15 魔のものと振り回す系神様
「私の持ってる情報も、真楯さんのとあまり変わらないんですけど、魔のものに好まれる人ってところが少し違ってました。どちらかというと、魔のものを取り込むっていうニュアンスに近い気がします。ものすごく、感覚的なものなんですけど」
「あ、それわかる。俺もそんな感じ。魔のものが好んで取り憑くってより、意図せず吸い込まれてくみたいなイメージ」
嬉世ちゃんの意見に、はるくんが同意する。なんだこの一貫性のない情報は。
「あの、全然関係ないんだけどごめんね。きみたちの持ってる情報って、感覚的なものなの?」
「多分、主観が多分に盛り込まれるんだと思う。同じものを見ても、捉え方って人それぞれでしょう? 例えば同じ犬を見たとして、それを可愛いと思うか、恐ろしいと思うか、尻尾を振ってる様子を見て喜んでるとか、今にも飛びかかってきそうだとか、そういう情報や判断って知識や経験、もっというと感覚に左右されませんか?」
とおくんが丁寧に説明してくれたおかげで、何となく私にも分かってきた。それぞれ持っている情報は同じでも、人それぞれで見え方が異なるってことだ。
「じゃあ、魔のものが好んでいるかは分からないけれど、ごくまれに魔のものの影響を受けなくて、けれどその身体に取り込んでしまう人もいるってわけね」
「そんな感じ。で、その魔のものをなんとかするために、異世界から救世主が呼ばれたってわけ」
「素朴な疑問なんだけど、その魔のものって、周期的に発生してたんでしょ? これまではどうしてたの?」
しん、と辺りが静まりかえった。え、地雷踏みました?
妖精姫たちは視線を下げて言いづらそうにしているし、とおくんもはるくんも言いよどむように口の開閉を繰り返している。
「はい、真楯くん」
仕方がないので救世主最年長を指名すると、まじか、と小さく嘆いた。
「あー、魔のものを取り込める人間がいる、だろ。取り込まれると、本人に魔のものの影響は出ないってゆー」
「でも内側から食い破られるんでしょ」
影響大ありである。
「そう。ただ、食い破られるまでには時間があるんだ。魔のものを取り込める量は人によるみたいだけど、かつてこの世界にはそうした人間がたくさんいた」
あ、なんかこの先の話、不穏な展開しか待ってなさそう。
「そもそも普通の人間には魔のものを討つ手段がない。触れれば、取り込まれれば凄惨な死が待ってる。だから棲み分けてきた。けれど、周期的に魔のものが増殖する時がある。多くの犠牲を生む前に、小さな犠牲で済ませることを選んだんだ。同じ犠牲でも、せめて最小限の犠牲で済むように」
「……その方法が、魔のものをできるだけたくさん取り込んで、食い破られる前に、身体ごと消滅させるってものだよ」
言いづらそうに言葉を切った真楯くんの後を継ぐように、とおくんが言った。
その場には、沈黙が落ちた。言葉の余韻だけがいつまでも耳に残っている。
沈黙の中で、想像だけが膨らむ。一体どれくらいの人が犠牲になったんだろう。方法がそれだけしかなかったからといって、望んで犠牲になりたい人なんていないはずなのに。
それに、周りの人たちはどんな思いでその死を見つめてきたんだろう。
「けど、その方法も長くは続かなかった。魔のものを取り込める人間が、ほとんど生まれなくなったんだ。たとえ生まれたとしても、子どもをそんな目に遭わせたい親なんて滅多にいない」
そうか、誰かを犠牲にするやり方はもう終わったんだと、ほっと息を吐いた時だった。
「だから次に、魔のものを取り込めるように、魔装置を作ることにした」
ああ、ファンタジー。そんな装置ができたのか。そしたらその装置に魔のものを取り込んで、消滅させちゃえばいいんだね。
どうしてそれを先に思いつかなかったんだ、誰も犠牲にならない最良の手段じゃないか。
頭の中で掃除機みたいな装置が魔のものを吸い込んでるのを思い描きながら、真楯くんの言葉を待った。これでめでたく魔のものとの戦いは終焉を迎えるのだと、そう信じて。
そんなわけはない。だって異世界から救世主が喚ばれるほど、この世界は魔のものに苦しめられているのに。
「魔装置っていうのは、人に取り付けるものだ。魔のものを取り込めない人でも、取り込めるように」
誰かの命を奪わなければ、魔のものは討てないのだろうか。
多くの命を犠牲にしてでも魔のものの増殖を食い止めなければならないほどに、この世界は追い詰められている。
「魔装置をつけた人たちは、それほど魔のものを取り込めなかった。もともとの器が違うんだろうな。取り込めても、すぐにいっぱいになってしまう。食い破られる速度も段違いだ。さらに、消滅させる前に食い破られてしまうと、倍以上の魔のものがそこから発生して、手に負えなくなった。それが今のこの世界の現状ってわけ」
イマココ、と指を下に向けて真楯くんが悲しそうに笑う。
「よ、予想以上にハードな現状……!」
率直な意見を言うと、ふっとその場の空気が緩んだ。
「だよなぁ。魔王とかドラゴンとか、そういう実体のあるものなら分かりやすいけど、魔のものなんていう得体の知れないもの相手だもんなぁ」
「僕も戸惑いました。今も戸惑ってます」
でも、ととおくんが続ける。
「ここで僕たちが何もしなければ、この世界は魔のものに取り込まれて、誰一人いなくなってしまう」
重い言葉だった。誰一人反論しない。
きっと頭の中の情報が、そう遠くない未来にそうなることを示しているからだ。異世界の未来がこの世界になんの縁もないこの五人にかかってるなんて、神様も慈悲があるんだかないんだか分からない。
「具体的にどうやって魔のものをやっつけるの? だって、実体がないんでしょ?」
質問しておきながらも、私には予想ができている。きっとあの武具を使うのだ。
触れた時に輝いていたあの強烈な光で、魔のものを消滅させるのかもしれない。はたまた、嬉世ちゃんの浄化の力で消滅、もしくは弱体化させた魔のものを武具を使ってやっつけるとか。
もしかしたら、この後神からの啓示とかで不思議な呪文を思いついて、その呪文で魔のものを実体化させられるのかもしれない。そこを武具でやっつける、と。
ファンタジーらしい展開をいくつか思い描いていると、輪音ちゃんが「ねー」と同意した。
ん? 何に対する同意? 私の頭の中覗いた?
「一体どうやって倒すんだろうね」
無邪気な様子で私の疑問をそのまま反芻してくれる輪音ちゃん。
「やっぱこの武具使うんだろ? わかんないけど」
いやいや、はるくん?
「癒やしの力も、何かに役立つでしょうか」
待って、嬉世ちゃん。
「矢で魔のものって倒せるの? そもそも見えないんだよね?」
私に聞かないで、とおくん。
「まぁ、なんとかなるだろ」
嘘でしょ、真楯くん。
「待って。どうしてそんな楽観視できるの。相手は得体の知れない殺人……えーっと、水蒸気なんだよ!?」
「殺人水蒸気って、インパクトうっすいな」
「そこじゃないのよ、真楯くん。もしかしてこの戦い、ノープランなの!?」
神の思し召しで召喚された救世主なんだったら、魔のものを消滅させる方法まで教えてくれるのが異世界からわざわざ招いた側の慈悲ってもんじゃないの!?
心の中で叫びながら、私は気づいてしまった。
散々私の身に降りかかった巡り合わせを思い出しながら。
この世界の神様は、慈悲深いというより、振り回す系の神様だってことは、もはや疑う余地もないのであった。




