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舞い戻ったあの子は大悪党を手懐けてみた  作者: 綺璃
第一章 五百年後の世界に生きる者達
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五.逸れ者

 暴れたのは言うまでもない。

 声は相変わらず出てこなかったが、一階に降りると、彼は顔をしかめてため息をつき、私を床に下ろした。


 「全く、とんだジャジャ馬だね」


 呆れたような言葉に腹が立って睨みつけた。


 「なに?だってそうでしょ?女の子なら、男にああされたら普通は淑やかになるよね。僕の中で暴れたのは、君が初めてだよ」


 何よ、それ?普段から、女の子をお姫様抱っこしてるってこと!?


 「わ、私は…認めない!あんたが、ヴァンパイア王だなんて、認めない!」

 

 女の扱いに慣れてそれを利用しているような女誑しだ。

 

 アデルの名が傷つくわ!!


 私は精一杯彼を睨み、叫んだ。


 声が出たのもそうだが、白銀の人はこちらを驚いたように見つめ、微かに目を細めた。


 「君、本当になに?王だなんて、何故それを人間が知っているの?」


 スッと細められた冷たい眼差しに、ゾッとする。剣呑さのそれに射抜かれて、動けなくなった。


 「どうして、僕のことをそうも知り尽くしている?君と僕は、これが初対面のはずだ」

 

 そこで、しまった!と思った。


 これは隠しておくべき情報だ。彼にしてみれば、私は今日初めて会ったただの小娘。それを自分のことを、いやアデルのことをよく知っているなんて、怪しい者ですと言っているようなものだ。

 

 疑うようにこちらを冷めた眼差しで睨む。私は口をパクパクして、何を言って、この場を切り抜けるか考えた。


 「…ヴァンパイアには王はいない。王と呼べる存在は何百年も前に消えた。今は、人とヴァンパイアが手を取り合う世界だ」


 それは理想である。私が成し遂げたかった。

 でも、そうか…。

 それでヴァンパイア側で派閥争いがあるのか。


 ヴァンパイアは古い価値観を持っている者が多くいる。それは彼等が長寿であり、変化を嫌うからだ。


 「…私が正直に話しても、あんたは絶対信じないわ」


 そうだよ、何故、気づかなかった?


 このアデルの姿の男が身近にいたのなら、ユリウスも、私をアデルだとは気付いてくれないだろう。頭のおかしい人間の娘だって、逆に不審がられ警戒される。


 「絶対信じないって、誰が決めたの?それは君の価値観だ。まだ話してもいない内容で自分からそう思い込んでは、相手にその気持ちなど伝わらないでしょ」


 意外にも、もっとな意見を返され、言葉に詰まった。


 まさか、こいつから言われようとは…。


 「なんだ?不満?…言い返すこともできないんだ」


 最後にボソッと言われた言葉に、カチン!ときた。


 「不満だらけよ!私はアデルを知っている。何もかも!彼が実は犬嫌いとか、薔薇好きでも白い薔薇は受け付けないとかっ、スリーサイズもホクロの位置だって知っているわよ!」


 そう自分自身だから知らないことなどない。


 「うわっ!キモい!何、その情報量!もしかして僕の熱烈なストーカー!」


 ムキになってそれを伝えると、少し後ろに離れ、ドン引きされた。


 「はぁっ?だから、あんたはアデルじゃないでしょ!ストーカーって何よ!私は純粋に自分だった事をアピールして…」


 また何か話が脱線している。

 話せと言ったのはこいつだ。

 正直に言ったのに、この引かれよう…腹立つわ。


 「とにかく!あんたみたいな人と関わっている暇はないの!ユリウスに今すぐ会わなくっちゃ!」


 そう最後は足を進めて、この男から逃げるように離れる。


 ユリウスに一度会って、確認しなければ…。アデルの死後、血族の者はどうなったのか…。


 「あ、待って。僕を無視するなんて、本当に失礼だな」


 後ろから白銀の人が声を上げ、ついてくる。私は無視して、ユリウスの姿を捜した。


 あのジェニファーという女性の話からするに、この建物の入り口?それとも人が集まるような…。


 薄暗い廊下をひたすら歩く。


 「ねぇ、カノン!そっちじゃなくて、こっちだよ」


 勝手に白銀の人が言う。でも私はそれも無視して、そのまま真っ直ぐに進んだ。横の窓から庭が見えた。前には柱と回廊が見える。きっと中庭に続くだろう。

 そう思い、中庭に出られる回廊に差し掛かった時、バッ!と中庭から何かがこちらに迫って来た。


 「えっ…?」


 それは虚な目をして口に牙を生やしたヴァンパイアだった。ビクッ!として足を止めた。


 「ほんと、危ないなぁ」


 その瞬間、背後から白銀の人の呆れた声がして、腰に手が回される。


 「え…!?きゃあっ!」


 そのまま力強く後ろに引っ張られ、思わず悲鳴を上げた。

 視界に白銀色の髪がサラサラとなびく。その向こうに襲ってきたヴァンパイアが倒れる姿が見えた。

 

