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舞い戻ったあの子は大悪党を手懐けてみた  作者: 綺璃
第一章 五百年後の世界に生きる者達
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八.スイーツ作りの結果

「アデル様…っ、なりません!」


 刹那、ユリウスが気色ばんだ。


「力は極力使わないように、制限されています!こんなことでその力を使ってはなりませんっ」


 いきなり真剣に怒りをぶつけて止めに入る彼に驚く。


 この力にはリスクがある。


 無闇に使えば、過去や未来を変えてしまう可能性があった。前世では、その反動でアデルは死にかけた。他のヴァンパイアと違い、身体が食料となる血を受けつかなくなり、命が削られてしまった。


「ユリウス、それなら大丈夫だ」


 偽アデルは私から手を離しユリウスの方を振り向くと、ため息をついて心配する彼に、うんざりした様子で淡々と答えた。


「で、ですが…!万が一ということもあります!それに今はその能力は…」


「力を使うわけじゃない。魔法石でやる」


 尚も止めようとするユリウスを睨み、冷たく遮る。


「だいだい君は心配しすぎ。一日やそこらじゃあ、あの能力で変化はない。それに僕が彼女に協力しようとしているんだ。君に止められる筋合いはない」


 どこまでも偽アデルの態度は、ユリウスに冷たかった。ユリウスは青ざめ、言葉を失った。


「…なんか、揉めているみたいですけど、魔法石があるなら、それを貸して下さい」


 私はこれ以上二人の空気を壊すのは気が引けた。自分の立場にしたら、偽アデルを貶める絶好のチャンスだが、何故が後味が悪かった。


 偽アデルはユリウスから私に再び向き直り、にこりと笑う。


「わかった。貸してやろう。でも、それは僕がやる。君は魔法自体使えないのだろう?」


 彼は自分でやりたがって、私に渡してくれないようだ。


「え…?で、ですが…」


 チラッとユリウスを見ると、彼は無表情になって立ち尽くしていた。


 このまま本当に、この人に頼んでいいのか…。


 そう迷うように偽アデルに視線を向けると、スッと彼が私に近づいて、


「(このままユリウスに忘れられたままでいいの…?おぼえてもらいたいんじゃないの??)」


 そっと耳元で、囁かれた。ハッとして彼を見つめる。心を読まれたのかと、驚く。

 彼はなんでもお見通しだと言いたげに、得意げな笑みを浮かべて、


「魔法石で何をする?完璧なデザートを作るなら、その腕前をみせてよ」


 私のデザート作りの腕前がどうなのか、試すように言った。


「わ、わかりましたよ…!これを、手伝って下さい」


 引きに引けず、私は彼の言葉に乗ってしまった。

 ふっ!とどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


 ムッとしたが何も言わず、彼は私の横を通り台に向かう。魔法石を取り出した偽アデルに火を起こしてもらうために、簡単に説明をすることにした。


「あなたにやってもらうのは、この赤と青の果実を煮込むための作業です。竈に火を起こすのはできますが、私では時間短縮ができないため、煮込むのに一日かかってしまうのです。ですから、この果実がドロドロに溶けて煮詰まるまでの時間を、あなたはこの魔法石を使って短縮するだけでいいです」


 火を起こすだけなら、薪や炭を使ってできる。だが、その煮込んで完成するまでの時間が長いため、偽アデルかユリウスに魔法を使ってもらい、作業を短縮してもらおうと考えたのだ。


「これが煮詰まるまでの時間短縮か…。よし、わかった」


 彼は私の説明を理解したようで、魔法石を火鉢で掴み、息を吹きかける。ボッ!と魔法石が炎を生み出した。彼はそれを鍋の下の竈の中に入れる。周りに置いた薪にその魔法石の炎が移り、バチバチ燃える。


