29 この世界を統べる神
「魔力を持つものは、かつてこれほど少なくはなかった。市井の民でも魔力を持つものは珍しくはなかったのですよ。それが、徐々に数を減らしていった。何が原因かは分かりません。比例するように、魔のものの被害が増えていった。これは相関関係があると見て良いでしょう」
柔らかい光が降り注ぐ聖なる広間の中は、時が止まったように空気の揺らぎがない。
静謐という形状記憶によって、呼吸さえ吸い込まれてしまいそうなほど。
「魔のものはその性質に合ったものを取り込みます。魔力を持ちうる可能性のあるもの、と言い換えた方が良いかもしれません。魔のものを取り込める者は、そうした素質があるものです。魔のものとは、本来は魔力を持たない人に魔力を持たせるための存在なのですよ」
淡々と告げられる言葉も、波風一つ立てない静けさの中で、反響することもなく消えていく。
「ちょ、っと、待ってください。ちょっと理解が追いつかないです。えーっと、この世界は魔力で満ちあふれている必要がある、でもこの世界には魔力を持つ人間が圧倒的に少なくて、そのために魔のものは魔力を持たない人に魔力を付与させるために発生している……? けれどそもそも魔力を持たない人が増え、魔のものを受け入れられる人間は減っていってるから被害が大きくなってる、ってことですか?」
言いながら、自分でも何を言っているのか理解できていない。ちょっと待って、理解が追いつかない。自分で言った言葉が全て上滑りして、理解したくないと言っている。
「ええ。そしてその魔のものは、イヴェリーンを求めている」
待って。もうこれ以上処理できない問題投下しないで。
「申し上げたでしょう、魔のものはこの世界の正常化装置であり、ゴリムレラの愛執そのものであると。ゴリムレラは、イヴェリーン亡き後もイヴェリーンを求めているのですよ。魔のものを打ち消せるのは、イヴェリーンだけですから。魔のものを蔓延らせることで、イヴェリーンを探している」
「な、亡き後って……?」
「おや、聞いていらっしゃらなかった? イヴェリーンは人ですよ。一組の男女であると申し上げたでしょう。神ではない人はいずれ死ぬ。イヴェリーンも例に漏れず肉体の死を迎えました」
「亡くなってから神になった?」
「神話に照らすのであれば、いいえとお答えしましょう。イヴェリーンは初めから神であり、この世界に光をもたらした存在です。イヴェリーンが人であるという教えは世界のどこを探しても見つけられないでしょうね」
「あなたは、一体……」
ここで交わされている会話の内容は、教義に則ってはいないだろう。それどころか。
「イヴェリーン教はこの世界を支える根とも呼べるものです。人々の心には大いなる神イヴェリーンが存在する。なぜなら、ゴリムレラがそう望んだからです。この世界を統べるのはイヴェリーンではない。過去の現在も未来も、創世神ゴリムレラです」
イヴェリーンを人と断じ、ゴリムレラの存在を明らかにしようとするこの人は、一体何をしようとしているんだろう。
「勘違いしないでいただきたいのですが、私はイヴェリーン教を否定したいわけでも排斥しようとしているわけでもありません。ただ、イヴェリーンとゴリムレラのことを知りたかった、それだけです。神々のことを知るには、神官になるのが最も効率の良い道ですから」
「どうして」
思わず口をついて出た言葉に、ユエジンさんはそれまでの饒舌さを潜め、動きを止めた。光の中に佇むその姿は、神官にしては色気があり、どこか背徳的な雰囲気を纏っている。
「——その答えには、いまはまだお答えしないでおきましょう」
たっぷり間をおいて言い放つユエジンさんは、どこか面白がるように私を見た。
「ときにおまけさま。これは私の持論ですが、いかなる分野においても学びには段階が必要です。順序だった段階を経なければ、知識を正しく活用できない。知の覚醒ともなれば話は別ですが。ですので、今日の学びはここまでにしておきましょう。あなたには次の段階に進むまでに整理する時間が必要でしょうから。——それから、覚悟も」
「さっきから意味深発言多過ぎじゃないですか? できれば深入りしたくないんですけど」
ぼやく私に、ユエジンさんは目を細めて笑った。
「もうすでにこの世界で五指に入るイヴェリーン教異端派として目を付けられることになりましたからね。それは無理な相談というものでしょう」
誰が引きずりこんだと思ってるんだ、という思いを込めて睨むと、一層楽しそうにユエジンさんが笑った。




