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36 ツルさん


 言葉が出なかった。


 そこにいたのは紛れもなく、ひな鳥だった。


 麦穂を想起させる温かい金色をまとった、ふわふわの丸い生き物。


 黒いつぶらな瞳は光を放ってきゅるりとこちらを見上げている。


 黄色のくちばしは尖ってはいるものの愛らしいもので、ふわふわ毛玉に収納されている羽ももこもこで魅惑の手触りであることは間違いない。


 二本の脚先は鳥類ならではのかぎ爪だけど、見た目通りのひなだからか、爪も小さくて可愛い。


 この世界に来て初めて出会う、可愛らしい動物(仮)である!


 たまらず私の手が吸い寄せられるようにひなに向かう。


 いやしかし。


 一度私は立ち止まることにした。なぜかユエジンさんの笑顔が浮かんだからだ。


 これまでどれだけ求めても得られず諦めきっていたところに、文字通り降ってわいて出てきた、魅惑の存在。ここにきて私の幻覚がレベルアップしたのだろうか。


 もしかしたらギュルゲのような旧生物にも関わらず、勝手に異世界3D色眼鏡機能を獲得した私の目が地球の生物に勝手に変換しちゃってるんじゃ。


 あり得る。飢餓状態にある人間はこれだから。


 騙されまい、と一歩後ずさる私に気づいたのか、ひなはこてりと頭を傾けた。


 あざといー!! でもかわいいーーー!!


『ふむ、これではまだ不満か。なかなか理想は高いと見える。よかろう、ではこれではどうだ?』


 ひな鳥はおもむろに背を見せ、くるりと頭だけこちらを振り返り、ふりふりとお尻をふった。


「……っ!?」

『ほれ、どうだ。尾羽もなかなかのものであろう。見えるか?』


 ひな鳥(仮)は尾羽の状態を自慢したいのかもしれないけれど、かわいいもの好きとしての着眼点はそこに終始しない。


 お尻のフォルムである。


 こんもりとしたふわふわの毛に覆われたまん丸ぽってりしたお尻が、左右にふりふりと揺れているのである。


 魅惑のふわふわ感が、躍動感を伴って、目の前でこれでもかとアピールしているのである。


 叫ばずにいられようか。


「なーっ!! 可愛い~~~ぃ!!」

『はっはー! どうやらようやく私のかわゆさが分かっ、ちょっ、ぐぇっ、まっ、ぎゅぅ!』

「うんうんかわゆいかわゆい。はぁあぁあー、かわゆいぃ」


 もうかわゆいしか言えない。私の言語機能はかわゆいに侵されてしまった。


「夢にまで見たふわふわ。いやもうふぁふぁ。ふんわふんわ。ううん違う、ふんわぁふんわぁだ。かぁわいーぃ!」


 全力でひな鳥を愛でる。


 この感触、この匂い、この温もり、本物のひな鳥確定である。


 あぁ、もうこれがほんとは旧生物でしたってオチでもいいや。だってこんなに可愛くて癒されるんだもん。


『ぐぅぇっ! ぐ、ぐるじぃ!』

「あ。ごめんなさい」


 うっかり全力で抱き潰してた。


 慌てて力を緩めると、腕の中のひな鳥がゲホゲホと咳き込んでぐったりしていた。


 その姿でさえ可愛くてうっとりしていると、恨みがましげな瞳でひな鳥が睨んできた。


『あおったのは私だが、もう少し落ち着いてもらいたいものだ。あやうく息の根が止まるかと思ったぞ』


 言うなり私の腕の中でぐったりと身体を横たえたひな鳥の可愛さに、思わず抱きしめそうになったのは言うまでもない。


「やだこれ、ほんとに私妄想を現実化させちゃった? 夢? 夢なの? え、まさかずっと夢見続けてるとか?」


 もしかしたらこの世界に来たところからの夢の住人説浮上。


 いつもの通勤路歩いてたときに実は意識失ってたとか? あり得る。

 

 ぶつぶつと一人で考え散らかしていると、腕の中の温もりが動いた。


『それにしても、どうにも居心地の良い腕をしているのだな。ふむ、まぁ当然と言えば当然か。さて。自己紹介といこう。私はツル。年は……さて、どれほど生きたかはっきりせんな。まぁ良い。よろしくな』


 握手のつもりなのか、ツルと名乗るひな鳥は片翼を広げてポンと私の二の腕を撫でた。

 

