七.スイーツで胃袋を掴め
男の人の胃袋を掴むためには、料理の腕前を披露するのがいいと、昔ながらのやり方を利用する事にした。
「スイーツ…ですか。それで、我々をこんなところに連れてきたのですか?」
偽アデルに協力してもらい、ユリウスと偽アデルとともに厨房に回った。
向こうの世界では、女の子らしく、素人ではあるが友達とスイーツ作りをしたことがある。それはこちらに戻ってきた後も、孤児院で厨房担当の時は、よくスイーツを作った。だから、ここにクリスさんと来る前にも、私は上手いからと、昼食用のパンも作らされていたのだ。
でも、こちらの世界は向こうと違うので、スイーツ作りを始める前の材料集めが大変だ。しかも、今は時間もないので、厨房にある物で作るしかない。
「ええ、厨房で少々、私が作るまで待って頂きたいのです」
ユリウスは渋い顔した。偽アデルを見て、彼が見てやれよ、という視線を送ると、ため息をつき、渋々頷いた。
「…わかりました。スイーツに罪はない。それほど自信があるなら、どんなお手前か拝見しましょう」
少々、上から目線の物言いだが、許可は許可だ。ホッと息をついて、とにかく私はユリウスの好きなスイーツを作ることにした。
前世、ユリウスがよく食していたスイーツはラズベリー色のシフォンケーキのようなもの。名前はファンベイリーと呼ばれる。生地はフワフワ食感、クリームとなるラズベリー色のジャムを外側につけて甘酸っぱい香りがしていたなぁ。
前世の記憶を思い出し、勘で再現する。
私はラズベリー色となる果物を、用意した。
赤い色の粒々の実…トテリカを多く取り、微かに甘い香りのする青の丸い実…クリオリを少々。
ボール…丸い容器に混ぜて潰して、この時期に咲くエンブルと呼ぶ花から蜜をいただく。
エンブルは花で一番、濃厚な蜜をつける。向こうで言うなれば蜂蜜と同じ味だろうか、スイーツ作りでは欠かせない。でも、エンブルは前世の時代では高価な物であった。貴族の間で流行り、それをつけたスコーンのようなお菓子に貴族達は夢中だった。
それはあるかなぁ?と不安に思い、棚を漁る。中央の左手、それらしき花の液体が入った瓶を見つけた。
蓋を開けて舐めると…甘い!
これだ!とそれをボール容器に入れて、果実を潰しながら混ぜる。それを置いて、今度はふっくらとフワフワになる生地作りに入る。
生地作りなのだが、ここで魔法が使えたならば簡単だった。だが、生憎、私にはその能力がない。
「なるほど…あなた、ファンベイリーを作るつもりですか」
そこに、ユリウスが口を挟んだ。
壁際で男二人椅子に座って、審査員のような彼らの一人、ユリウスはいつの間にか眼鏡をかけている。
あれは、彼が何かに集中して見るときに使う道具。
「よくわかりましたね。そうです。ユリウス様はスイーツ好きですが、その中でも特に、ファンベイリーがお好きだと、さる高貴な方からお聞きしました」
にっこりと、意味深な笑みを浮かべて告げる。
ユリウスの眉がピクリと動いた。
「さる高貴な方…?人間の…貴族に聞いたのですか?」
その質問には答えなかった。ただ、より深い笑みを浮かべるだけ。これもまた、彼に意味深に聞こえるように、だ。
「ユリウス。質問は後にしたほうがいいんじゃない?今は、彼女が君のために頑張って料理を振る舞っているんだ」
すると、偽アデルがここで少し冷たい声で、私達の会話に割り込んだ。彼を見れば、じとっと白い目でこちらを見つめている。
何か、非難されるような目つきに、首を傾げた。
「な、なんですか…?どうして、そんな目で私を見るのですか?」
悪いことを言ったか?
アデルの顔でやめて欲しい。
私の問いかけに、彼は不機嫌そうな顔になり、ユリウスと私を睨む。
「いいや別…?僕はただ、人間食の甘味は知らないからなぁ〜と」
そう答えた彼は、戯けるように肩を竦めた。
何故、今そんな態度を見せるのか…。
すると、ユリウスがハッと顔色を変えて、
「まだ…覚えていませんか?」
そう遠慮がちに、偽アデルに問いかけた。偽アデルは露骨に顔をしかめ、「その話はやめて」と強く告げる。
その二人のやりとりに私は疑問を抱いたが、ユリウスは顔を強張らせて少し落ち込んだような暗い顔で、「不快にさせてすみません」と謝った。
「あの、作業を再開してもよろしいですか?」
二人しかわからない話に焦りを感じ、スイーツ作りの再開を促す。
ユリウスはハッとしたように口を閉じ、私の方に向き直る。
「どうぞ…。質問は、作り終えた後にします」
急にしおらしくなり、そう答えた。横で、偽アデルが深いため息をついた。それを敏感に察知したのか、ユリウスの身体が強張ったように、びくりと動く。
二人の間に、ぎこちない雰囲気が流れて…いや、正確にはユリウスがただ偽アデルに対し、急に緊張したような感じ。
私はこの空気に困惑したが、ユリウスに早く自分がアデルなのだとわかってもらいたいので、スイーツ作りに専念する事にした。
どこまでやったか…厨房テーブルに戻り、ボールのような容器に入っているラズベリー色になる実を潰したのを見て、今度は生地作りに挑む。
ここで、生地を焼く時は、厨房にあった石窯のような空洞になった焼き場で焼くのが一番だ。
薄力粉…フォンルを左の棚から用意。鳥の卵を探して、ここで使う卵なら、鶏に近いピーピー鳥が一番いい。その卵の殻を割り、卵白だけを取り出して、混ぜて混ぜて混ぜる!