 そこまでは普通と変わらない。

 偽アデルは鍋の上に手をかざし、小さく呪文を唱えた。


「ショートテイル」


 途端、竈の薪が瞬時に燃えかすと変わる。


「できたよ。中を覗いて見てよ」


 偽アデルがこちらを振り返り、確かめるように言った。鍋から匂う甘酸っぱい香り。期待しながら、私は彼の横に立ち、その鍋を覗き込んだ。

 潰しただけの果実はドロドロになって、液体状態に変わっていた。木のヘラでかき混ぜ、鍋の中のそれをすくい、味を確かめた。


「ん…っ!!すごい!完璧に出来上がってる!」


 甘酸っぱさのある濃厚で混ざり合った二人の果実がの味のが口に広がった。私の知っているラズベリー色のジャムの香りと味。


「ついでにこちらもやっておいた」


 偽アデルはいつの間にか石窯の前に立ち、得意げに笑っている。そちらには生地のスポンジが入っている。そこに移動し、厚手の手袋をはめてから火鉢をつかみ、石窯から取り出して、テーブルに置く。こちらも私の知っているスポンジの香りがして、ふっくらと狐色に焼き上がっていた。


「わぁ〜、ホント、すごいなぁ。こっちに魔法石を使ってないよね?魔法を使って時間短縮したの?」


 私の質問に、偽アデルは首を振って、


「こっちも魔法石だ。鍋の下に入れたものを少々調整し、出来上がったときの時間へと刻を早めた」


「え?でも、魔法石はこっちの竈にしか入れてないよね?石窯には入れてないのに、なんでそれができるの?」


 驚き尋ねる私に、彼はニヤリと笑った。


「君が鍋を見ている間に、こちらの魔法石で起こした炎をこっちに移したんだ。その分、一日の時間短縮とは違い、こちらはあまり時間がかからない。君の反応を見たら、生地の時間はこれで合っていたんだな」


 生地が出来上がるまでどのくらいの時間がかかるか知らなかったようだが、適当にその時間に合わせ、ジャムで使った魔法石を利用し、生地の方も完成させた。

 完璧に仕上がっているスポンジとジャムに感心していると、


「それで?これらをどうするの?」


 偽アデルが次の作業に話を促した。私はハッと我に返り、


「ここまででいいです。ありがとうございます。あとの仕上げは自分がしますよ」


そう頭を下げて礼を述べると、偽アデルは少し物足りない顔で「まだ何か手伝い」と申し出た。


 しかし、これ以上手伝ってもらえば、自分が作ったとユリウスにアピールできなくなる。時間短縮をしてもらっただけでも協力したことになるから、当初の目的を考えると偽アデルに手伝ってもらうのは避けたかった。


「う〜ん…ごめんなさい。あなたには感謝しますが、あとは自分でやらなければ意味がありませんから」


 キッパリと断り、偽アデルを下がらせた。

 彼はまだ納得いかないようだったが、そんなに菓子作りの手伝いが楽しかったのか、と不思議に思ってしまった。


「二人は、あの椅子に座っていて下さい。すぐに仕上げますから」


 動くのを躊躇う偽アデルの背中を押してユリウスを見ると、彼は自分の足ですでに椅子の方に向かっていた。

 そういえば、さっきの言い合いからずっと、ユリウスは何も喋らないが…。


「ユリウス様、大丈夫ですか?」


 まだ顔色の悪い彼に話しかけると、ふせがちの顔を上げて、


「なんのことですか?それより仕上げを早く済ませて下さい」


 調子が戻ったのか、やや冷たい声音でそう告げた。


 杞憂だったかな…?


 私はこれ以上の会話は無駄かと思い、二人に背を向けて作業に戻った。

 白い皿にスポンジを置き、卵白と山羊から絞った乳、砂糖の代わりの粉を混ぜて、クリーム状になったそれをスポンジの外側につける。全部白くなったところを見て、煮込んだジャムをたくさん取り、それを上の表面に落とす。後は、余分にとっておいたトテリカとクリオリをジャムの上に飾り…出来上がり!


