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99 可愛いものに出会う


「誰?」

『わたし? わたしは……、あれ? わすれちゃった』

「え? 名前、忘れちゃったの?」

『うん。なんだっけ』

「うーん、なんだろうねぇ。あ、私はおまけです」

『ちがうよ。おまけじゃないよ。なまえ、あるでしょう? あ、でも、呼べなくされてる』


 ゆったりとしゃべる感情の薄い声は幼げで、不思議と心を落ち着かせる。


『あのね、このおと、わたしのお友だちから出てるの』

「お友だち」

『そう。変なのがからだに入っちゃって、変になっちゃったの』

「変なの」

『そう。わたし、ちからの使い方わすれちゃったから、どうやったらいいかわかんなくって、こまってるの』

「困ってる」

『そう。だから』


 姿は見えない。声だけが、はっきりと頭の中で私に語りかけている。


『たすけてほしいの』


 それまで感情の薄かった声が、急に涙混じりの声に変わる。


 まるで、これまで状況を理解するので精一杯だったのが、遅れて感情が付いてきたみたいに。


「どうやって助ければいい?」

『あの子のからだに入ってるの、でていってって言えば、でていってくれるとおもう』

「え、そんな簡単に出て行くの?」

『……だいじょうぶ』


 嘘だ。間があった。


 心の中で呟いたのが伝わったのか、声の主はやや戸惑い気味に声を大きくした。


『だいじょうぶ! わたしがだいじょうぶって言ったら、だいじょうぶ!』


 美幼女とはまた別の角度で自信家のようだ。


「わかった。じゃあ、出て行ってってお願いすればいいんだね?」

『うん。みえるとこで言って。まどあけて』


 一体この声の主はどこから私を見てるんだろう。


 キョロキョロと探してみるも、何もいないし、何かいる気配も感じない。頭の中で会話できてるってことは、旧生物なのは間違いないと思うんだけど。


『だいじょうぶ、あとで会える。まどあけて、した見て』


 領主さまからは部屋は出るなと言われている。けれど窓を開けるなとは言われていない。だからお叱りは受けないだろう……多分。


 そっと慎重に鍵を外し、窓を少しずつ開けていく。


 外の冷たい空気が入り込み、一気に身体が冷えていく。


 ここから少し離れた場所、森の入り口に明かりが灯され、人が集まっているのが見えた。


 喧噪はそこから聞こえてくる。ピーッと言う高い耳障りな音も、そこから聞こえてくるようだった。


 風に乗って、甲高い音が響く。ぐわん、と頭が揺れた。


『このおと、さんはんきかんにえいきょうする』

「三半規管……」


 随分難しい言葉を知っている。


『ねがって。でていってって。はやく。くるしんでる』


 苦しんでる。


 高い音がまた響く。ぐらぐらと平衡感覚が立て直せずにいる中、かすかな音が聞こえた。


『苦しい……たすけて』


 さっきまで話していた声とは違う声だ。


『くるしいって、言ってる』

「うん、聞こえた」


 かすかな、息のような声だった。けれど、聞こえた。


「出て行ってって、願えばいいんだよね?」

『そう。あそこ。あそこにいるから、ちゃんとすがたを見せて、おねがいして』


 窓を全開にして、胸から上半分を外に出すように身を乗り出す。


 不思議と、恐怖は感じなかった。


 暗い森が見えた。夜といえど日没は遅い。薄闇は広がりつつあるものの、明かりが必要なほどではない。その明るさに反して、森は漆黒といって良いほどの闇が広がっていた。

 人が集まり、光が集中している辺りをじっと見つめる。人の喧噪と、激しく動く様子が伝わってきた。


 何が起こっているのか分からないけれど、あそこに声の主がいるらしい。


 ピーッと一際大きく声が響いた。


 ぐわん、と身体を傾げながら、どうにか窓枠に掴まって、ぐらぐら揺れる視界を定めた。


「お願い、出て行って」


 視界が揺れる気持ち悪さで、弱々しい声になってしまった。届いただろうか。


 もう立っていられない、せめて座りたい、と窓枠にもたれるようにしゃがみ込んだとき。


『見つけた』


 とささやく声が耳元を掠めて、ふっと視界が明るくなった。


 さっきまで感じた揺れももう感じない。耳を澄ましてみるけれど、甲高い音も聞こえなくなった。


「もしかして、上手くいった?」


 自問するように落とした小さな言葉を、先ほどまでの会話の主はしっかり拾ってくれた。


『うん。どうもありがとう。たすかった』

