十一.生き返った白騎士
「お前は…!」
レオルドがハッと顔色を変えた。横で混乱して動けない私の襟首を掴み、問答無用で後方へと飛び退いた。
「拳で殴るなんて、失礼な奴だな!」
殴られた死体は怒っているようだ。自分の顔を、左頬を抑えている。
「な、なんで!?なんで死体が動いて喋るのよ!?」
私のツッコミに、ふと初めて彼は私の存在に気づいたように首を傾げ、レオルドの方に不満そうな顔を見せた。
「君…なんで人間を連れているんだ?」
白騎士のアレステ。平民の彼の苗字は騎士となり初めてもらえた。アレステ=ルーダリア。私の記憶の彼にそっくりだが、顔は青白く目は窪み、痩せ焦げて、まるで一昔のゾンビ…。
「お前こそ、何故そいつにいる?予定になかったはずだが?」
レオルドは彼に語りかけるが、その内容に違和感がある。
『そいつにいる』とレオルドは言った。それってどういう意味だろう?
「私こそ聞きたいね。人間の、それも乳臭い女を連れて、ここで何をしていたんだ?」
アレステのはずだが、レオルドと面識があったのか、やはり話す内容がおかしい。
「は?何を馬鹿な事を。この娘は、ユリウスの手下だ。奴もここに現れて、白騎士の秘宝を狙っている」
アレステはレオルドの話に耳を傾けながらゆっくりと棺から降りて、うーんと背を伸ばし、首をポキポキ鳴した。
彼は死んでいたはずだ。まさか、彼は、ヴァンパイアとして生き返ったのか??
「ユリウスか!予想通りの反応。…それで?秘宝は獲れたんだろ?」
ニヤッと笑い顔を見せて、レオルドの方に近づく。レオルドは一瞬顔を強張らせたが、すぐに神妙な顔つきになって首を横に振った。
「…え?な、に?まだ、見つけていない?」
アレステが目を丸くし、聞き出す。レオルドはごくっと喉を鳴らすと、ゆっくり頷いた。
「まだだ。それらしい物は見つけたが…」
それがコレ、と手元の十字架のネックレスを見せる。アレステは軽く首を傾げ、レオルドの前に立つと、突然レオルドの右腕ごと、スパッ!と斬りつけもぎ取った。
「なっ…!うっ!?」
そして、いつの間にか手元に持った剣、光に輝いているその剣をレオルドの顔面へと斬りつけたのだ。咄嗟にレオルドはそれを避けたが、皮膚一枚ぱっくりと額から鼻にかけて筋が出来ていた。
「あ〜あっ、もうっ!ホント、レオルドってば使えない!私が来たならすぐにそれを持って見せるのが君の役目だろ!ちまちま動いてるんじゃないよ!」
そのままレオルドの足を蹴り付け、レオルドは軽くよろめき、痛みに顔をしかめる。
「なら、ユリウスがもうここに来るって意味だよね?それなら奴も、アデルも来ているんだろ?」
蹴り付けられてもレオルドは文句を言わなかった。斬られた右腕を拾い、それを繋げながらアレステの言葉に頷いた。
「アデルも来てる。今、お前が作った人形が相手している。時間の問題だな」
レオルドは他人事のように答えた。その顔は無表情で、何を考えているのかわからない。だが、アレステの仕打ちに耐えたのが気になった。ユリウスが言うレオルドなら、今のやりとりでレオルドはアレステに手をかけていたはず。
「ふーん、まぁ、どうせ奴等が現れてもこっちが貰うけれど…。でさぁ、その人間なんだけど、おかしいよね?なーんで、私の術が効かないの?」
術、と言われ、私はビク!とした。彼は私を探るように見つめてくる。私は得体の知れない恐怖を感じ、レオルドの背に思わず隠れた。
「は…?何、その人間?レオルドもおかしいなぁ。お前が殺さないなんて」
無闇に殺すとか言わないで!
レオルドの後ろでビクビクしていると、レオルドの手が伸びて私の頭を掴み、前へと突き出された。
「コレは、人質。やけにアデルが気にしてるからな。保険だ」
そう言って、ブン!と真横に飛ばされ、私は悲鳴を上げて、床に倒れ込んだ。
「そんなことより、それ…どうなんだ?」
レオルドが話を変えようと、アレステの手にある十字架のネックレスを指差す。彼は目の前にぶら下げ、顎を撫でて難しい顔で「うーん」と唸る。
「それらしいオーラが少し視えてはいるんだが…この器、時間が経ちすぎててな。経過もそうだが、器の神力が邪魔して分かりづらい」
器の神力?それは何百年も前に亡くなっているため、機能しない部分があるのは当たり前だ。生きていることがおかしい。ヴァンパイアとして蘇ったなら別だが、言葉遣いや第三者から見たように自分の事を話すあたり、このアレステ、もしかしたら人形遣いに操られている可能性があった。
「お前が分からないのなら、俺にも分からない。どうするんだ?一応、持っていくか?」
アレステは難しい表情でネックレスをじっと見つめる。
「他にもないか探してみよう。奴らが来る前に」
そう言って、ネックレスをレオルドの方に放り投げた。それを受け取ったレオルドはため息をつきながら「了解」と短く返事を返した。