31 金の光の下、魔王に出会った
光が見えた。
星屑のような、キラキラと降るような光だ。瞬くようにさらさらとこぼれていく。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
「お目覚めになりましたか、おまけさま」
星をのぞき込んでいるのかと思ったら、金の瞳が現れた。
さらさらとこぼれ落ちる金糸のような金髪も見える。え、随分近くないですか。
あまりの至近距離に頭をずらそうとすると、優しくおでこを撫でられた。
「ご気分はいかがですか?」
労るような声が降ってくる。同時に、納得のいくパーソナルスペースを取ってくれた。
そのご尊顔は間近で鑑賞するには危険すぎるので、ええ、それくらいの距離が適切ですね。ありがとうございます。
おでこに手は添えられたままですが。
「えーっと、ここは?」
「宮殿のおまけさまの私室です。おまけさまは大神殿で倒れていたところを発見され、こちらに運ばれました」
何がそんなに嬉しいことでもあったのか、ニコニコ笑顔の圧がすごい。
これ、笑ってないですよね? 怒ってますよね?
この忙しいときにうろうろほっつき歩いて問題起こしてんじゃねぇよってやつですよね?
正しく王太子殿下の副音声をくみ取り、私は深く頭を垂れた。
「このたびはご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません。わざわざ運んでいただきまして、お手数をおかけしました」
「どこか具合の悪いところはございませんか?」
「特には。少し起き上がってみても?」
「手を貸しましょう。ゆっくり身体を起こしてください」
ありがたく王太子殿下の腕に捕まって起き上がってみる。
うん、めまいもなければ身体が重いってこともない。
心配そうに私の様子を見守る王太子殿下に、頷いてみせる。
「大丈夫です。頭もはっきりしてますし、受け答えも問題ないですよね?」
「気分は?」
王太子殿下、案外しつこいな。
「大丈夫ですよ、ほんとうに。病人にしたいんですか?」
軽口を叩くと、ようやく安心したのか王太子殿下がほっと息を吐いた。
ユエジンさんが言っていたのは、社交辞令なんかじゃないのかもしれない。異世界から召喚した私たちの身も心も守るって言っていたのは。
「ご心配おかけしたみたいで、すみません」
「あなたには自由に過ごしてもらいたいと思っていますが、こういったことがあった以上、宮殿外に赴かれるのは今後容易に許可できません」
「……はい」
落ち込む私を慰めようとでも思ったのか、王太子殿下は私の手を取って握りしめる。
こちとらセクハラに敏感な社畜なもので、こうした身体接触にいちいち過敏に反応してしまう。
「おまけさま、目が覚めたばかりのところ申し訳ないですが、何があったのかお話いただけますか?」
この手はあれかな、私が嘘吐かないかどうか判断するためなのかな。
もしかして脈計ってる?
嘘吐いたり動揺したら脈が速くなるとか、緊張で手が冷えるとか、そういう判断材料のために握ってる?
「あの、大神殿をユエジンさんに案内してもらって、帰ろうとしたら何か問題があったようで。ユエジンさんに大神殿の広間で待ってるように言われたんです」
記憶をたどりながら話していると、ノックの音が聞こえた。
メイドさんかな。私が起きたのなんてドアの向こう側からでも気配で察しそうだし。
返事をする前に、扉はゆっくりと開いた。
「お目覚めになったんですね、おまけさま。顔色も良さそうだ。安心しました」
入ってきたのは、ユエジンさんだった。
「何をしにきた」
————ん? 今の声、誰?
突如聞こえた地の底から響くような声に、思わず私は辺りを見回した。
あれか、上かな。忍び系の人が潜んでるとか。
「これはこれはご挨拶ですね、殿下。もう取り繕わなくてよろしいのですか? いっそ見事なほどの擬態でしたが。いつもあのように振る舞ってくだされば、王太子付きの配下の入れ替わりの頻度は多少、減るのではないでしょうか」
目を細めて楽しくて仕方ないといったように笑うユエジンさんに、低い声が応酬する。
「王太子付きの人事に関しては私に決定権がある。神官長に気にかけてもらうようなことではない」
あっれー、おかしいなぁ。
どうもこの低い声、隣に座ってる王太子殿下から聞こえる気がするんだけど、どういう仕組み? 腹話術?
