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17 不思議体験談:神隠しとバラ


 共通点、と言われると、日本人だということくらいしか思いつかない。あとはたまたまあの場所に集まった——集められたっていう方が正しいのか、それくらいしかない。


「共通点って?」


 輪音もとねちゃんの問いかけに、言い出したとおくんも、うーんと悩んでいる。


「例えば……あ! 不思議体験とかは? これは僕の子どもの頃の話なんだけど、僕小さい頃、神隠しにあったことがあるんだ」


 神隠し。


 ニコニコと楽しげに反応を見ているとおくんからそっと視線を外し、保護者枠のはるくんに視線を向けると、頭痛でもするのか額を押さえていた。

 はるくん的には頭の痛くなるような話題らしい。


 私たちの反応に構わず、とおくんは話を続ける。


「四歳くらいの頃かな、父さんが再婚するっていうんで、新しいお母さんも一緒に離島に遊びに行ったんだ」


 楽しげに話すその姿は、話す内容の深刻さとは裏腹で、どこか異様に映る。


「海で遊んでる内に流されたみたいで、僕三日間行方不明だったんだ。その間のことはよく覚えてないんだけど、その離島では神隠しはよくあることみたいで、でも三日間も戻ってこなかった子はいなかったから、みんなちょっと怖がってた」


 好奇と畏怖の目で見られたんだろう。四歳の子にとってその意味は分からなくても、周りの目を敏感に察することはできる。


「新しいお母さんも気味悪がっちゃって、そのままその縁はなくなっちゃったけど」


 どこか寂しそうにとおくんが言う。デリケートな問題すぎる。とおくんが四歳、ということは十年以上経っていることとは言え、この年齢の十年前なんて昔のようでも記憶ははっきり残ってるだろう。


 ことによれば大人よりもずっと鮮明な記憶を持っている。深い傷になっているのは間違いない。


 みんなの何て言っていいか分からず言葉を探している沈黙にも、とおくんがこれ以上無理に笑って話を続けるのにも耐えかねて、引率担当として頑張って話題を変えようと努力することにした。


「それは、何て言っていいのか……大変な経験だったね。でも、とおくんが無事に戻ってこられて良かったよ」


 それで、共通点っていうのは……と続けようとしたところで、「良かった?」と信じられないものを聞いたような声でとおくんが言った。


 さっきまでの、貼り付けたような笑顔が消えている。え、どうした。


「う、うん。だって神隠しだったんでしょ? もしかしたらあっちの世界に連れて行かれちゃったのかもしれないよね? 記憶がないってことは、楽しかったのか怖かったのかも分からないよね? え、連れて行かれた方が良かった?」


 ここまで思いつくまま口にして、しまった、と気づく。


 そういうことじゃないんだ。

 きっととおくんは傷ついた。戻ってこられて良かったとか以前に、神隠しに遭ったことがもう不運だったのに、それを良かったとか、私はどんだけ上辺だけしか考えてないんだ!


「ご、ごめん。そんな経験したい人なんていないのに、失言でした。ごめんなさい」


 焦りながら謝る私に、とおくんは依然ぼんやりしながら「良かった?」とブツブツ言っている。まずい、これは怒り心頭なのでは。


「と、とおくん? あの、軽率な発言で、本当に申し訳」

「おねーさんは、神隠しに遭ったって聞いて、気味悪くないの?」

「へ? え? う、うん、気味悪くはないかな。すごいなぁとは思うけど」


 ね? と同意を求めたくて視線をはるくんに逸らせようとするのに、とおくんが次の質問を投げてくる。


「そうかな? だって、三日も行方不明だったんだよ? 小さい島だから、捜索はくまなくされたし、海流から打ち上げられてもよさそうなのに、どこにも見つけられなかった」

「そっか。じゃあそれこそ親御さんは心配してたんじゃない? きっと島の人たちも心配してたよ。神隠しがよくあるってことは、それだけ見つけられずに帰ってこない人が多かったってことでしょ? それなら、帰ってこられたとおくんは奇跡だったってことだよね。怪我もなく戻ってこられて、ほんとに良かったよ」


 ね? そうでしょ? ちょっとここいらで同意してよ、はるくん! と必死にアイコンタクトを取ろうとするのに、はるくんは視線を合わせてくれない。なぜか心配そうにとおくんを見つめている。


「奇跡、だったのかな。戻ってきて、良かったのかな」


 ぽつん、とこぼれ落ちた声には力はなくて、まるで魂が抜けたようだ。


「とお」


 ぽん、とはるくんがとおくんの肩に手を置く。

 優しい声と手をそのまま受け入れて、とおくんはそれまでの様子とは一変しておとなしくなった。


 そのときようやく、私はとおくんの言葉を咀嚼した。「新しいお母さん」「縁はなくなった」、複雑な家庭環境が見え隠れする中で、四歳の子はどれだけ鬱屈した思いを抱えていただろう。

 どれだけの葛藤があっただろう。


 戻ってきたことを気味悪がられて、どれだけ悲しかっただろう。


「ごめんなさい」


 痛いほどの沈黙の中で、ささやくようにとおくんが言った。


「僕らの共通点について話そうと思ったのに、もう昔のことだから大丈夫だと思ってたのに、自分の中で、ちゃんと消化できてるつもりでいただけで、まだダメだったみたい。嫌な気持ちにさせたよね」


