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27 イヴェリーン教講座

「おまけさまには召喚の際に大いなる神から授けられる情報がないんでしたね。失礼しました。混乱なさったでしょう。言葉でご説明するより、絵をご覧になった方が早いかもしれませんね」


 こちらへ、と案内されたのは、広間の一番奥の壁だった。


 見上げるほどの位置に、広間を半周するほどの長さのモザイク画が連なっている。海外の教会でよく見るやつだ。字を読めない人にもその宗教の教義を伝えるためのものだろう。


 見回してみると、モザイク画以外にも絵画がかけられていたり、見事な彫刻やリリーフがそこかしこに飾られていたりする。


 計算され、あるべきところにあるような場所に設置されているからか、景色に溶け込んで違和感がない。


 間近に来た途端おもむろに目が行ってしまう、そんな作用を持っている。目の前のモザイク画もそうだ。


 キラリと光る石で描かれたその情景は、その輝きのまま視線を釘付けにする。


 宝石のような輝きを放つ細かい石がはめられ、絵全体が浮かび上がるように輝いていた。


「芸術というのは侮れませんね。千の言葉を尽くすより、一幅の絵画がそれ以上の情報を与えてくれる。忘れ得ない感動とともに」

「そういうものですかね」


 ほう、と感嘆の息を吐きながら絵画を見上げるユエジンさんの隣で私が適当に相づちを打つと、意外そうな顔でユエジンさんがこちらを見た。


「そうではないですか。おまけさまにとってのレナハント・キーナイのように」

「ど、どうしてそれを!」

 

 不意打ちであの生物のことを思い出させないで欲しい。というかどうして知っている。


 動揺する私を見るユエジンさんの目は、半月を描いていた。


「良ければ実物をお目にかけましょうか?」


 からかいの混じった声は、実に楽しげだ。さっきまでの憂いの表情はどうした。


「そんなお手間をかけていただく必要はありませんよ。それより、魔のものについて教えて下さい」


 もうこれはさっさと聞きたいこと聞き出してさよならした方がいい気がしてきた。


「おまけさまから見て、この絵はどんな風に見えますか?」

「どう……? うーん……」


 何しろ広間を半周するくらいの長さだ。


 ちょうど真ん中に位置するここから見えるのは、光の粒をまとって金色に輝く光そのものを具現化したような何かと、闇を表しているのか吸い込まれるようなぬばたまの黒を纏った何か。


 抽象的すぎて何が何やら分からない。


 ヒントを得ようとその右となりに目を向けると、実に写実的に描かれた大きな怪物と、逃げるように背を向ける人らしきものの姿が描かれていた。


 怪物の周りにはキパールやグリパレ、そしてキーナイのような生き物もいるようだ。


 ということは、旧生物と新生物の誕生、みたいな話かな?


 創世記に描かれそうな題材だ。そう判断し、また正面の絵に戻り、その左となりの絵を見てみた。


 そこには先ほどの人らしきものが描かれている。全身を大きな布で覆った人らしきものが二人寄り添って光を背負っている描写。


 さっきの怪物と一緒に描かれていたのもそうだけれど、人らしきものは姿が判然とせず、ほぼ影のような描写だ。


 ここはあえて偶像崇拝を避けたってことなのか、と思わず考えこんでしまった。


「随分熱心に見てくださるんですね」


 ふと隣からかけられた声に、思わず驚いてしまうほどには集中していたらしい。


 飛び上がった私に、ユエジンさんはふっと笑った。


「どうもあなたは集中しすぎると周りを忘れるようです。もう少し意識を残しておいた方がいいですよ。さて、この絵をどうご覧になりましたか?」


 恥ずかしさに縮こまりながらも、次の話題にすかさず飛びつくことにした。


「えーっと、おそらくこれは旧生物と新生物の誕生を描いたものでは? 確かこちらの創世記では、旧生物を創った神と新生物を創った神は異なると聞きました。なので、この、あー、キパールなどの旧生物が周りに集まっているのが旧生物を創った神で、後ろ姿なのか分かりませんが、こちらが新生物を創った神なのではと思いました」


 旧生物を創った神をうっかり怪物と呼称しそうになった。


 いけないいけない。何だっけ、確か名前聞いたような。


 すっごい印象深かったって印象だけが残ってる。わー、気になる。


「創世神ゴリムレラですね」


 だからユエジンさん、私の思考読めるのかな。疑惑の目を向けると、ユエジンさんは一層笑みを深めて話を続けた。


「おまけさまの推察通り、旧生物の中心にいるのが創世神ゴリムレラ、そしてこちらの人のような姿をしているのが大いなる神、イヴェリーンです」


 さきほどまでの声音とは異なり、静かで抑揚を抑えた声だ。神官として教義を伝えるための、訓練された声だった。


 それとも、意識しなくてもそうした声が出せるのかもしれない。ユエジンさんなら天然でできそうだ。


「この地に光を与えし神、それがイヴェリーンです。この絵はそれを象徴したものですね。全ての絵画でイヴェリーンは光、ゴリムレラは闇として描かれます。しかしこの象徴が決して善と悪に隔てられたものではないということを忘れないでください。ゴリムレラは悪などではない。ただ、イヴェリーンを恋い焦がれるあまり手に入れようとした結果、その行いが悪だとみなされるようになったというだけです」


 あれ? 何だか前に真楯またてくんから聞いた話とちょっと違うような。


「ゴリムレラが去った後にイヴェリーンがこの地にやってきたんだと思ってたんですが、ゴリムレラとイヴェリーンは恋愛関係だったんですか?」

「ああ。一般的な時系列ではゴリムレラがこの地に旧生物を創り、その後イヴェリーンがこの地に光をもたらし、世界を治めたと言われていますね」


 ニコニコと無害そのものの笑顔を浮かべているけれど、これはあれだ、余計な詮索すると大やけどするやつだ。


「あの、じゃあ私、一般的な話を希望します」

「おや、謙虚は美徳ですが、こと知識に関してはもっと貪欲になった方がよろしいですよ。いかなる場面で武器となり得るかわかりませんからね。知らないままでいることに恐怖を覚えるくらいでちょうど良いのです。さて、どこまでお話しましたか。ああ、ゴリムレラとイヴェリーンの関係ですね。ゴリムレラは執着の激しい性格のようで、誰にもイヴェリーンを奪われたくないあまりに、自ら世界を創ったのです」


 何だか丸め込まれるように神話の裏解説が始まってしまった。



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