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26 大神殿へ


 この世界の乗り物は旧生物がくもののようで、今回はユエジンさんが乗ってきたという神殿の紋章の付いた車に乗せられた。


 牽くのはグリパレとは異なる、イグーと呼ばれる純白の翼が美しい、ゾウのように鼻の長い生き物だ。ただし二足歩行の。


 歩く度に土煙を立てるほどの巨体をどうやってあの二本の脚で支えているのか。異世界の謎が増えるばかりだ。


「おまけさま、こちらでの生活はもう慣れましたか?」


 メイドさんはこの後用事があるようで、別のメイドさんと騎士が同行することになった。一人で大丈夫だと断ったけれど、華麗にスルーされてしまった。


 そんなわけで四人で車に乗り込むと、すぐさまユエジンさんが話しかけてきた。


「そうですね。おまけで付いてきた私にもとても良くしていただいてるので、ありがたいです」

「不自由なく過ごしていただけているならようございました」

「それを聞くために、わざわざ?」

「そうですね、一番伺っておきたいことでしたから。おまけさまには突然こちらの世界へ召喚されたことで戸惑いもありましょう。本意に沿わぬとは存じておりますが、できるだけこの世界を気に入っていただきたかったのです」


 慈悲深いと言ってもいいくらいの眩しい微笑みを浮かべてユエジンさんはそう言うけれど、さっきのメイドさんとの言い合いを見た後ではそのお腹、実は真っ黒なのではという疑惑が拭えない。


 まぁ、見た目通りの清廉潔白さではこの世界を統べるイヴェリーン教の神官長なんてやってられるはずないんだろうけど。


「あの、今日はどちらへ連れて行ってくださるんですか?」

「ああ、大神殿です。救世主様方を召喚した場所ですよ。あのときは随分熱心に神殿内を見ていらっしゃったでしょう? よろしければご案内さしあげたいのです」


 ああ、あの清らかさに溢れた空間!


 って、私が周囲に見惚れてたこともしっかり見られていたのか。ぜひとも記憶から消しておいて欲しかった。


 行き先を聞いて現金にも態度を改めた私に、ユエジンさんが苦笑する。


「喜んでいただけて良かった。私が部屋を訪ねたときは浮かない顔をなさっておいででしたので、心配しておりました」


 良かった、と温かな光を宿した瞳が私を見つめる。


 遠く離れた地で仲間とも離れて心細く思っている私の気持ちを和らげてくれるような、温かさだ。


 優しさを見せられると弱い。裏があるかもしれなくても、純粋な優しさだと受け止めたくなる。


「ありがとうございます。神官長じきじきに案内してもらえるなんてすごく贅沢ですよね。せっかくなんで、いろいろお伺いしたいと思います」

「ええ。ご質問があればなんなりと」


 よし、魔のものについてガンガン質問してくぞー。


 相変わらず空の旅は浮遊感もなく、振動も気にならないほど。

 あっという間に到着すると、すかさずユエジンさんが車から降りるのに手を貸してくれた。


「大神殿は庭園や回廊も見事ですが、まずは中を案内しましょう」


 前回ここを発ったときは夕闇に包まれていたしそれどころではなかったから、外観はちゃんと見るのはこれが初めてだ。


 車寄せから降りると、大神殿までまっすぐ一本の道が設けられている。

 開けた空間の中に威風堂々と佇むその姿は、歴史の重みと神聖な厳かさを感じさせた。


 思わず息をのんで背筋をただした私に、ユエジンさんはふっと笑みをこぼした。


「どうぞお楽に。大いなる神は慈悲深き存在です。異世界からの客人に対しても」

「ユエジンさん、私がその神様の手でうっかり連れてこられちゃったってこと忘れてません?」

「おや、おまけかどうかはまだ分かりませんよ。あなたにも何らかの役割があるのかもしれない」

「もしかして何かご存じなんですか?」

「いいえ。ただ、私の信奉する神は、無辜の人間をいたずらに異世界に放り出すような無慈悲な存在ではないと信じているだけです」


 遠くの木立から獣とも鳥ともつかない声が聞こえてくる。


 のどかな風景が広がるここだけを切り取ると、まさかこの世界が危機に瀕しているだなんて思えない。


 どこかで火柱が立っているとか、空まで伸びる黒煙が見えるとか、血なまぐさい臭いに包まれているとか、そんなことは一切ない。


 その日常が、非日常感に溢れているように思えるのはここが異世界だからか。


「中は少し暗いので、足下にお気を付け下さい」


 さりげなく肩に手を触れながら、ユエジンさんが大神殿の中へと誘導してくれる。


 扉の中は天井の低い短い廊下が続いていて、薄暗い。


 続く扉を開けると、光溢れる広間に出た。召喚された場所だ。


 相変わらずの静謐さと、聖なる場所という言葉がすとんと胸に落ちる場所だった。


 ざわめいていた心が、途端に凪いでいくような、不思議な感覚。誰も言葉を発しないまま、歩を進めていく。


 一歩進むたびに心が軽くなっていくような気さえした。ざわめいていた心が、落ち着いていく。


 ほぅ、と深い息を吐く私を見ながら、ユエジンさんは目を細めた。


「やはりあなたは、大いなる神の導きでここに招かれたのだと思いますよ。だからこそ、この聖なる広間でこれほどまで落ち着いていられるのです」


 あ、これはあれだな。この広間、何かいわくつきだな。


 そう長くない異世界生活の中で散々異世界不思議伝を見聞きしているので、ピコンと異世界不思議アンテナが反応するのもむべなるかな。


「えーっと、聖なる広間ここって、何かこう、人に及ぼす作用でも?」

「よこしまな思いを抱く人間は立っていることさえできませんね」


 そういえば、この広間の中へはユエジンさんと私だけが入り、メイドさんや騎士は扉の外からこちらを見ている。

 手招きしたら来てくれるだろうか、なんていたずら心がわく。


「だからここで召喚したんですか?」

「それは違います。召喚場所を私たちは選べません。神からの啓示でこの地に召喚されることを知りました。おそらく大いなる神は、この場所に救世主様方を召喚することで、私たちにもあなた方に悪意はないということを証明したかったのだと思います」


 大いなる神イヴェリーンは、とユエジンさんは続ける。


「魔のものがこの世界を分かつのを恐れていた。そのときが来るまで、こちらの人間だけでどうにか魔のものを押さえ込もうとしていたのです。しかしそれは十年前、決壊してしまった」


 この広間は天井がドーム状になっていて、空に広がっている。まるで天空に漂うように、天から柔らかい光が差して広間全体を包んでいる。


 その光の中で、ユエジンさんはゆっくりと天井を見上げた。


「封魔の人柱をしても、魔のものを抑えるのに十年保たない。もう、私たちでは太刀打ちできないのです」


 悔恨を滲ませるその声は、かすかに震えていた。


 これまでのさまざまな情報から異世界の状況はかなり逼迫していることは分かるんだけど、肌に感じてないからか私とユエジンさんとでは温度差がものすごい。


 空気を読める日本人としては同じく神妙な顔をすることなんて容易ではあるんだけれど——。


「ユエジンさん、あの、ものすごく初歩的な質問で恥ずかしいんですが、そもそも魔のものって何なんですか?」


 当初の目的通り、分からないことはどんどん聞いていくことにする。


 黙ってたらどんどん話進められて、そのうち知りませんなんて言えなくなる未来しか見えない。


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