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35 異世界可愛いもの事情



 ここルヴェルシュベインにも日本と同じように四季がある。


 召喚された頃は日本と同じ夏だったけれど、緯度が高いためか、それとも元々気温がそれほど高くないのか、日本の夏に比べると湿度も低く暑さも控えめだった。


 一ヶ月をとうに経過した今は吹く風に秋の気配を感じ、肌寒さを感じるほどだ。


 リビング一面を贅沢に使ったガラスの向こうはテラスになっており、そこから宮殿の裏庭が一望できる。


 雨ざらしなのにどういうわけか輝きを失わない、真鍮だろう手すりに寄りかかりながら彼方に広がる裏庭を見下ろすと、その木々が赤や黄、茶に色づいているのが見えた。


 木々、と言っても植物とは断言できない。


 これまでの異世界生き物講座によると、この世界に厳密に地球での植物らしき植物は存在しないからだ。植物だけど触手のような足が生えていて、移動することも多いのだとか。


 でもほとんどの植物は同じ場所を好み、それほど移動せずに留まっているのだそう。


 根を生やすものもいるらしい。さらに食用の実をつけるものも多く、そうした植物を育てて収穫する農業も盛んに行われている。


 そんなわけで、紅葉は郷愁を誘うものの、どうにもその気分にしっとり浸りきれない。


 ざわざわと聞こえる木々のざわめきは風によるものなのか、木それ自体の動きによるものなのか。


 もしくは木の鳴き声なのかもしれない。うん、あり得る。


 テラスから眺めているだけでも不自然な動きをしている木は多い。


 こうして外を眺めるようになったのはここ数日の話だけど、私もようやくこの木々の奇妙な気配に慣れてきた。


 うん、慣れるまでは悲鳴を上げたり震えて立てなくなったり、メイドさんたちには大変迷惑をかけてしまったけれど。


 例えば、ここから一番近い木は三階のこの部屋にも届くくらい立派で、紅葉した葉とは別に大きなクルミのような殻を持つ実が鈴なりになっている。


 大きさは小振りなメロンくらいあって、時々そのクルミが隣のクルミにぶつかってカラカラと音を立てる。


 それが次々に波及して、そして最後にパカッと実が開くのだ。


 まぁ、このくらいだと『ああ、実自体が生きてるんだな。ファンタジー』と異世界不思議体験にも慣れが生じていた私は、気軽になりゆきを見守るくらいの余裕があった。


 少しの期待も持ちながら。


 そしてその期待は、ファンタジーという名のホラーに塗りつぶされる。


 実が開いた瞬間、闇を溶かしたような黒い空間に光る一つの目がこちらをギョロリと見つめ、闇を裂いた真っ赤な口がニヤリと笑みを浮かべたのである。


 その瞬間、悲鳴を上げて倒れたのは何度思い出しても致し方なかったとしか思えない。


 ギュルゲと呼ばれるその旧生物は、仲間意識が強いらしく、集合体で生活するらしい。


 堅い実で己を守り、殻を叩いて仲間とコミュニケーションを取る。


 とても臆病な生き物で、滅多に殻から出てこないのだそうだが、この宮殿内のギュルゲたちは穏やかな住環境からか、警戒心が弱まっているそうだ。


 ぜひその警戒心をいつまでも持ち続けて欲しかった。


 よく見ると可愛いですよ、とメイドさんは言ったが、可愛いとは一体どのような定義なのか、一度すりあわせる必要がありそうだ。


 そんなわけで、私は今、『可愛い』に飢えている。


 癒やしを与えてくれる可愛いものを欲しているにも関わらず、輪音もとねちゃんと嬉世きよちゃん以外に可愛い成分を補給できそうなものがない。


 それなのに、二人は今強化訓練という名の合宿中。


 救世主ご一行が帰ってくるのは明日だ。あと一日、この一日がとんでもなく長い。


 一昨日思いがけなくとんでもない美幼女に出会ったけど、可愛さよりも不可思議さに意識が行ってしまって可愛いの補給なんてできなかった。


 このままでは輪音もとねちゃんと嬉世きよちゃんが帰ってくるまでに『可愛い』に枯渇してしまう。


 もうすでにギュルゲがカラカラと揺れてる姿ですら可愛く見えるような気がしてくるもん。


 ほら、自分で語尾に『もん』なんてつけて自給自足しちゃうくらいの枯渇っぷり。


 実際いくつか集まったクルミの殻が、隣同士でコツンコツンとぶつかりあっている姿は微笑ましいものなのだ。その中身さえ見なければ。


 もうすぐギュルゲが顔を出すタイミングだ、とさっと視線を逸らせられるくらい、私はギュルゲ以外の『可愛い』を見つけられずにいる。


「ああ、可愛いものを……私に癒やしをください」


 ボソボソと思わず小さな声で呟くと、応えるように木々のざわめきが聞こえた。


『そんなに可愛いものが欲しいのか。では私が与えてやろう』


 ああ、もう私限界なのかも。


 何だか可愛らしい声が、古めかしい言い回しで私を懐柔しにかかってる空耳が聞こえる。


『ほれ、可愛いだろう。特別に撫でさせてやっても良い』


 空耳だったとしてもこの声、可愛いなぁ。


 良く聞くと男の子っぽい声だけど、小さい子が頑張って偉く見せようとしてるような、そんな背伸び感にキュンとくる。


 もう少し聞いていたいと聴覚に集中できるよう目をつむった。 


『ふむ、これではまだ可愛さが足りんか。ではこれならどうだ?』


 あ~、可愛い。なんでそんな威張ってるの。構ってなの。

 

『どうだ、総毛量4割増しだ。フッサフサであろう。撫でたくなるかわゆさだろう』


 うんうん、かわゆいかわゆい。


 自慢げに声を張ってるの、かわゆくて悶えるレベルだ。


『むぅ、かわゆいのは声だけか? ほれ、目を開けて見よ。フォルムはもちろん毛艶も柔らかさも極上だぞ』


 うん?


 何だか私、この可愛らしい声と会話してる?


 私の可愛さを求めるがあまり生み出した幻聴でなくて?


『ほれ、どうだ。声だけでなく姿もかわいかろう。なんと言っても伝説のツル様だからな。ほれ、たたえるが良い。そして存分にこのかわゆさを堪能するが良い』


 蕩々と語り続けている自称かわゆい存在が実在するのであればぜひ見てみたいと、おっかなびっくり目を開けてみた。


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