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100 名前はカメ


『ツルはどうしているかな。チヨコからはツルの気配がかすかにするから、会ったことあるんでしょう?』

「ツル、さん……」

『そう』

「カメ、さん」


 失礼かとは思いつつも、亀の子の鼻辺りに人差し指をさすと、コクンと頷いた。その小さい振り幅の動きにきゅんとなる。


「ツルさんと、カメさん」


 あれだ。伊蕗さんのなんでも帳だ。『ツルとカメをつくった』のカメさんって、このカメさん!?


 そういえばツルさんも、『どちらかというと海亀』って言ってた。


 間違いない。


「ツルさんは、……そうですね、会ったことあります。すこぶる元気です。カメさんのことをツルさんに聞いたとき、カメさんとは全然会ってないけど、消えた気配はないからどこかにいるだろうって、心配してました」

『心配? まぁ、気配がなかったのは、眠っていたから。そしたらあの不快な音に起こされた』


 表情らしい表情はないはずなのに、首を傾げる角度や顎を上げる角度で何となく感情が伝わってくる。可愛い。


「ああ、お友だちって言ってましたね。大丈夫そうですか? お友だち」

『お友だち? 誰?』


 え。さっき不快な音を出す友だちに起こされたって言ってなかったっけ。話噛み合ってない?


「えーっと、お友だちの出すあの高い音で起こされたんですよね? で、私にお友だちを助けてって言ってましたよね?」

『ああ、お友だちだけど、知らない。基本的に旧生物はお友だちって言われてるから、お友だちって言っただけ。私ずっと眠ってたのに、あの音で寝てられなくなった』


 口を尖らせるなんてできっこないはずなのに、口を尖らせているように見える。不思議。でも可愛い。


『んー、随分眠ってた。思ったよりも長く寝られた』


 目覚めは悪かったみたいだけど、熟睡はできたようだ。良かった。


「旧生物はお友だちってことは、あの高い音出してたのは旧生物だったんですか?」

『そう。変なのに身体乗っ取られて、苦しそうだった。でももう大丈夫』


 身体を、乗っ取られる。


 どこかでそのフレーズを聞いたことがある。


 何かを聞かなければと思うのに、言葉が出てこない。


『ああ、人の子がやってくる。私、もう行く。チヨコ、またね』


 待って、と声をかける間もなく、カメさんは姿を消した。


 同時に、ドアの向こうが騒がしくなり、カメさんが消えた衝撃に戸惑う間に申し訳程度のノックがされ、すぐに扉が開いた。


「おまけさま、いらっしゃいますか?」


 姿を現したのは、ユエジンさんと領主さまだった。


「はい、います」

「良かった、ご無事ですね」


 ユエジンさんも領主さまも、ほっと胸をなで下ろしている。急いできたのか、息が弾んでいた。


「あの、表は大丈夫そうですか? 一体何があったんでしょう?」


 私の無事を確認して、背後の騎士に何事か伝えた後、ユエジンさんと領主さまは室内のソファに腰を落ち着けた。


「本当に身体に異常はありませんね?」


 領主さまの目が真剣だ。寝ていないからか目が血走っている。ちょっと怖い。


「え、ええ、大丈夫です。私は何もないですけど、何があったんですか?」


 私の身ばかり心配されて居心地が悪い。


「魔のものを取り込んだ旧生物が現れました」


 質問に答えたのは、ユエジンさんだった。驚きで次の言葉が出てこない私に、ユエジンさんはさらに詳しく状況を説明してくれる。


「幸い小型のゲゲンルキーラだったので、魔のものが取り憑いたといっても攻撃力はほぼありませんでした。しかし動きが速く、警戒音を発して攪乱されてしまい、なかなか倒せずにいたのです」


 ゲゲンルキーラは、モモンガのような生き物だ。——特徴が。


 飛膜を広げて滑空するという特徴はモモンガだけど、見た目は全く異なる。


 毛むくじゃらの毛玉のような見た目は可愛く、一つ目なことを覗けばまぁまぁ可愛い分類に入るんだと思う。


 けれどその飛膜を広げると、ホラーがこんにちはするのだ。


 飛膜はどういうわけか原色が賑やかに配色され、ところどころに黒いシミみたいなものが見える。


 その黒いシミの一つひとつが、実は、口なのである。

 そう、夜行性の彼らは飛ぶときに飛膜を広げ、その口が出す音の反射で、周囲のものの位置を把握するという、コウモリのような生態の生き物なのだ。


 さっき聞こえていた警戒音も、飛膜の口から出る音なのだろう。


 図鑑で見ただけで実物を見たことはないけれど、絶対に悲鳴を上げる自信がある。良かった、心の準備が整わないまま出くわさなくて。


「もう警戒音はしませんし、倒したんですか?」


 外はもう静けさが戻っている。私の質問に、ユエジンさんと領主さまは揃って首を横に振った。


「倒してはいません。突然、魔のものが消えて、旧生物も元に戻ったのです」

「……そんなこと、あるんですか?」


 私の質問は二人にとっても疑問だったのだろう。沈黙が落ちた。


「魔のものの生態は分かっておりません。こうしたことは初めてではありますが、被害が出なかったのは幸いといって良いでしょう。これがどういう兆候か、分からないのが不気味ですが」


 領主さまは険しい顔になって考え込むように言った。


 さっき会ったときよりも眉間のしわが深くなっている。


 こういうとき、嬉世ちゃんの癒やしがあれば領主さまも元気になるだろうな、といつも嬉世ちゃんの癒やしでとおくんがぐっすり眠っていたことを思い出した。


「ここまで魔のものが迫っている以上、のんびりはしていられません。明日にはここを発ちますが、王太子殿下や騎士団長とも相談して、小隊をいくつか残していくことを検討しましょう」

「お願いできますと助かります」

「おまけさま、明日の出発も早いので、疲れが取れるよう、どうかもうお休みください」

「おまけさま、参りましょう。ご案内いたします」


 救世主たちと一緒に外に出ていたらしいアマヴェンナさんが誘導してくれるまま、私は部屋に戻り、ベッドに入るとすぐに眠ってしまったのだった。




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