18 不思議体験談2:夢
「不思議体験ねぇ……」
輪音ちゃんの話を聞いて何だかぐったり疲れを感じた私たちは、優しさとホスピタリティでできているメイドさんたちがいつの間にか用意していた軽食をつまみながらくつろぐことにした。
「真楯くんも、何か思い当たることある?」
「いや、俺は特にないなぁ」
「嬉世ちゃんは?」
「私ですか? うーん、思いつくことがないです」
「そっかぁ。はるくんは?」
輪音ちゃんは残念そうに言って、はるくんにふる。
「あるといえば、ある」
「え! 聞きたい! どんなの?」
ぱぁっと大輪の花が開いたような笑みが浮かぶ。
目なんてキラキラさせて、あんな顔で迫られたらそーりゃ担任の先生だって叶わない思いを抱いてしまうのも無理はない。しかし、妖精は不可侵である。
その点、我らが硬派第一党幹部候補のはるくんは安心である。出会ってからこの方、女性陣に近づきもしない。この妖精姫たちを見ても、である。
今だって一番離れた場所で座ってるし。女性に苦手意識でもあるのだろうか。
「中学校の頃、ばあちゃんが亡くなったんだけど、俺は死に際に間に合わなかったんだ」
はるくんの口調は淡々としていて、まるで事実だけを述べるよう。それなのに何故だか、痛いほどの悲しみが伝わってきた。
「悔しくて悲しくて、泣きながら寝たと思う。そしたら夜中目が覚めて、枕元にばあちゃんが立ってた。ああ、死んでなかったんだって思った。良かったって」
夢は、ときに残酷だ。目が覚めれば、目をそらしたい現実に否応なく向き合わされる。夢の中で幸せであればあるほどに、逃げ場のない現実が待ち構えている。
「ばあちゃんといつものように話して、安心して寝た。起きたらばあちゃんはいなくて、やっぱり死んだんだって、素直に受け入れられた。だから、夢かもしれないけど、もしかしたらばあちゃんが最後に会いに来てくれたのかなって思ってる」
誰も、何も言えなかった。
その空気に耐えかねてか、はるくんは困ったように、ほんの少し笑って見せた。
「不思議体験って、聞く方も微妙な気持ちになるよな。俺は夢でも現実でもどっちでもいいと思ってるよ。俺が信じたい方を信じる。だから、好きに解釈してくれてかまわない」
誰に否定されても、誰に笑われても、けなされても、きっとはるくんは信じ続けるだろう。彼の見たおばあちゃんを、ずっと。
「おばあちゃんに会えて、良かったね」
輪音ちゃんの言葉に、全員が頷く。それを見たはるくんが、今度はちょっと恥ずかしそうに笑った。
「ね、おねーさんは?」
「ん?」
「不思議体験、ある?」
ウキウキしてる妖精姫、可愛い。私の目、保存機能なかったっけ。この笑顔を永久保存したい。
「私も夢かもしれないんだけど、一つだけある」
なになに! としがみつく勢いで迫ってくる輪音ちゃん。はるくん、よく恋に落ちなかったな。恋愛機能壊れてるんだな。
「十歳くらいの頃かなぁ、父が家を出て行って母はその分仕事で忙しくて、その日は出張で帰ってこなかったの。初めて一人で寝なきゃいけなくて、すごく心細かったんだけど、夜中に目が覚めたら父が隣に寝てて、ほっとして眠ったら朝にはいなくなってたっていう。——多分夢だったんだろうけど、夢にしてはすっごくリアルだったんだよねぇ。こう、ぎゅって抱きしめてくれたんだけど、あったかくって、男の人って感じで、母とは全然違う感じだったから。父のことそんなに好きじゃなかったはずなんだけど、夢の中ではすごく安心して、大好きだなぁって思ったの」
不思議体験部分じゃないところでみんなが沈黙しているのが痛いほど分かる。家庭環境なんてそうそう口にしないから余計に。
さっきこういう気分だったのね、はるくん。輪音ちゃんなんて「私が聞いたばっかりに!」って後悔が顔に書いてある。
「っていう不思議体験なのか夢なのかっていうお話でした。あの、余計な情報入れちゃったかもだけど、気にしないで。ね、もう大人だし」
「本当に父親じゃなかったのか? 夢じゃないかもよ? というか、親父さん、生きてる?」
こういうデリケートな質問をさらっと聞けちゃうところが、真楯くんのすごいところである。
全然気負った風もなく、親戚だっけ、と思うほどに親しげに懐に入ってくる。そしてそれを不快と思わせない。これはもう才能だ。
「生きてるよ、多分。今は分からないけど、そのときは確実に生きてた。しばらくしてから離婚届送られてきたもん。あの日起きてからも戸締まり確認したけど、そのとき住んでたのがマンションの八階で、カギも父がいなくなってから取り替えたし、母と私以外はカギ持ってないから、誰も入れなかったはずなんだよね。だから多分、ものすごくリアルな夢だったんだと思う」
「なんか、おもしれーな。同じ夢みたいな不思議体験でも、はるは現実だと思ってるし、おねーさんは夢だと思いたいし、真逆じゃんね」
まぁ、私だって相手が父でなければ現実だと思っただろう。けど、父に対する印象があまりに悪すぎた。身勝手に妻と子ども置いて出て行った人としか思えない。
だから本当に不思議なのは、どうしてそんな父が隣に寝ていたのを「安心する」と思ったのかだ。
夜中に目が覚めた時、誰かに抱きしめられていた。それがひどく心地よくて、安心して、朝いなくなってるのを知って寂しく思ったくらいだった。
父がいなくなった直後だったからそんな風に思ったのかな、とも思うけれど、正直それまでの父との関係も、何の感情も抱いていなかったから不思議だった。
ただ時々顔を合わせる男の人としか認識していなかったのに、私こんなにお父さんのこと好きだったんだって、自分でも気づいていない感情に焦った。
でも結局、その感情は育つことはなかった。
今でも父のことは生物学上の父以外の感情を抱かない。
ただ、今でもあの夜のことを思い出すと腹の据わりが悪くなるというか、落ち着かなくなる。
「そういうわけで、不思議体験ない人もいるから、これが共通点じゃないってことははっきりしたね」
私がまとめると、真楯くんが顔の前で両手を合わせて考え込みながら言った。
「じゃあさ、家庭環境ってのはどう?」
「家庭環境?」
「もしくは生育環境。どんな家庭で育って、どんな環境にいるのか」
「うわっ、もう不思議体験レベルじゃない深入りっぷり」
私が否定的な声を上げると、嬉世ちゃんが身を乗り出して説得しだした。——私を。
「でも、もしかしたら共通項があるかもしれません。私、これまでの話を聞いてて思ったんです。とおさんもおねえさんも、ご両親離婚なさってますよね? 多分はるさんも、似たような環境だと思うんですが。もしそうなら、これは関係あるってことになりませんか? 少なくとも私も輪音も、家庭環境が複雑です」
ちらっと輪音ちゃんに視線をやると、ひらひらと手を振りながらエヘヘと笑っていた。
次にはるくんを見ると、否定も肯定もしなかったけれど、何にも言わないってことは多分家庭環境に難ありなんだろう。
ここで「はーい」と元気よく手を挙げたのは、真楯くんだ。
「で、俺もゴタゴタな家庭環境で育ちました。ね? 全員の共通点、見つかったっしょ?」