よく口元を見てみようと王太子殿下の方に顔を向けて、私は固まった。そこに魔王がいたからだ。
まがまがしいオーラを放って、金の瞳は怒りを滲ませ、その色味を濃くしている。
怒りに触れないように、自然と呼吸が細く長くなった。
「そもそも、一体どういう了見でおまけさまをこの宮殿から連れ出した?」
うん、これもう確実にこの声王太子殿下だわ。
こんな声も出せたんですね。そんな表情もできたんですね。異世界不思議アンテナが震えて反応しませんでしたよ。
手を取られたままだから逃げ出すこともできない。冷や汗で指先が冷えて、全身まで凍えそうだ。
「おまけさまにも知る権利はあるでしょう? 知る覚悟を決めていただく上でも、必要な知識は与えねばなりません」
「必要な知識を与えるために危険にさらすのでは、本末転倒だとは思わないか?」
「今回の件では落ち度は私にあります。どんな咎でも受けましょう。ただ、殿下もおまけさまに知識が必要であると思われるのであれば、今後おまけさまの学びのため、大神殿に招くことをお許しいただきたい」
「今回の件の受け止め方が異なるようだ。おまけさまが異世界からの客人だということを忘れていまいか。こちらの問題に必要以上に関与させるべきではないだろう」
丁寧な物腰とは正反対の、傲慢で不遜な態度。
王太子殿下の本来の姿はこっちなのかもしれない。別人格って言われても納得してしまうくらいの豹変ぶりだ。
「さて、それは殿下の本心でしょうか? 私には殿下の本心は別にあるように思えてなりませんが。——まぁ、この件に関しては当事者であるおまけさまの意見も重要であると考えます。いかがですか、おまけさま? 魔のものに関する話は途中でしたね。今後定期的にご説明差し上げられればと思っておりますが、いかがでしょうか?」
静かに激しい舌戦を目の前で繰り広げていたユエジンさんが、すいっと視線を流して私を見た。
笑ってるけど、目に圧がある。さっさとハイと答えろという圧だ。
さながら二人のパワハラ上司に睨まれ、どちらにおもねっても地獄を見る未来しか見えない状況である。
八方塞がりとはこのことだ。
「ええと、はい、あの、知識に関しては私は救世主たちとは違って全く無の状態なので、こちらのご迷惑にならない程度に身につけたいなとは思っていますが。あの、それってここでは教えていただけないことなんですか?」
こういうときはどちらの意見も部分的に尊重するに限る。
どうやら王太子殿下は私が宮殿外に行くのをよしと思っていないようなので、ここで教えてもらう分には問題ないんじゃないかと思ったんだけど。
「お話する分には場所は問いません。ここでも可能でしょう。しかしおまけさまに必要な知識は、大神殿でなければお伝えできないものもございます」
にっこり、ユエジンさんは笑みを深める。
これはあれだ。
言外にイヴェリーン教を揺るがしかねない教えを授けるから、誰も聞き耳立てられないところで話したいってことだ。
パワハラ上司に仕えた経験から、副音声聞き取り能力には自信がある。
「えーっと、私そこまで高度なものは求めていなくて、できれば一般教養くらいでいいんですけど」
「そうですか。ではまずは一般教養として、大神殿の壁画を見ながらお教えいたしましょう。視覚的情報は学びの理解を深めてくれる、不可欠なものです」
ユエジンさんの笑みは崩れない。
どうあっても引かない強い意志を感じて、こっちが折れてくれないかな、と王太子殿下をうかがい見る。




