10 突然の「あなたは今からおまけさまです」宣言
それぞれの騎士団への引率を請け負ってくれる騎士に声をかけられているみんなの様子をぼんやり眺めながらソファに座っていると、向かいに座っていたユエジンさんが声をかけてきた。
「そういえばチヨコさまは、何か変わったことはございませんか?」
「いや、ないですね。ただの通りすがりですし。なんていうか、おまけで付いてきちゃったみたいな」
こちらの神様は失敗やら勘違いやらはしないと崇拝しておられるところ申し訳ないけれど、どうもこの神様は結構愉快犯的な傾向、あると思いますよ。
どっちかというと、慈悲深き神っていうより、雨降って地固まるみたいな、引っかき回すような迷惑系神様じゃないですかね。
なんて内心ぼやいていたのが、神様の耳に届いたのかもしれない。
悪口じゃなかったんだけど、悪口に聞こえちゃったのかもしれない。
——だから、罰を与えようとお思いになったのかもしれない。
「おまけ、とは?」
「え、おまけって、おまけですよ。私みたいな。ほら、お菓子とかでもよくある……って、こっちの世界にはないんでしょうか? 例えばお菓子と一緒に、おもちゃとかシールが一緒に付いてるんです。お菓子も食べられておもちゃも付いてくるっていう、ちょっと得した気分になるようなものなんですけど」
「例えば菓子であれば、その菓子の価値を上げるために何か別のものを付加するということですか?」
「難しい言い回しですけど、そういうことでしょうか。あ、でもそれなら私の場合当てはまりませんね、別に付加価値ないですし。そうだ、おまけの中でも、いらないおまけっていうのもあって、在庫処分とかで抱き合わせで仕方なく買わされるみたいな。そっちかなぁ。……あ! ついで、っていうのが近いですかね。意図せずついでについてきちゃった、みたいな」
「なるほど、おまけについでですか」
あれ、何だかユエジンさん、考え込んじゃった。
おまけって概念、この世界にはなかったのかな。
「おまけ、という響きは存外可愛いですね?」
真面目な顔して可愛い響きとか言われましても。
「そう、ですね?」
「では、これからあなたのことは『おまけさま』と呼ぶことにしましょう」
言われた瞬間、ふわりと空気が動く感覚がした。
にっこり告げられた言葉を理解するのに、一瞬の間が開く。「では」の接続詞の意味が分からない。
「うん? えーっと、すみません、今なんと?」
「あなたは今からおまけさまです」
間抜けさまって聞こえる気がする。
え、もしかしていじめ?
親しみを込めた愛称って感じでもないし、おまけの意味聞いた上で「お前は今からおまけだ」なんて、どんな嫌がらせだ。
「あの、ご厚意でご提案くださってるのかもしれませんが、私にもちゃんと名前がありまして。失礼ながら、おまけと呼ばれるのは謹んで辞退申し上げます。ご容赦ください」
引きつりそうになる頬を叱咤しながらどうにか笑みを作り、定型文の断り文句を告げた。
にも関わらず、相手は小首を傾げるばかり。何でわかんないんだろうって顔してる。何でだ。
「いえ、もうあなたの名前は奪われてしまいました。おまけさまとしか呼べないのです。あなたも同意したではありませんか」
常識だろ、みたいな空気出されても困る。
「いや、私、遙宮ちよこって名前が……っ!」
不思議なことに、発した言葉の名前の部分だけが歪んで耳に入る。
ユエジンさんを見ても、ほら見たことかと言わんばかりの表情をしていて、名前が正確に伝わらなかったことが分かった。
「奪われた、と申しましたでしょう。魔のものの仕業か、はたまた大いなる神のご意思かは分かりませんが、あなたの名前はもうこの世界では誰も口にできず、記憶することもできない。そうですね、魔のものか大いなる神、そして神が認めた者であれば口にできるかもしれません」
「どうして……」
人の名前なんて奪ったところで、何の役に立つというのだろう。
「ですから、あなたの名前を新しくつけることにしたのです。おまけさま。あなたの境遇に対する意味もぴったりですし、何より響きが可愛いではないですか」
「いや、どっちかというと可愛いよりも意味を優先して欲しかったです。変更を希望します」
この際だから、理想の名前を名乗ってもいいのかもしれない。ちょっとワクワクしてきた。
