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八.その器にあるモノ

 執務室として使い、隣りは書斎となるユリウスの私室として使っている二階奥の部屋。バン!と大きな音を立てて扉が開き中に入ってきたのは、偽アデルだった。ユリウスは驚き、主人の姿に何かよからぬ事が起きたのだと察したが、それより早く偽アデルが声を荒げた。


「ユリウス!今すぐに動ける者を数名エンジニアに向かわせて!ランセルに会ってくるんだ!」


「えっ?お待ちください!何があったのですか?」


 よからぬ事が起きたのは分かるが、それがどんな状況かは分からず、そう命ずる意図も分からない。


「スノウが目を覚ましたが、いち早く協会と元老院が、レオルドに死刑を言い渡した!今は一刻も早く、スノウの本体のいる場所に行き、止めないといけない」


 死刑の意味をユリウスは何か知っていた。はっと顔色を変えて、ユリウスはパチンと指を鳴らす。その瞬間さっと窓から二名の部下が現れる。


「ベルとランカか!今すぐジェニファーと一緒にエンジニアに向かってくれ。元老院のランセルに会って、スノウは偽物だと伝えてレオルドに下した死刑を止めてくるんだ」


 現れたユリウスの部下の姿を見て偽アデルが命ずると、彼等は詳しい説明を聞く事なく「サー」と一言だけ言って、また窓から姿を消した。


「アデル様。まさか、救うつもりですか?死刑が決まったのなら、あなたでも止めることは…」


「ユリウス。僕なら、止める方法があるじゃないか」


 すぐさまユリウスの言葉を遮り答えた偽アデルの目が、異様に怪しく光っていた。はっとしてユリウスが顔を青ざめる。


「まさか、あの方法をお使いで!?だめです!あの方法はあなたの命をまた危険に晒してしまいます!一歩間違えば、今度こそあなた自身が消滅に…」


「ユリウス!僕は記憶を無くしてはいるが、レオルドが如何に僕らにとって大切な存在だったか、とてもよく理解しているんだ!だから今やらなくては、記憶を無くす前の自分に申し訳なく思うし、きっと後になって後悔すると思う」


 切羽詰まったように、必死に叫び伝えてくる彼の姿に、ユリウスは返す言葉がなかった。ユリウスは憎みながらも、心の奥底では自分達を裏切ったレオルドとの絆を、完全には断ち切れていない。未練があった。


「ユリウス。君もこの方法は望んではいないだろ?」


 迷うように微かに視線を彷徨わせ、戸惑いを見せたユリウス。それを見逃さず指摘した偽アデルは、今度は諭すように落ち着いた声音で尋ねる。それをどう受け止めたのか…。ユリウスの微かな戸惑いはふっと消えた。冷静さを取り戻し、いつも以上に真剣な表情を見せる。


「…そうですね。あなたの言うとおり、私は、心の奥底では彼のことを本気で憎めないでいる。追い求め、変わった彼と敵対しながらも、完全には彼との絆を断ちきれないでいる」


 憎しみ以上に彼を大切に思っていた時期は長く、尊いものだ。ユリウスは今の正直な気持ちを吐露し、歯噛みする。


「それなら…僕のしたい事をしてもいいよね。…隠したモノを解放する」


 偽アデルは今度はユリウスに同意を求める事なく、自分でそれを実行に移すと決意を示した。その瞬間、怪しく光っていた紫水晶のような眼がドロリと真っ黒な色に染まり、生気のない器だけのモノに変化した。


「アデル様…」


 ユリウスの悲しそうな声は、今の偽アデルには届かない。生気のない、まるで人形のような姿に変わった彼は、軽く目を瞬く。そのとき不意に、左の鎖骨から胸元辺りが、服の上からも分かるくらいに赤く光を帯び始めた。そして、その赤い光によって服が焦げて、血の気のない肌が露わになる。