 心細そうな顔で、とおくんが言う。


 高校三年生は、子どもではない。けれど、大人になりきれてもいない。それでも、自分の言葉の責任の重さは十分に理解している。

 時にかたくなで、時にもろくて、自分の守り方も分からないくらい、不器用で。


 けれどその弱さは、いつか優しい強さになるのを私は知っている。揺るがない自信へと育つのを、知っている。


「平気だよ。私の方こそ、嫌なこと思い出させちゃって、ごめんね」


 微妙な空気がやや残っているところに、真楯またてくんがそっととおくんの頭を撫でた。


「お前、すごいな。さっきの神隠しって、多分一番言いにくいことだっただろ? ようやくかさぶたってとこだろ? なのに、荒療治すぎ。見た目によらずおとこだなぁ」

「ものすごく子ども扱いされてる気がする」

「おーおー、吠えてんのもかわい-」


 ワシワシと頭を撫で繰り回されてるのをうるさそうに払うとおくん。あれだな、私も女子二人が可愛く見えちゃうけど、真楯またてくんも男子二人が可愛く見えて仕方ないんだろうな。


「あ~、なんか、今まで悩んでたのが馬鹿らしいっていうか、もうどうでもいいや」


 すねたようにとおくんは言う。恥ずかしいのか、頬が赤く染まってる。


「まぁ、大体のことは時間が解決するんだよ。どうでも良くなったってんなら、それだけお前も成長したってことだな」

「たった二つしか変わらないのに、すっごい上から目線だね」

「先輩を敬い給えよ」


 でもまぁ、さっきまでの張り詰めた空気はどこかへ行ってくれたようで良かった。

 気詰まりだったよね、ごめんね妖精姫たち。女子二人を見やると、ほっとした顔をしていて、私もようやく詰めていた息を吐き出せた。

 顔見ただけで癒やしの御利益があるわ、この二人は。


「そういえば私も思い出したんだけど、不思議体験、したことある」


 え。その話、蒸し返す?

 ドキドキしながら輪音もとねちゃんを見ると、気にした風もなく話を続けた。


「これは誰にも、嬉世きよちゃんにだって言ってないんだから! 驚くよ! あのね、うちの学校って私立で女子校だけあって、ものすごくセキュリティが厳しいの」


 生徒には各種通用門を通り抜ける際、生徒証代わりのIDタグによって履歴が残される徹底ぶりだそうで、教師しかり、外部の業者なんてもっと厳重なチェック体制が敷かれているそうだ。


 どこの国の宝物庫だ。あ、妖精の国の宝物庫か、それなら納得だ。


「でね、私が一年生の時のバレンタインデーの朝、たまたま部活でいつもより早く登校したの」


 ちなみに輪音もとねちゃんの部活は数学研究室だった。めちゃくちゃ理系女子だ。


「そしたらね、私の机の上に——」


 輪音もとねちゃんの声がわずかに震えてる。ここからがクライマックスらしい。ゴクリと生唾を飲み込んで続きを待った。


「ピンクのバラが一輪置いてあったの!!」


 なんと、ピンクのバラが! ——バラ?


「しかも、うっすら朝露に濡れてて、今まさに摘んできましたって感じで、ロイヤルブルーのリボンが巻いてあったの!」


 息巻いてる輪音もとねちゃんをよそに、外野はしーんと静まりかえっている。


 きっとみんな心の中で思っていることは一緒のはずだ。それ、ただの崇拝者からの贈り物なのでは? と。


「あ、不思議ポイントないって思ってるでしょ? さっき言ったでしょ? うちの学校、セキュリティすっごく厳しいって。私担任の先生にすぐに伝えて、調べてもらったもん、教室の入室記録。でも私が入室するまで、先生がカギ開けてから誰も入ってなかったんだよ!」


 うん。

 そっと周囲に視線を巡らすと、みんな「え、本気でそれでわかんないの?」って顔してる。

 

 嬉世きよちゃんだけが、顔面蒼白で視線を泳がせていた。きっと担任の顔頭に思い浮かべたんだろうな。


「えーっと、それは不思議だねぇ。で、その後は何か不思議なことなかった?」


 それって、十中八九輪音もとねちゃんに懸想している担任の仕業で間違いないだろう。しかも輪音もとねちゃんが不安がって自分に相談しに来てくれるとこまで想定済みな気がする。


 不思議体験どころか、別の意味で心臓に悪い話を聞いてしまった。


「何でわかるの!? あったの! その後も、私が早く登校する日に何度かバラが置かれてたの」

「そっか」


 これは犯人、常習になってきてるな。これ以上大胆な行動に出ないといいけど。と思っていたところで、嬉世きよちゃんがそっと話に入ってきた。


「確か、輪音もとねの去年の担任の先生って、先月退職されましたよね?」

 

 え、と嬉世きよちゃんと輪音もとねちゃん以外の全員がそろって声を出した。


「うん、そうそう。何だっけ、ちょっと不祥事起こしちゃったみたい。表向きは依願退職だったけど。って、副担任の先生が言ってた」


 ちょっとその副担任が絡んでそうな気配がビシバシするけど、ここは黙っておいた方がいい。とにかく輪音もとねちゃんの身の安全が守られたようで何よりだ。


 全員同じことを思っていたんだろう、そろって「はぁ~」と深い息を吐いたのであった。


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