 「逸れだな」

 

 ボソリと彼が呟いた。いつの間に目の前に現れ、助けに入ったのかわからなかった。


 「なにが…えっ?こ、この人….!」


 困惑しながら視線をその倒れたヴァンパイアに向けて驚く。

 

 まだ幼い少年だった。ヴァンパイアの牙を剥き出しにして、だらりとよだれを垂らし白目を剥いていた。ピクリとも動かないところを見ると、死んでしまったのだろう。


 「こっちから先は危ないから建物の中に戻るよ。ここはまだ奴等がいる」


 そう言って彼が私の手を取り、建物へと引っ張った。


 「あっ!ちょっ、ちょっと!これってどういうことなの!?」

 

 慌てて足を動かし、彼に何故、今襲われたのか尋ねた。


 「どうもこうも、ここは逸れ者の溜まり場だって言ったでしょ。建物内はそれとなく近寄れないようにしてるが、外ではああして、時々襲って来る」


 逸れ者とは、意思の無い者で、ただ血を求めてこの世を彷徨うだけのヴァンパイアの成れの果て。


 「え?でもさ、あんたがいれば大丈夫でしょ?アデルと同じその顔なら、あんたを襲って来ない」


 アデルの偽物だけど、その顔は彼とそっくりなんだからさ、ヴァンパイアの王がいるとわかれば、彼等は本能でそれを嗅ぎ分けて、王を襲ってこないはずだ。

 

 その質問に、彼が急に立ち止まった。


 掴まれた手がピリッと痛み、「いっ!」と痛みに顔をしかめ声を上げると、彼がこちらを振り返った。


 「あのさ…それ、言おうか言おうか思っていたけれど、いつの時代の話?アデルアデルって言うけど、僕は一度も君に会ったことはない。あり得ない話だけど、まるで君、その時代から来た人みたいだよ」


 ドキン!とした。


 その時代というか、世界すら違う次元…異世界から来たわけだが、この世界で生きていたのはその時代のとき。

 この目の前と同じ顔で、同じ名前をしたヴァンパイアの王だった。


 答えるのは簡単だが、はたしてこのまま話していいのか…。


 答えに窮していると、じぃーと疑わしい目つきでこちらを見つめてくる。


 「それにさ、さっきも部屋で、ずっとアデルがどうとかってまくし立てて、僕が本物じゃないような事を言っていたよね?本人を見たことあるような言い方でさ。でもさ、見るからに君、人間だし、五百年も生きているわけがない。今もそうだけど、なんでそんなこと言ったの?」


 やっぱり、これは今の私の方が怪しい人物になっている。理解し難いことが起きてそれを正確に話せれば、こんなに悩まない。私も、彼も。


 どれが正しいかなんて…。


 「さっきも、私言ったけど…それを答えたとしても、私がおかしいか、あんたが嘘つきか、それがわかるだけで、あんたはここにいるからいいけど、私の場合は無理なの。だからさ、ユリウスに、ユリウスに会わせてくれたら、答えが出るかもしれない…!」


 姿も年齢も場所さえも、違う形でアデルは再び生を持って生まれた。

 この今の姿を一目見て、私がアデルなのだとわかってくれるのかは、自信がなくなったけれど、でも、あのとき共に生きてきた彼なら、気付いてくれるかもしれない。


 今、頼れるのは彼しかいない。


 その答えに一瞬、白銀の人は何故か苦虫を噛み潰したような顔をした。腕を組み、相変わらず私を胡乱げに見つめる。


 「う〜ん…。そのユリウスだからってのも、なーんか引っかかるんだよ。まぁ、これから奴のところに行くつもりだったし、答えは奴が握っているってことだな」


 私に言っているというよりも自分に言い聞かせているような口調で喋り、彼は眉間にシワを寄せて深いため息をついた。


 「わかった。まずはユリウスに会う。そうすれば、君は僕の質問に今度こそ、ちゃんと、答えてくれるんだろう?」


 そう続けて顔を寄せてくると、有無を言わさない迫力で私に問いかけた。

 

 顔が引きつるのがわかる。

 この問題を解決しなければ、前に進めない。このまま自分の存在もこの世界で認めてもらえず、悪ければこの命さえも失うかもしれない。


 「ええ、わかったわ。でも、まずはユリウスに会いに行くわ。彼を捜すのが先よ」


 この建物内にいるはずのユリウスに全てを託す思いで、この時の私はそれが一番正しいことなのだと思っていた。


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