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21 進化論の通用しない世界



 次の日から、みんなが訓練に出払っている間、私の相棒は食材図鑑とメイドさんになった。


「ひぃっ!! ……ぅ、わぁっ! ……ひゃあ!」

「…………」

「うぅわっ!……ひっ!……ぃいいーっ」

「……おまけさま、差し支えなければわたくしにページをめくる役目を任せていただけないでしょうか?」


 涙目で私がめくっているのは、食材図鑑である。


 図解のそれはカラー仕立てで、リアルさがウリでもある。

 もちろんこの世界の本だから、絵が動く。


 そんなわけで、地球基準では怪物と読んで差し支えない食材たちがうごめくのを、私は必死で接触面積を減らすべく、ページの端を指先でめくっているところなのである。

 

 しかし緊張すればするほど手が震えてうまくめくれず、パッタン、と間抜けな音を立ててうっかり違うページに飛んだりする。


 基本的に一ページは四分割され四種類の食材が紹介されている。

 そして、これぞという食材は一ページ、もしくは見開き丸々使用され、絵も大きい。


 そんなページがいきなりお出ましになれば、悲鳴も上がろうというもの。


 かれこれ同じパターンを繰り返し、私は何度も見開きいっぱいに描かれたキーナイを目にしているのである。

 あちらも私の悲鳴と涙目にうんざりしていることだろう。


「お、お願いします」

「承りました。よろしければわたくしがお読みしますので、絵が見えるところまで下がっていただいても構いませんよ」


 気遣いの人は慈愛あふれる声でそう言い、私から食材図鑑を離した。


 お言葉に甘えて、絵に描かれた生き物がテントウムシくらいの大きさに見える距離に落ち着く。


 うん、これならどんな生物が登場しても所見で飛び上がるほどの驚きは防げる。


 見えにくければちょっとずつ近づいていけばいいだけだし、ページをめくるたびに次はどんなエキセントリックな生物が現れるかとドキドキすることもない。


「この世界の生き物って、本当に不思議ですね」


 進化論にのっとってないのは確かだ。


 哺乳類とか鳥類とかのくくりも怪しい。もっと言えば植物と動物の境もなさそう。そういう区別もこの世界にはないのかもしれない。


「わたくしたちが創られる以前からいたとされておりまして、旧生物とも呼ばれております。旧生物は創世神ゴリムレラがお創りになった。わたくしたち新生物は、大いなる神が生み出したと言われています」

「この生き物たちって、危険です、よね?」


 キーナイは鶏冠とさかに毒粉を持ってるって話だし、尻尾も凶器になりそうだし、他の生き物たちも口から煙吐いたり目や口や尻尾が複数あって絶対強そうだ。


 私の質問の意図を考えるように、危険、と呟いてメイドさんが首を傾げた。


「戦って勝てるかどうかは技量にもよりますが、それほど危険なものではございません。街中で野生の旧生物に出くわすものではありませんし、街で見かける旧生物は全て届け出がされているものです。そして、飼育下の旧生物は全て契約にのっとってそのあるじに従属するようになっており、新生物への攻撃能力を封じられます。食用に繁殖されている旧生物はさらに攻撃力を削がれています。ですから、危険はないと言えるでしょう」


 うん、質問すればするほど疑問が湧き出てくる。異世界すごい。


「旧生物と、契約ですか?」

「主従契約とも言えますね。ただし、一部の旧生物に関しては、雇用契約を結んでいます。例えばこちらの宮殿の門番であるキパールや、車を引くグリパレなどは穏やかで高い知能が特徴ですが、雇用契約を交わすことでこの地に留まってくれています。彼らは、とりわけキパールは伝説級の旧生物であり、契約することさえ珍しいのです。この宮殿以外には王宮にしか存在しません。グリパレも同様、基本的に知能の高い旧生物は新生物との接触を厭い、棲み分けを好みます。そんな彼らと共生するために、契約を交わすのです」


 キパールはあの門番だ。グリパレというのはカメレオンみたいな顔した翼のある生き物で、初日に私たちの乗る馬車を引いてくれたものだと思う。


 主従契約は何となく分かる。雇用契約って?


「えーっと、契約内容は?」

「主従契約に関しては隷属の魔道具を付けることで契約は完了します。内容は従属です。雇用契約に関しては、双方の合意が必要です。例えばこちらの門番のキパールに関しては、日に七度の食事と月に半日の完全な睡眠休暇、さらに宮殿奥の泉の永年使用を求め、許可しております」

 

 どうやらキパールは、食欲旺盛で綺麗好きな社畜のようだ。

 ちょっぴりキパールに親近感を覚えてしまう。


 好んでそういう契約にしているのか、それともこの世界の労働基準が基本的にブラックなのか。

 

「……それって、会話して決めるんですか?」

「言葉を音にして伝えるという意味では、旧生物は私たちと意思の疎通はできません。発声器官が異なるためです。しかし、思念として伝えることはできるため、互いに思念で伝え合っております」


 わー、異世界、すごい。


 何度目か分からない『異世界すごい』エピソードはすでに理解の範疇を超えていて、呆気にとられるばかりであった。


 が、ここでふと思いついた。


「じゃあ私も、思念で話できたりするんですか?」


 これはテレパシーというものではないか。ほらやっぱり、テレパシーが存在する世界なんじゃないか!


 なんてファンタジー!


 わくわくしながら答えを待ってると、珍しくメイドさんが考え込んだ。


「おまけさまは、思念で会話せずとも、お顔を拝見するだけで大体のことが伝わります」


 知りたい答えはそれではなかったけれど、感情がダダ漏れならこの落胆も伝わっているんだろうと思うと、何だかやりきれないのであった。


「高等な知能を持つ旧生物は選り好みも激しく、思念を交わすものを選ぶとも言われています。どういう基準で選ぶのかも分かっておらず、わたくしの知っている者でも思念を交わしたという者は聞きません。基本的には魔力を持つ者と思念を交わすようだと推測されています。しかし、異世界からのお客人であるおまけさまならあるいは」


 ここまで告げて、メイドさんは言いよどむように言葉を切った。


「ただ、失礼を承知で申し上げますが、キーナイで怯えているおまけさまに、キパールはもちろんグリパレに近づけるでしょうか」


 ごもっとも。ちょっとした好奇心だったんです。


「う、ん。そうでした。ちょっと慣れるまでに時間がかかりそうです」

「お声をかけていただければ、いつでも厩舎までご案内いたしましょう」


 ありがたい言葉に涙が出そうになりながらも、当分は旧生物の生態調査を座学で学ぼうと心に決めたのであった。




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