「ついでの方が良かったですか? しかし、音の響きはおまけの方が良いでしょう。そして、変更はできません。おまけさまとして固定されました。もしかしたらおまけの能力があるかもしれませんしね」
なんてことしてくれるんだ、この神官長は。
無慈悲な物言いに思わず恨みを込めるように見つめると、ユエジンさんは器用に肩をすくめてみせた。
「名付けのタイミングであなたがおまけと言ったことが最大の要因ですよ」
「いや、そのタイミング、教えてくれれば良かっただけなのでは?」
「タイミングは後にしか気づけないのです。そのときはただの雑談でした」
「じゃあ私のせいとかじゃないですよね!?」
「ええ、誰のせいでもないということですね」
どんどんヒートアップしていく私とは対照的に、神官長様は冷静に問答を終わらせようとたたみかけてくる。その手には乗るもんか。
「いや、私の名前奪ったっていう存在が一番の悪ですよね!?」
不信心だと責められようと、この世界の神には恨み言しかない。これでも控えめな方だ。
しかし神に仕える神官長には刺激が強すぎたようで、まるで今にも雷に身を打たれるというほど蒼白な顔をして、声を潜めて叱りつけにきた。
「しっ! 滅多なことを口にするものではありません! 神はいつでも耳をそばだてているのですよ」
「やっぱり神様の仕業じゃないですか! もうこの世界の神様、絶対鬼畜じゃん! 帰りたい」
「静かに! 口を慎みなさい! 名を奪われるだけで済んで良かったと思うのです!」
「やっぱり鬼畜なんじゃん! 名を奪われるだけって、もしかしたら命も奪うってこと!?」
興奮する私を落ち着かせるように、神官長は一つ息を吐いた。それにつられるように、私も呼吸を落ち着かせる。
「命は奪いません。あなたがおまけでいるのなら、名を奪われるだけで済むでしょう」
正直、この召喚に私は何の関係もないと思っていた。
何の役にも立たない、だからこそ安全な場所で全てが終わるのを待つだけでいいと思っていた。
それなのに、いきなり名前を奪われるなんて。
「ただし、あなたの行動次第では、もしかしたら名だけでは済まないかもしれません」
「……脅しですか」
「脅しではありません。これは、忠告です」
その声は今にもため息を吐きそうなほどに憔悴していた。
「この世界を救うには、救世主たちの力が必要です。しかしもし、世界がそれ以上のものを求めるなら」
ユエジンさんがじっと私を見る。瞳の奥の、何かを探すように。
「あなたがこの世界に来たことが、あなたにとっても僥倖であれば良いのですが」
「いや、その言い方、ものすごく気になります」
「異世界からのお客人。わたくしどもはあなた方を決して粗雑に扱うことはありません。わたくしども神官の使命は、救世主であるあなた方を召喚された時と同じ条件、すなわち生きて、怪我もなく、心も病んでいない状態で、望むのであればあちらの世界に帰すことです」
ですから、とユエジンさんは続ける。
「どうかわたくしどもの使命を果たさせてください。あなた方の身も心も、守りたいのです」
ユエジンさん、といつの間にか隣に立っていた輪音ちゃんと嬉世ちゃんが感激している。確かにね、言っていることは立派だし、面と向かって言われると感動もするでしょう。でもね。
「いやもう、現在進行形で名前は奪われるし、心は傷ついちゃったんですけど」
これに尽きるのである。
「おまけさま、どうかお心をお鎮めください。神官長も悪気があってやったわけじゃない。世界の理を崩さない範囲で、できるだけあなたの希望を叶えようとした結果、その名に固定されてしまった」
突然の声に驚いていると、王太子殿下がそこにいらっしゃった。
もうすでにさらっと「おまけさま」って呼んでますけど。
「私の希望?」
「響きが可愛いと言った時、同意したでしょう?」
ユエジンさんが混ぜっ返してくる。あれか。自分の名前だと分かっていたら、もっとまともな名前選んでましたよ。
「わかりました。おまけで結構です。この世界だけでのことなんですもんね? 元の世界に戻ったら、名前も元に戻るんでしょう?」
ここはもう、諦めが肝心だ。いい年して駄々っ子みたいな目で見られるのも耐えがたい。
「もちろんです」
とってもいい笑顔で、王太子殿下が請け負ってくれた。




