22 封魔の人柱
救世主たちの訓練は順調に進んでいる一方、魔のものの被害も増え続けているそうだ。
この宮殿内にいると外の世界の様子を感じないけれど、時折せわしなく騎士たちが行き交っているのを見ることが増えた。
「もうすぐ終末の唄が奏でられるでしょう」
休日の昼食後、まったりとくつろぐ救世主ご一行のもとにやってきたユエジンさんは、まるで明日の天気を告げるようにそう言った。
そこには切迫した雰囲気はない。いつものように淡々と、必要事項を伝えるという義務感だけがあった。
「あー、まぁ、だよな。むしろ遅いくらいだよな」
「もうそんなに猶予はないですよね」
「不安だけど、そろそろ出発しなきゃだよね」
真楯くんたちは訓練中も情報を得る機会があるのか覚悟はできているようで、ユエジンさんの言葉もすんなり受け入れている。
受け入れられないのは私だけのようだった。
今のところ魔のものにどうやって打ち勝つのかって具体的な話は全く聞いてないけど、対抗策はできたのだろうか。ある、よね?
対抗策なしで戦いを挑むなんて、いかに救世主といえ無謀だろう。無謀な戦いの果てに待つのは、残酷な死だ。
でももしかしたら私の知らない間に、魔のものの弱点とか一撃必殺が見つかったとか打開策が見つかったのかも知れない。それならこの気楽な雰囲気にも頷ける。
私にもその安心材料をはよおくれ。
「すでにご存じかもしれませんが、終末の地まではここから二ヶ月はかかります。王宮所属の最速を誇るグリパレで向かったとしても、一ヶ月はかかるでしょう。この後騎士団の方からも打診があると思いますが、本格的に終末の地に向かう前に、急ですが明日から一週間ほど遠征してもらう運びとなりました。ああ、おまけさまは出向いていただく必要はございません。遠征では実際に魔のものに出くわす可能性もあります。本格的に魔のものとの対峙を心していただく必要があるでしょう」
「あの、大丈夫なんですよね? 怪我したり、戻ってこられなくなったりなんてこと、ないですよね?」
安心したい欲望が抑えきれず、念押しするようにユエジンさんに聞くと、軽く首を傾げて考え込むように上を見た。
打てば響くように返事してくれるユエジンさんにしては珍しく、言いよどむ気配が漂っている。
「討伐に向かうのですから、怪我はつきものと考えていただきたいですが——救世主様方に万が一のことがないよう、もちろんわたくしどもで守りは固めて行きます」
返ってきたのは何とも安心できない内容。違うの、欲しい答えはそういうのじゃないの。
え、一撃必殺、あるよね?
「もし魔のものに出くわしたら、どうするんですか? こう、何かしら打破する手段があるんですよね?」
しん、とその場に沈黙が落ちる。
こういう場合の沈黙は良いことがないと、相場が決まってる。嫌な予感がしながらもみんなの雰囲気や表情から情報を得ようと見回してみた。
「大いなる神の思し召しにより、神託通りこの地に五人の救世主が現れた。これは魔のものを打ち破る吉兆と記されています」
ユエジンさんは迂遠な言い回しをして私に理解しろと圧をかけてくる。
「ここに五人の救世主が召喚された。それが、神のご意思であるとわたくしどもは考えております。神託通り終末の唄が歌われれば、そこから魔のものが何らかの力によって消滅するであろうと。それが、現在わたくしどもが考え得る全てです」
かみ砕いて説明してくれているようだけど、その内容は限りなく夢物語だ。
そんな馬鹿な、と口に出さなかった私は、ただただあえぐように呼吸をするだけだった。
行き当たりばったりすぎる。もうちょっとこう、何か安心できるものはないのだろうか。
だってこの世界の神、うっかりミスで関係ない私まで連れてきちゃうくらい適当だよ? あわや全滅って時に、『うっかり必殺技教えるの忘れてた。テへ』って言い出しそうだよ。
「そもそも、現在魔のものの力は封魔の人柱によって抑えられています。ただ、その封魔のまじないはそう長くは保たない。言い換えれば、それまでは魔のものの力はほぼ抑えられているのです」
抑えられていてこの被害状況なのだとしたら、もしそのまじないとやらが解けてしまったらどうなるんだろうか。
それにしても、封魔の、なんだって?
久しぶりだから反応に遅れてしまった。油断した時に突如現れる、口に出すには勇気のいる異世界パワーワード。
「初耳なんですけど、封魔のなんとかって何ですか?」
「ああ、おまけさまはご存じありませんね。封魔の人柱とは、魔のものをその身に封じ、生命活動のほとんどを止めた人間のことです」
え、みんな知ってるの?
ゆっくり周りを見回すと、みんな沈痛な面持ちで視線を落としている。これは頭の中に入れられた情報で既に知ってたな。
そしてその内容はきっと、現代日本人としては話題に出すのもはばかられるようなことなんだろう。
「魔のものは周期的に大量発生し、私たちの生命を脅かしています。その周期は狭まってきている。これまでも幾度か、魔力のある人間を魔のものを封じる器とすることで、世界は平和を保ってきました」
封魔の人柱とは、つまり人身御供だ。
生け贄として捧げられ、世界に安寧をもたらす。
魔のものを討つために、魔のものを取り込める人間が犠牲になった話をこの前聞いた。
あの時は魔力のある人間が魔のものに好まれる、もしくは魔のものが勝手に吸い込まれていくというような話で、魔力のある人間が意図して魔のものを取り込めるとまでは言ってなかったけれど、実際は意識的に取り込むことができるのかもしれない。
魔装置を廃止した後も、魔力のある人間が人柱となることで、魔のものを抑えてきたんだろうか。
この世界は魔法世界だけど、魔力を持つ者はほとんどいないと言っていた。
それが、魔のものを取り込む人柱として犠牲になった、その結果だとしたら。
誰かが犠牲にならなければ守れない世界。守るために、どれだけの数の人が犠牲になっただろう。考えただけで、胃の底が焼けるように痛んだ。
「しかし、魔力を持つ人間は徐々に減ってきました。同時に、魔のものの威力は増すばかりとなった。そしておよそ十年前、魔のものは爆発的にその活動範囲を広げ、ついに人類は滅亡への道をたどるかと思われた。そのとき現れたのが、新たな封魔の人柱です」
ノーポールの魔女、と誰かが言った。