ふっくらしてきたら、それをフォンルに加える。さらに水を入れて、砂糖…ココと呼ぶ調味料の粒を入れて、かき混ぜる。少し味を確かめると、ホットケーキのように甘い。
これくらいなら大丈夫そうだ。
今度はこれを、真ん中が空洞した丸い型の容器を用意して、それを注いで、石窯のような空洞に入れる。
焼くまでの時間に、ラズベリー色のジャムを作る。
赤い粒の実のトテリカと、青い丸い実のクリオリを潰したそれを火にかけて煮込む。
この時間を短縮できるのが魔法であるのだが、もう一度言う。
私は魔法が使えない!
なので…!
ここは、さっきから気になっていた、ぎこちないおかしな雰囲気を作っているあの二人の男性に協力してもらおう!
「あのっ!二人とも、ちょっといいですか?」
二人の前に立ち、私を見上げるヴァンパイアに声をかけた。ユリウスは眉を寄せ、偽アデルはキョトンとする。
ほんの数十秒間、止まったように次の反応がなかったが、偽アデルが先に立ち上がった。
「なに?もうできたの…っ!」
何故かワクワクした様子で、そう答える。私は偽アデルの顔を見て首を振り、ユリウスに視線を向けた。
「まだできていません。ですが、ここであなたたちに、協力して欲しいのです。今、生地につけるジャムを…果実を煮込む作業をしているのですが、私は魔法が使えず、時間を短縮できません」
そこで一旦言葉を切ると、今度はユリウスが立ち上がり、緊張が解けたのか、落ち着いた顔つきで私を見下ろした。
「魔法が使えない?ああ、あなたは魔力がなさそうですね。それで、ここで時間短縮とは…その煮込み作業に時間がかかるからですか?」
私の言葉を汲み取り、先に彼が私の言いたいことを口にした。
「はい!そうです!味がより再現…美味しいモノになるまで煮込むのに、一日は必要なんです。ですが、それではお忙しい二人に、わざわざこうしてお時間を頂いている手前、今更明日まで待ってくださいとは頼めなくて…。私がここで魔法が使えればよかったのですが…」
しどろもどろ言い訳のような言い方で、ユリウスと偽アデルに申し訳ない気持ちを込めて、見上げて見る。
「…っ!それくらい、大丈夫だ。…なぁ?ユリウス」
すると、またしても偽アデルの方が先に答え、さっきの空気を感じさせない気軽さでユリウスに声をかけた。
ユリウスはユリウスで、何か考え込んでいたらしく、偽アデルの言葉でハッと我に返った。
「え、ええっ。そうですね…。ここにきて、魔法が使えないとは情けない話ですが、時間短縮のことは、忙しい身の私達にはありがたいですね」
次の瞬間、前のように嫌味の含んだ言い方で、調子を取り戻したユリウスが答えた。
「えっ?な、なら…ユリウス様っ。時間短縮に、あの煮込み作業を短縮する魔法をかけてください!」
許可が出た事に喜び、身を乗り出してユリウスに叫ぶように告げた。ユリウスがたじろぐ。
少し戸惑うような視線に、目線で「お願いします!」と念を込めて訴えた。
「待て…!そこは、僕に頼めよ」
不意に、横から、偽アデルが身体ごと割り込んだ。
私は驚き後退ると、割り込んだ彼に肩を掴まれて、面と向かって真剣な顔で訴えられた。
「短縮魔法ではないけど、僕なら簡単にできる」
時間の、それも一日を動かす時間短縮と同じ、ヴァンパイアだけの能力で。
「え…?あ、あなたも使えますか?」
偽アデルに期待はしていない。ユリウスならできると知っている。
「短縮魔法と同じ応用で、ここの場の時間だけ別の時空空間に繋げ、先送りするんだ」
驚いた!
能力も、アデルと同じだった。彼が王としていや、この世界で最強だったのは、時を操っていたから。
ある年月を生きたヴァンパイアなら、時間は無理だが、遮断行為ができる。周りの空間と自分達の空間だけ遮断し、自分だけの空間を作るのだ。それはヴァンパイアの体の構造と似ている。ある程度年月が経つと彼等は成長時間が止まる。それができる彼らだからこそ、自分の空間が作れるのだと、私は解釈している。
まだそのあまり謎は深まるが…とにかく、アデルが最強だった理由は、その能力とは別に、世界を動かす時間を、刻を、彼が操る術を持っていたからだ。