 いやもう何なの、この生き物。めちゃくちゃ可愛いけど。


 しゃべれるし動きはことごとく可愛いし、ほら今だって興奮でぷるぷるしてる私に首傾げちゃってるし。


 火に油、私に可愛い成分ですよ。


「は、はじめまして、ツルさん。私は……」


 どうにか興奮を抑えて名乗ろうとしたところで言葉に詰まった。


 名前が制限されているからだ。名前を言おうとしたらぐにゃりとねじ曲げられるような、全身がぞわぞわするあの奇妙な感覚をもう一度味わうのは勘弁してもらいたい。


 そんな思いして名乗ったところでどうせ伝わらないんだろうし。


「えーっと、今は便宜上おまけと呼ばれています。ツルさんも、どうかおまけでもお前でもキミでも人間でもお好きなように呼んでいただければ」

『本当の名は何と言う?』


 逆らいがたい強制力のようなものが混じった声に、渋々名を告げてみた。


遙宮とおのみやちよこですけど」


 ほーらやっぱり変な圧がかかったよ。空間ごとぐにゃりと曲げられるような、何とも形容できない不思議で奇妙な感覚。


 やっぱり言葉にできなかった、と落ち込んでいると、ひな鳥はふむ、と頷いた。


『チヨコと言うのか。なるほど、確かに歪められておるな。なぁに、私は神獣であるから、このような干渉など無意味なのだ。おそれいったか』


 どうだ、というように胸を張るひな鳥。鳥だけあってその胸は厚い。


 そんなことを頭の片隅で思いながら、私は衝撃に耐えていた。


「もう一度、呼んでください」

『ん? 名前か? 良いぞ。チヨコだろう? チヨコ。うむ、呼びやすくて良い名だな』


 もうずっと、誰にも呼ばれてこなかった。


 そうだ、私ちよこだった。おまけでもおねーさんでもなくて、ちよこだ。


 すぅ、と息をゆっくり胸に送る。胸いっぱいに吸い込んだ空気を、ゆっくり吐き出した。


 ゆっくり、長く、でも途中で震えて、落ち着けようと思っていたのに、見事に失敗した。


『チヨコ、お前……』


 私の様子に気づいたツルさんは、驚いたように言葉を詰まらせた。


 鳥はどうか知らないけれど、人間は感情が高ぶると目から液体が出るんですよ、と説明しようにも言葉にならない。ただただ、溢れるように涙が流れて止まらない。


 昨日からどうにも涙もろいらしい。可愛いもので興奮してたからっていうのもあるのかもしれない。感情の揺れが激しくて、高ぶっちゃったのも致し方ない。


 そんな冷静な思考とは裏腹に、涙は一向に止まる気配がなかった。


 誰にも呼んでもらえなかった名前が、耳に届いた。ただそれだけなのに、こんなにも嬉しいなんて。


「ごめんなさい、勝手に、涙が……名前呼ばれるのが、懐かしくて、嬉しくて」

『チヨコ』

「はい」

『チヨコ。チヨコ。望むならいくらでも呼ぼう』


 どういうわけかちょっぴり怒ったように言うのが、どうにも可愛らしい。思わず笑ってしまうと、ツルさんは両手を広げて抗議した。


『まぁ笑顔になったなら良い』


 呟くやいなや、風の動きを読むかのようにツルさんは動きを止めて虚空をじっと見つめた。


『ふむ、残念ながら今日のところはここまでだな。ああ、一つ言っておこう』


 家から呼び出しでもかかったのだろうか。ひな鳥だから、親鳥からの帰宅指示が出たのかもしれない。


 いそいそと両羽を振ると閉じ、収まりを確認するように何度かもそもそとお尻を揺らす姿にきゅんきゅんする。


 そんな私の目の輝きを一瞥し、ツルさんは凜々しく告げた。


『もし、この世界に自分は必要でないのだと思っているなら、その考えは改めておいた方が良い。この世界はチヨコが来るのを待っていた。私もだ。ずっと、チヨコを待っていたんだよ』


 ぽかんとする私をよそに、ツルさんはぴょんと手すりに飛び乗ると、『また会おう』と言ってふっと姿を消した。一瞬で、消えたのだ。


 異世界、不思議が爆発している。


 私がそんな衝撃に打ちのめされていると、がやがやと騒がしい雰囲気が背後から迫ってきたのに気づいた。「お待ちください、お声をおかけしますので今しばらくこちらでっ、殿下っ!」というメイドさんらしき声が聞こえる。


 メイドさんが声を荒げているなんて珍しい。しかも相手は最高権力者のご子息だ。


 やらかしとは対極にいそうな王太子殿下がどんなお小言を頂戴しているのだろうかと想像をたくましくして現実逃避をしていると、背後の扉が開く音が聞こえた。


 え、もしかして。


「おまけさま、これは一体」


 私にご用でした、王太子殿下?


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