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一.望まぬ形で記憶される

 まるでヒーローだ。


 ユリウスの登場で、アレステは心底嫌そうな顔をして剣を引き、距離をとった。


「もう少し遅く来てくれたら良かったのに…」


 アレステの呟きがここまで聞こえた。かなり頭にきたが、彼を刺激するのはやめておく。ユリウスが私を見て微かにホッと息をつき、その横のレオルドに目を向けて露骨に顔をしかめた。


「ちっ、邪魔がまた増えた」


 腹部からの出血に先程のダメージがあり喋るのも辛いはずだが、彼はそれを感じさせないし、余裕を見せて憎まれ口を叩く。


「ユリウス様!レオルドは傷が深くて動けないから、治療をお願い」


 レオルドの憎まれ口に慣れてしまった私は、傷を治すようにお願いする。今のレオルドは治癒能力が弱まっている。病を知っている私から見たら不安でしかない。


「おいっ、勝手な事を…うっ!や、やめろ!」


 まだそんな口が聞けるか、と私がレオルドの腹部をわざと触ってみる。彼は驚いたと同時に痛みに顔を歪ませる。やはり、痩せ我慢している。


「ユリウス、僕が見よう」


 不意に、背後から聞こえた声にドキリとした。振り向けばいつの間にか偽アデルがレオルドの横にしゃがみ込んでいた。


「な…!貴様に頼むなど…くっ、やめろ!触るなっ」


治療をするために、偽アデルは私の言葉を聞き入れてくれた。でも、レオルドの拒否がすごくてなかなか治療出来ない。


「レオルド、静かに」


 刹那、偽アデルの冷たい一言に、レオルドも、私も、凍りついた。彼のまとう空気が冴え冴えした冷たさに変わり、その圧迫感に押しつぶされる。


「…くっ、き、貴様…」


 レオルドが緊迫した様子で脂汗を浮かべ、抵抗する手が止まり、身動きできなくなる。その隙に偽アデルは素早くレオルドの腹部に手をかざし、治療した。


「あ…、くっ…ううっ」


 その間、私は指一本動かすこともできず、息することも困難で、今にも溺れそうな感覚に囚われていた。


「はぁ、最初っから大人しくしていればよかったんだ」


 動けなくなったレオルドを治療し終えると、呆れたようにため息をつき、偽アデルはレオルドを一瞥する。


「…うっ…はっ!はぁ、はぁ…くっ、貴様…っ」


 気づくとされるがまま治療が終わり、レオルドは動けずにいた自分を恥じり、その羞恥さを誤魔化すように怒りに任せて偽アデルを鋭く睨みつけた。


「ははっ、いい気みだね。さぁ、治療も終わったし、カリン。そろそろこちらに…?」


 偽アデルは気分よく小さく笑って、睨むレオルドを軽くあしらうと、私の方にようやく意識を傾けた。だが、その顔が一瞬奇妙な顔になり、固まる。続けて、ハッとしたように青ざめた顔でレオルドを押し除けるように私の目の前に立った。


「ご、ごめんカリン!息を、息をするんだ!」


 一瞬、それは自分の事ではない感覚に、困惑する。

 体を揺さぶる彼の表情が切羽詰まったように取り乱している。


「くっ…!カリン!しっかりしろ!」


 ガクガク揺さぶり、チッと舌打ちしたかと思うと、切羽詰まった様子の彼の顔が近づき、口を塞がれた。


「…っ!?…っ?はっ、はぁ…!ふっ!」


 塞がれてそのまま口の中に空気が入ってきた。驚く間もなく、心臓を鷲掴みされたようにドクン!と大きく脈打つと、すぐに身体から力が抜けて、偽アデルの顔が離れると、そのまま脱力した。咄嗟に、偽アデルが私を体を支え、頬にそっと手を添えた。


「カリン…大丈夫?」


まだ余裕のない顔で心配そうに覗き込む。彼の瞳に自分が映る。脱力感に口も聞けず、ただジッと、その眼を見つめた。



「カリン?」


 優しく呼ぶ声に、軽く首を縦に動かした。微かに色づいて光り、彼がほっと安心して笑顔を見せる。私はそれを見ながらも、その眼から逸らせず、次第に意識が吸い込まれていった。


……あっ。これ…共有パターンだ!


 感覚とか意識と、あらゆるものが主人であるヴァンパイアと共有する形となるテレパシーのようなもの。ヴァンパイアの中で純血種以上の者が血族達の気配を探るように、感覚を共有する。それを思い出すと、唐突に、脳裏にパッと、ある光景が浮かんだ。

 

---それは、アデルが静かに棺で眠る姿だった。


 周りに紅い薔薇が置かれ、薔薇のその濃厚な香りに私は顔を顰める。鬱陶しそうに鼻の前で手を振ると、その匂っていた薔薇の匂いがスッと消えた。私は驚くことなく、そのまま眠るアデルを上から見下ろし、アデルの身体に手を伸ばす。グッと自身の右手が彼の左胸の上に置かれると、次の瞬間、強くそこを突き、左胸を貫いた。


「…っ!?」


 思わず悲鳴を上げたが、私の口からは出てこない。代わりに息を呑む音がして、貫いた手は何かを握る。血は飛び散る事なく、そこにあった大切なモノを引き抜いて、私は、奪っていった。


「やめろぉおおおっ!!」


 刹那、誰かの大きく叫ぶ、悲痛な声。私はそちらを振り向き、血で滴る手、心臓を握りしめながら、くつくつと喉を鳴らした。


「至宝は受け取った。対価は、魂だ」


 叫びとともに炎が私を襲った。しかし、私の体はそこになく、離れた奥の出口にいた。


「…契約を、決して忘れるな。魂が再び甦れば、お前の命もないと思え」


そう愉快そうな笑い声とともに告げ、私だった者の中から私が抜け出て、その私だった者が暗闇の中へと消えていった。


「アデル!!」


 叫んだ者は棺に駆けつけ、そこにいるアデルの姿に息を呑んだ。


「ああ、そんな…こんな、はずじゃ…っ」


 頭を掴んで首を振り、絶望したその者はその場に崩れ落ちる。ゆらゆらと大きく灯る炎がパチパチと周りで爆ぜて、アデルの眠る棺にも飛び散った。


「あ、あぁ…うっ、すまない…ううっ。すまないっ、アデル…!」


嗚咽しながら悲しみに訴え、燃え盛る棺を前に涙を流す。それも熱気に包まれて次第に蒸発すると、男の姿だけを残し、全ては灰へと変わっていった。


---そこで意識が途切れ、再び現実へと引き戻された。



「…カリン?」


呼び声に、ハッと目を覚ます。目の前に先程と変わらない偽アデルの顔。その肩越しに見えたレオルドと、向こうで戦うユリウス。


「アデル…わかった。あなたが、一体何者なのか…」


 スーと、頬に流れる雫。ぼやける視界に、はっきりと刻まれた記憶。

 自分がどうして人間として戻ってきたのか、ようやくはっきりした。

 

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