2 異世界にて、初っぱなの説明を聞き逃す
「え、あ、私?」
声をかけてきたのは私のすぐ側にいた青年だった。
日本人らしい黒髪に黒目、ダボッとした二枚重ねのTシャツに細身のジーンズをはいている。
うん、見慣れた現代日本の格好、落ち着く。少し視線をずらすと途端に中世ヨーロッパが映るけど。見てはいけない、撮影の邪魔になるだろうし。
「そう、おねーさん。話、聞いてた?」
「話……?」
全く心当たりがない。
おや? と純日本人とおぼしきメンバーがいる周囲に視線をやると、途端に呆れたような視線が返ってくる。やらかした感にいたたまれなさが募る。
「え、っと。すみません、聞き漏らしていたようです。あ、もしかして私、やっぱりどこかの撮影現場にお邪魔してました? 撮影中断させてしまい、申し訳ありません。すぐに出て行きますので、出口教えてもらってもいいですか?」
青年からのフランクな問いかけに思わずタメ口で返しそうになったけれど、根性で仕事仕様の笑顔と口調を取り戻す。
ペコペコと頭を下げながら思いつくままに現実世界への帰路を尋ねると、さらに残念そうな空気が漂ってきた。
目の前の青年なんて、「呆れるほど聞いてなかったんだね」ってため息吐いちゃってるし。
「あのね、おねーさん。俺たち異世界に召喚されたんだって」
何の心の準備もないまま落とされたのは、衝撃のフレーズだった。
だから出口なんてないの、とたたみかける青年の慈悲のなさよ。
「い、世界?」
「そう、地球じゃない世界。あ、まだシャットダウンしないで、おねーさん。機能停止早いよ。もう少し話聞いてくれる? 召喚っていうか、俺たちは来るべくして来る運命だったって言ってたけど」
「えーっと、誰が言ってたのかとか、そもそも異世界とか、ちょっと何言ってるかわかんないです」
「だよね、そんな顔してる。俺も正直、突然すぎていまだに夢ん中か疑ってる」
あ、笑うとかわいい。
きっと私より年下だな。いや、そうじゃない、もっと別の、もっと不可解な言葉が出たはず。笑顔に癒やされてる場合じゃない。
「では、落ち着ける場所でもう一度お話しても?」
聞こえたのは、一瞬でその場を支配する声だった。思わず向けた視線の先には、金髪金目の一際目立つ男が立っていた。
「急な召喚であなた方も戸惑っておられるでしょう。心身ともにお疲れのことと思います」
高圧的とは遠く離れた穏やかな声は、その身にまとう色彩と同じく深みがある。威圧感など全くないのに、不思議なほどこの人に従わなくてはという思いに駆られる。
社畜根性をくすぐるマタタビでも隠し持っているのだろうか。
「ここは神域ですので、残念ながらくつろげる場所がございません。すでに宮殿ではあなた方を歓迎する用意が調っております。そこでゆっくり説明さしあげた上で、私たちを助けてくださるか決めていただきたいのです」
一気に心を持って行かれそうなほど、魅力に満ちた声だった。
いや、うん、私にとって魅力的な声ってだけで、他の人には——いや、一緒に召喚されたとおぼしき女子たち、みんなうっとりしてるわ。いや、男子もだわ。
おそるべき美声。しかも見た目も金髪金目、こちらの度肝をこれでもかと抜きにかかる美青年っぷり。リアルギリシャ彫刻ですか。
異世界の美的水準の高さがうかがい知れるよ、踏み込むの怖いよ。
おののいている私をよそに、さぁさぁと促されるまま私たちは、彼が宮殿と呼ぶ場所へと向かうとこになったのである。




