液体が入っていた。どことなくジンジャーのような匂いもする。
味はジンジャーよりも癖がなく、ほんのり甘い。
自分で思っていた以上に冷えていたのか、一口飲んだだけで身体中にじんわりと熱が広がっていく気がした。
「お口に合いましたか?」
なぜかエスコートされた状態のまま隣に腰を落ち着けた王太子殿下が、微笑みを浮かべてこちらを見ている。
出た、必殺キラリーンスマイル。本日も眩しくて直視できない。
「はい、おいしいです。いつものお茶もおいしいですけど、このお茶も少し甘みを足してくれているからか、飲みやすいです」
このままの流れで、いつもメイドさんたちがどれだけホスピタリティの限りを尽くしてくれているのかを語ろうとしたのだが、王太子殿下の頷き一つで口を閉じることになった。
「おまけさま、先ほどはテラスで何を? 外の景色をご覧になっていたようですが、面白いものはありましたか?」
これは尋問だろうか。
返答如何で打ち首にされるのだろうか。これだから権力を持った人間は怖い。
ものの見事に返答に窮してソワソワしだした私に、王太子殿下は息を吐いた。
めんどくさいと思ってるならもう解放してよー。お忙しい身でわざわざ権力者自ら尋問に来なくたっていいじゃないよー。
「質問を変えましょう。先ほどはなぜ泣いていらしたんですか? あなたの心を波立たせるものを、どうか教えてください」
真剣な王太子殿下の表情に、以前彼に言われた言葉を思い出した。
私にこの世界で心穏やかに過ごしてもらいたい、という言葉だ。それを思い出した瞬間、先ほどの王太子殿下の言葉に隠された副音声が頭に流れた。
——心穏やかに過ごせって言ってるのに、なぜ泣いて心乱してるのか。
ここでふと疑問がわく。
王太子殿下は、なぜこんなにも私の過ごし方に口を出してくるのだろうか。最高権力者のご子息が、なぜわざわざ救世主のおまけである私を気にかけるのか。
ねぇやっぱり私、ゴリムレラ側の召喚者、滅ぼしの救世主とやらではないだろうか。
これ結構的のど真ん中を射抜いちゃってるんじゃないでしょうか。
恐ろしいのでそんなこと口には出さないけれど。
「えーっと、ちょっとホームシックになったみたいです。ほら、いつも一緒にいたみんなとも離れて寂しくなったみたいで。あ、でももう大丈夫です。泣いてすっきりしたと言いますか、今はもうぜんっぜん! あー、異世界生活楽しいなぁ」
目は泳いでるし声は裏返るし棒読みだしで、日々海千山千を相手にしているだろう王太子殿下には私の本心は見抜かれているとは思うものの、とりあえず取り繕ってみる。
「そうですか。最近はこちらの世界の文化にも興味を持ってくださってるみたいですね。嬉しいことです。先日の神官長の講義もそうですが、気になることや分からないことがあれば、私にもいつでも声をかけてくださって構いませんからね」
いや、一番聞きにくい相手だわ。
王太子殿下のアプローチが直接的すぎる。
これ絶対私を滅ぼしの救世主と見なしてどうにか破壊行動を止めさせようとしてるな。
おそらくこの過保護っぷりな行動から予測して、滅ぼしの救世主が心を乱すと滅びに一歩近づくとかそういう設定があるんだと思う。
そう考えるとこれまでの王太子殿下の、ともすれば異常とも思える手厚い接待ぶりも頷けるというものである。
なるほどなるほど、「滅びの救世主を抑え込みつつ本来の救世主たちに力を発揮してもらい、世界を救おう」と、そういうことですな。
そういうことであれば私のすべきことは一つ。ただ安寧に帰る時を待つばかり。
——ん? そうだ、帰るという方法があるじゃないか。
なぜ滅ぼしの救世主である私を帰さないんだろう。それが一番平和な解決手段なのに。
あれか、救世主と滅ぼしの救世主は表裏一体、対になってるというやつか。
新たに湧き出た疑問の答えを探る前に、私の思考は王太子殿下によって阻まれた。
「先日の幼女についてですが、より詳細にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そうか、そっちが本来の目的か。
王太子殿下の掌中の珠のこととなれば、殿下自らお出ましになるのも無理からぬことである。
ようやく納得できる答えを得たことで安心した私は、改めて王太子殿下に向き直った。