「…ふぅ…。ここは……ん?貴様…ユリウス、か?」


 刹那、人形のようだった器が声を発し、ユリウスを映した。その眼は生気のない真っ黒な色から一瞬にして紅蓮の炎のように真っ赤に染まり、偽アデルと違い無気力で冷たく、静かで深い怒りを孕んでいた。


「やはり、レオルドを宿したか」


 ユリウスの剣呑な目が彼を射抜く。魂のないアデル本体の器だけの其れは、昔、親友と思っていた者に心臓を奪われ、命を失いかけた。だが、その時にアデルは自分の身体の中にあった至宝、真紅の宝石のおかげで、一部の魂だけその器に残り生き延びたのだ。しかし、そのときの後遺症か、心臓を奪われる前の記憶が無くなってしまった。そして、今のアデルにした張本人が闇魔術師であり人形使いのサイファーだ。それに加担し、洗脳されたように今も共に行動するのは、その器に宿ったレオルドだった。


「やられたのか?…奴が、来たはずだろ?」


 レオルドが微かに首を傾け、薄らと冷たい笑みを刻む。怒りを募らせ睨むユリウスが牙を剥く。


「アデル様はまだ消えてはいないっ!あの者だって、すぐにアデル様が追い払った!お前こそ、何をしているんだ?親であるスノウ様を利用するなんて…!」


「……それは、貴様には関係のないことだ」


 ユリウスの言葉が効いたのか、レオルドの反応が変わった。今にも飛びかかってきそうな、肉食獣のような鋭い牙を見せて、殺気のある目で睨みつけた。ユリウスはその気迫に一瞬気圧されたが、負けじと睨み返す。


「図星か?レオルド。アデル様はいち早くお前の悪事に気づいた。スノウ様の本体を乗っ取っていたとは…よくもあんな者と付き合ってられる」


 憎悪の混じった吐き捨てた彼の言葉は、レオルドの今の主君であるサイファーを嫌悪し、挑発した。だが、レオルドにとってのサイファーはユリウスやアデルとの関係とは違って複雑なものだった。一瞬だけ恐怖に支配されたように身体が強張るが、すぐに余裕を見せるかのようにふっと微かに笑った。


「ユリウス…貴様も、奴との馴れ合いごっこは卒業しろ。見苦しいぞ」


 挑発したユリウスが今度は言葉を詰まらせ、そこに込められた別の意味を受け止め微かな動揺を見せた。


「なぁ、俺を再びこの身体に呼んだ、本当の理由はなんだ?」


 レオルドが何かに勘付いて先手を打つ。アデルが自分を解放し、他人に器を渡す行為…それも敵であるレオルドに渡すなど、よっぽどなことがない限りそうはしない。


「…レオルドの、処刑だ。今、お前の中に本物のスノウ様がいるのだろう?」


 ユリウスが苦虫を噛み潰したような顔で、今優先すべき事を話した。レオルドは微かに目を見開き、はっと嘲笑し

冷たい眼差しを向ける。


「…それで?居るからなんだ。まさか、俺に助けろとか言うんじゃないだろうなぁ」


「貴様…っ!くっ…、わかって、いるのか?そんな事をして、お前も自分を喪うんだぞ?」


「はぁ〜…ユリウス。俺が自分を手放しても、それも貴様たちには関係のない事だ。それより貴様はもっとアデルの一部の事を考えた方がいいんじゃないか?」


 アデルは不滅だ。それを踏まえてのこの言葉の意味。ユリウスは眉を寄せ、「なんのことだ?」と聞き返す。それが本当に気づいていない事に意外だったのか目を見開き、ハッと失笑する。


「ユリウス…貴様の目は節穴だな。…おい、いつまでそこに隠れているつもりだ」


 レオルドはユリウスに言葉を投げかけ、さらには自分の後ろの扉の所に隠れている第三者にも向けた。それは不意打ちだった。びくりと怯えたような気配とともに扉からおずおずと姿を見せ、気まずそうな表情で現れたのは、自分に助けられたと言いながらもアデルに付き纏い怪しい行動をとる少女、カノンだった。




 


 


 









 


 


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