 皿を持ち、ゆっくりと、ユリウスと偽アデルの方に振り返る。

 

 「さぁ、二人とも…!スイーツが出来ました!」


 私が笑顔で彼らに告げると、二人は立ち上がり、偽アデルは迷いなくこちらに、ユリウスは一瞬躊躇し、すぐに顔を歪ませてこちらに近づく。


「これは…見たことあるね。デザートでも、なんというものなの?」

 

 偽アデルが興味深そうに、シフォンケーキもどきを見つめる。


「これは、ファンベイリーと言います。今回、ユリウス様が好みそうなデザートにしてみました」


 私の言葉に、ユリウスは微かに眉を寄せた。


「私…?そういえば、私好みのと言ってましたね。これは…」


 ユリウスがふらりとファンベイリーに近づき、匂いを確かめるように息を吸う。


「遠慮なく食べてみて下さい」


 戸棚の引き出しにあったフォークが皿の横に置いてある。彼はそれを取り、自分の前の淵から差し込んですくい、口に運んだ。刹那、ユリウスの目がカッ!と見開き、ブルブルと手が震え出した。


「ユリウス?大丈夫?」


 隣にいた偽アデルが微かに驚いたように呟く。

 

 この反応、まさか失敗した…!?


「あ、あのユリウス様!お味は、どうですか?お口に合いません…」


 …か?と、告げようとした途端、震え出したユリウスが勢いよく、ファンベイリーにフォークを突き刺し、二口目を口に運んだ。


「んっ…こ、これは…もぐもぐっ」


 何か言おうとするが、三口、四口目と口に運ぶペースが早くなっていく。


「もしかして…成功?」


 この様子、どう見ても失敗ではない。


「ちょ…、ユリウス!僕にも残して…っ」


 ハッとしたように偽アデルは我に返り、ファンベイリーを食べる手が止まらないユリウスに慌てて反対側からフォークを刺し、攻め始めた。その後、三分も経たず、二人はファンベイリーを完食した。

 よく見ると、それが乗っていた皿は拭きとったように綺麗だ。垂れたジャムもクリームも食べ尽くされている。


「…二人とも、感想は?」


 フォークを置いて、口元をきれいに拭いているユリウスと、口を押さえ、「うぷっ」と吐きそうな顔をしている偽アデルに、ファンベイリーを食べた感想を聞いた。


「…まぁ、ギリギリ合格、ですね。私的にはもっと甘くてもよかったです」


 ユリウスは完食(四分の一は偽アデルが食べた)しておいて、完璧ではないと一言感想を告げた。


「もっと甘く?ゆ、ユリウス。僕はこれでも甘い方だと思うが」


 その隣りで青ざめた顔の偽アデルが弱々しく呟いた。


「なるほど、ギリギリ合格ですか。でも、ユリウス様。この味に、このファンベイリーの付け方に、見覚えはありませんか?」

 

 私は深い笑みを刻み、ユリウスに近づいて、彼が食べたファンベイリーの事を尋ねる。


「見覚え…?」


「そう…味や食感。よく昔、いや…あなたがこれを好きになるきっかけになった、あの『ファンベイリー』の味を…」


 さらに私は彼に近づいて、その戸惑う顔を覗くように見上げる。視線が先ほどの皿の方に向けて、私を見て…微かに目を見開いた。


「そう…だ…。この食感と味…。私はよく、昔、アデル様から…」


 横でどこからか持ってきた椅子に座り込む偽アデルを振り向いてから、テーブルに置いてある皿を交互に見つめる。


「ユリウス様。これが、私があなたに伝えたかった事です。私達は昔、会った事があります」


 戸惑いを見せたユリウスに訴えかけるように、真剣な眼差しを向けると、もう一度、深い意味を込めてそう告げた。ユリウスの表情が強張った。ぐったり座り込む偽アデルに戸惑う視線を向けて、また私に戻して、彼は微かに震えるように口を開いた。


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