五.隠されているのは心
サイファーに悪用されたアレステの亡骸が、棺に戻っていく。駆けつけた部下と話すユリウスの姿をぼんやりと見つめながら、さきほど、偽アデルが使った魔法のことを考えた。
人の中にいる他の意識をシャットアウトして拘束する術など初めて見た気がする。古の魔法にある術にあったのか、それをどれほど自分が覚えているか分からなかった。
「これでサイファーも二度と彼に近づけないだろう。ユリウス!今回は僕達の勝ちだよ。こうしてサファイアも手にできたし、何よりレオルドの中にスノウが生きていたことがわかった。彼女をこれからどうするべきか考えよう」
作業を終えたユリウスに偽アデルが言葉をかける。棺に収めたアレステの亡骸は、封印の魔法とともに厳重に保管されたようだ。部下達から偽アデルに向けたユリウスが、どこかホッとしたように息をつき、
「そうですね。当分サイファーもこれに懲りて現れないでしょう。しかし、レオルドがまさかここまで病魔に侵されていたとは…。スノウ様と身体を変えても、変わらないのに」
病魔に苦しみ蝕まれていくその身体から抜けたレオルド。だが、その後の彼の行動は許し難い行為ばかりだ。ユリウス達の雰囲気からしてそう思った。それに彼がいつからスノウに化けていたのか、気になるところだ。
「ユリウス、ここで考えてもそれは分からない。今は早くスノウを安全な場所に運び、これ以上苦しまないようにさせないとね」
深く考え始めたユリウスに、偽アデルはその肩に手を置き励ますようにポンポンと軽く叩きながら優しい言葉をかけた。深刻な表情を少し緩めたユリウスは、肩の荷が降りたように「そうですね」と弱々しくはにかんだ。
(ユリウス…。あの顔…レオルドの事、本当に気づいていなかったの?)
私がアデルだった頃、レオルドが病魔に侵され苦しんでいたのを目の当たりにした。何百年も一緒にいて、それを隠していたレオルドに初めはショックを受けた。
『お前だけには知られたくなかった』
そう冷たく吐き捨て、拒絶するように言われた時も、本気で傷ついた。でも同時に怒りと悲しみを覚え、そのあと彼に怒りをぶつけて口論になって…。でも、本気で心配している私の気持ちに彼は気づいた。
(レオルド。そのあとは、彼はそれが自分の弱点だと知られるのが嫌だったから、私は誰にも言わなかった。でも、それを一緒にいた仲間や、親友のユリウスが、気づかないはずがない)
ずっとそばに居た。三人で。苦しい時も悲しい時も、片時も離れずに。それが親友なんだから…。
「…かり…?ねぇ、カ、リ、ン!どうしたの?」
そのとき、不意に目の前に偽アデルの顔が映る。心配そうに覗き込まれた紫水晶のような瞳が、じっとこちらを見つめていた。完全にユリウスの方に気を取られていた私は、彼のドアップにギョッとした。
「なっ、なにっ?びっくりした!」
心臓がバクバクする。本気で驚いた私に、偽アデルが軽く眉を寄せて、悩ましい様子で首を傾げた。
「また、じっーーーと、ユリウスを観ていたね。ねぇ、やっぱりカノン。君ってさ、ユリウスに気があるの?」
ユリウスに気が…?
その言葉に初めは不思議に思ったが、その深い意味に気づきはっとした。
「ええっ!?ち、違いますよ!前にも言いましたけど、そういうんじゃないんですよ!」
そういう意味でユリウスを見たことはない。だって、親友だもん。
「いやいや、その反応…明らかに、そうだよね」
なぜか、彼はショックを受けたような顔をした。
「いや、だからっ!私はユリウスをそんな目で見た事は…」
困ったな、と視線を彷徨わせると、少し離れた場所にいるユリウスが露骨に顔を顰めていた。
(ちょ…、ユリウス。異性として見てないけれど、そういう顔は傷つくんですけど!)
「あの、ちょっとユリウス様!だから、違うんですって!」
ぶんぶん首を振って否定して、偽アデルはそれだけでは飽き足らずに、私に追い打ちをかけた。
「そういうけどカノン!カノンは何度もユリウスをじっと見つめているよ!頬を染めて、まるで恋焦がれた初恋を見るような、そんな目で見惚れている…!」
「は、初恋…!」
偽アデルの言葉を間に受けたようたようで、ユリウスはガガーン!と効果音が聞こえてくるかのような、絶望した表情をした。
「や、だ、だから…っ、やめてよ!ちょっとあんた!本当、黙りなさいよ!」
ガシッと思わず、怒っているような拗ねているような彼の両耳を掴み、頭を揺さぶった。ユリウスの顔を見て傷つき、早くこの男の馬鹿げた口を塞ぎたかったのだ。
「わっ!ちょっ、カノン!耳もげるもげる!そんな強く引っ張ったら…あああっ!」
すると、偽アデルは今度は変な声で悶え始める。こいつのせいで、私というアデルの尊厳が失われていく。ユリウスは完全に信じているのか、余程ショックだったのか、動けなくなっていた。