「ほんとに? 良かった」


 出て行ってって言うだけだから、特に何もしていないんだけど、人助けができたなら嬉しい。ん? 人じゃないんだっけ。


「えーっと、それで、あなたは一体」

『ちょっとまって、そっち行くから』


 後で会えると言っていたのはほんとうだったらしい。


 窓から現れるのかな、とそわそわしながら待つ。声から予想するに、可愛らしい女の子だ。が、なかなか現れない。


「あのー、もしかして帰っちゃいました?」

『いる。そっちに行ってる』


 のんびりした声が返ってくる。


 そうしてしばし待つが、なかなか姿が見えない。


「もしかして、もういます?」

『気がはやい。まだつかない』

「え、とんでもなく遠いところにいるとか?」


 声からするとかなり幼い感じだった。そんな幼い子をこんな時間に連れ回したら親御さんに叱られるだろう。


「あの、もう遅いですし、やっぱり今日はもう帰った方がいいんじゃないですかね? お友だちも助かったみたいですし」


 会うのはまた今度にしましょうと提案してみるも、不機嫌さが漂ってくる。


『なんで。あいたいって言ったでしょ? いま向かってるからまってて』

「……もし良かったら、今どこにいるか聞いてもいいですか? 迎えに行きますから」


 何となく、ここにたどりつくまでにものすごく時間がかかる気がした。


『そと。まどの下。いまのぼってる』


 え、窓の下にいるの?


 ひょいっと窓枠から顔を出すと、そこには。


 ちょこちょこと両足を動かして壁を上ろうと必死な、カメがいた。


 うん、このフォルム。この動き。よく知ってる海亀の子どもにそっくりだ。


 全体的に白っぽいけど、どう見てもこの生き物、地球でおなじみ、海亀の子どもだ。


『ね、のぼってるからすぐつく。まってて』


 いや、必死で両手で空かいてるけど、一ミリたりと進んでませんから!


 両手回す速度速くしても飛べませんから!


 後ろ足でよたよた身体を揺らす姿が。ふんふんと鼻息吹き出しそうな鼻の穴のつぶらさが。濡れた黒い瞳のきらめきが。全体的に小さくてきゅるんとしたフォルムが。


「っ、か、わ、いーぃっ!!」

『え? わ、うわぁっ!?』


 そろそろと手を伸ばして捕まえたつもりだけど、興奮で手が震えてしまった。ひんやりした体温と、しっとりした皮膚の質感が伝わってくる。


 両手ちょこちょこ動かして慌てる姿に頬ずりしたくなる。


 あれ、私ハ虫類大丈夫だったっけ?


 大丈夫みたい! だってこんなに可愛いんだもん!!


『うっ、まっ、ぎゅぅっ!』

「はぁ、かわいい、かわいい。手ちっちゃい、頭つるつる、おめめキラキラ」


 存分に抱きしめてかわいがり、ひょいっと身体を離してお腹の甲羅もじっくり堪能する。


「甲羅真っ白。お腹、綺麗。かわいい」

『なんだか、おぼえがある、このかんじ。……つかれる』


 海亀の子どもは何だかぐったりしている。


「え、大丈夫!? ごめんなさい、興奮しすぎました!」

『うーん、なんか、まえにもこんなことあったような……』


 はて、と頭にひれのような手を載せる姿に、ときめき値が最高値を告げる。


 ぎゅうっと抱きしめたい衝動を抑えて、私は荒い呼吸を繰り返した。


『……これも似たようなことがあったような。だいじょうぶ?』

「だ、大丈夫です。久しぶりに可愛い生き物に会ったので、興奮が。まさか海亀の子どもがいると思ってませんでした」

『ん?』

「え?」


 きら、と海亀の子どもの瞳が光ったような気がした。


『なんの子?』


 あ、まずい。子どもって言われるの嫌だったかな。あるよね、子どもだからこそ子ども扱いされたくない時期って。


 刺激すると面倒なことになると誤魔化そうとするのに、海亀の子どもは鋭い瞳で逃がしてくれない。


『さっきなんて言った?』

「えーっと、その……、海亀の子、と。いや、私の世界ではあなたのような生き物は海亀とか亀とか呼ばれていまして、決して悪気があって言ったわけじゃ」

『カメ』


 妙にはっきりした声が聞こえた。


『ああ、そうだ。カメだ』

「え?」

『チヨコ。ありがとう、名を取り戻せた。すっかり忘れていた』


 え、ちょっと、私の名前をどこで。そして何だかしゃべり方が大人びている。声はそのまま子どもだけど。


「海亀さん?」

『いや、カメ』

「カメ……」

『そう』


 カメ。どこかでそんな名前を聞いた。あれは————。



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