28 魔力を持たない神の創世記
まぁ異世界知識を得たいと思っていたし、真楯くんたちも知り得ない情報なら今後何かの役に立つかも知れない。うん、聞いちゃおう。
「世界を創っちゃうって、すごいですね」
「創世に始まりゴリムレラの求愛行動は挙げれば際限がないのですが、旧生物を創ったのもその一つです。イヴェリーンに好意を持ってもらおうとこの世界に連れてきた。けれど同意ではなかったのでしょうね、悲しみに暮れるイヴェリーンの心を慰めようと、旧生物を創ったと言われています」
「慰められましたかね……」
私がゴリムレラの友人なら、方向性間違ってるよと教えてあげたい。イヴェリーンの友人なら、価値観が違いすぎるからあいつはやめとけと言うだろう。
「おまけさまは旧生物が苦手のようですね」
「見た目のインパクトありすぎません?」
「そちらの世界ではどのような生物がいるのか、非常に興味深いですね。さて、ゴリムレラですが、旧生物の他にもこの世界のありとあらゆるものをイヴェリーンに捧げたと伝えられています。最たるものが、魔力がなくても生活できる基盤を創りあげたことでしょう。イヴェリーンは魔力を持たなかったと言われており、この世界の生活基盤の全てはゴリムレラが創りあげたものです。そのおかげで、私たちは魔力の有無にかかわらず快適に生活できているのです」
「ゴリムレラ、尽くすタイプなんですね」
「俗っぽく言うとそうなりますね」
言葉を切ったユエジンさんは、そっと私を見た後、視線を目の前の絵に移した。
光の中で男性とも女性ともつかない後ろ姿を描いたイヴェリーンだ。
「イヴェリーンは女性だったんですか?」
何となくこれまでの話から、ゴリムレラが男神でイヴェリーンが女神ってイメージが浮かぶ。
こぼれた疑問に、ユエジンさんは意味深に口角を上げた。
「ゴリムレラは男神と伝えられていますが、イヴェリーンが男女の性を持っていたかの詳細は公には明らかになっていません」
「公には?」
引っかかる物言いに、思わずユエジンさんを見上げる。
視線の先は、光を纏ったイヴェリーンのモザイク画に注がれていた。
「ええ。そもそも、イヴェリーンが神であったのか、もっと言うと神であるなら一柱の神であったのか、公にはされていません」
あ、これはこれ以上踏み込んじゃまずいやつだ。
これまでも裏話的なものだったけど、引き返せるものだったと思う。
ゴリムレラとイヴェリーンが恋愛関係でしたって言われても、あーそうなんだーくらいの感覚だけど、イヴェリーンが神じゃないかもなんてイヴェリーン教徒からすれば根幹揺るがしかねないものではなかろうか。
日本には便利な言葉があった。触らぬ神に祟りなし。なまじ神の話だけに、これ以上の深入りは危険だ。ここは戦略的撤退を選択したい。
「あ、何だか空が曇ってきました。ユエジンさん、私そろそろお暇しようかなと思います。今日は有意義な話をありがとうございました」
早口に告げて頭を下げてその隣を通ろうとすると、ユエジンさんにしては無遠慮に腕を掴んできた。
その顔は寒気を感じるほど完璧な笑顔だ。
「そんなに急がなくても良いでしょう。空もまだ明るいですし、まだまだ聞き足りないこともあるでしょう?」
「え、いやぁ、結構お伺いしたと思いますよ。ええ、何なら情報過多で処理しきれてませんし。本日はイヴェリーン教入門編、ありがとうございました。私にはまだ上級者向けのお話は早いと思うので、またいずれ機会があればお聞かせください」
では、とさりげなく力を込めてユエジンさんに捕まれた手を引き離そうとするのに、それ以上の力でユエジンさんが掴んでくる。
「話を聞いてからでも遅くはないでしょう。あなたは知っておいた方が良い。イヴェリーンは神ではなく人で、一組の男女だったということを」
ん? 何だって? 神ではなく人で? 一組の男女って?
うっかり聞いてしまった情報が頭の中で処理しきれずに上滑りしていく。
「おまけさまはお尋ねになりましたね、魔のものとは何なのかと」
すっとユエジンさんの手が、背後に掲げられた大きな絵を指す。
そこに描かれる、黒く揺らめく、闇に同化したゴリムレラを。
「私はこう答えます。魔のものはこの世界の正常化装置であり、同時にゴリムレラの愛執の現れであると」
一体何から問い直せば良いのか分からず、ほどこうとした腕に手を添えたまま私は立ちすくんだ。見つめる先にあるユエジンさんの瞳は、まっすぐに私を見つめている。
私がどんな反応を示すのか、探るように見つめてくる。
「この世界はもともと魔力を持つものたちの世界でした。魔力がある状態が正しい状態なのです」
理解を促すように足される言葉は、淡々としていた。
「旧生物たちはみな魔力を持っている。生命力と置き換えても良いでしょう。空を飛ぶ力、大地を疾く駆ける力、思念で意思疎通を図る力、危険を避け身を守る力、そうした力は全て魔力を根源としています」
一方、と言葉を繋ぎながらユエジンさんの視線はすいっと、その象徴である光に包まれたイヴェリーンのモザイク画へと向けられた。
その瞳は崇拝する神を描いたものを前にしながらも何の感情も表していないようで、心がざわついた。
「イヴェリーンは魔力を持たない、ただ人だった。魔力を持たない者が魔力を生命の源とする世界で生きていけるわけがない。それでも、創世神ゴリムレラはどうにかしてこの世界にイヴェリーンをとどめおきたかったのです。イヴェリーンが生活するに困らないシステムを作り上げて。一体、どれほどの執着でしょうね」
「——もし、一緒にいることをイヴェリーンが望んでいたのなら、個人的には幸せなことだと思いますけど」
私が意見するのが意外だったのか、ユエジンさんは驚いたように私を見た。
だから私は言葉を足してみた。
「お互い好き合ってるっていうのが前提ですけど。好きな相手にそこまでして一緒にいたいと思ってもらえてるのって、嬉しくないですか?」
「おまけさまも嬉しいと思いますか?」
「うーん。まぁ、そうですかね。好きなら、まぁ、その他状況が許せばって感じですが」
背景が分からないので何とも言えないけれど、神様の話だから親とか親戚とか仕事とかそういったものを考慮しないでいいなら、二人の思いだけでどうにかなるものではないだろうか。
そこまで盛り上がれるって正直うらやましいくらいだ。
「そうですか……。そういうものなのでしょうか。執着などの行き過ぎた思いは災いをもたらす種としてイヴェリーン教では教えているので、そういった側面を考えたことがありませんでした。新しい知見ですね」
「いや、多分行き過ぎた執着は相手にも迷惑かと思いますから、お互いの同意と周囲の人たちの迷惑にならない範囲でなら、という注釈は付くとは思います」
公序良俗に反することはおすすめできない。
この世界の公序良俗がどういうものなのかは知らないけれど、私たちの常識とそう遠くかけ離れてはいないだろう。
「そうですね、相手の同意なしというのは言語道断ですね。——さて、魔のものの話に戻りますが、この世界が魔力のあるものの世界として創られた以上、魔力で満ちあふれている状態を維持しなければならない。魔力が枯渇することは、この世界自体の終わりを意味している。魔力にあふれている状態とは、魔力を持つものがこの世界で繁栄することです」
この世界には魔法がある。生活のほとんどはそうした魔法を使って、現代日本と遜色ない生活レベルを保っている。
そのシステムはゴリムレラが創ったもので、この世界の人たちのほとんどは魔力を持たない。
これまでに知り得た知識が、ユエジンさんの言葉の意味をかみ砕いていく。
魔力を持つものはごく一握り。それなら、どうやって魔力の満ちた状態にできるだろう。




