八.元親友の秘密
手を出せば届くと思う範囲に二人はいるはずだ。不意に首に感じる圧迫感は、目の前で脅すレオルドの手。しかし、何かが変だ。こんなに近くにいるのに、相変わらず二人は私達の存在に気づかないのだ。
「や、やめて…っ。ぐっ…離して!」
締め付けられる手が、首に食い込み離れない。息苦しさに顔を歪めレオルドを睨みつけて抵抗するも歯が立たない。
「離してほしいなら言えっ!お前はただの人間ではないはずだ!何故、貴様のような小娘があの男と一緒の気配がするっ?」
あの男、と強調された言葉に込められている怯えに似た感情。レオルドに限りまさか、と思いながらもよく見ると彼は困惑しているような、自信なさげな表情を見せていた。
…一か八か。私は、彼に何か感じるモノがあるのなら、私がアデルの生まれ変わりなのだと言ってみようと思った。
「…わ、わかった!そんなに、知りたいなら…話すから…っ」
今すぐ首のそれを離せ、と怖い気持ちを奮い立たせ睨みつけた。一瞬、レオルドがビクッと震え、さっと首から手を離し一歩後ろへと距離を取る。
「ヒューっ…ゴホッ、ゴホゴホ!」
酸素が戻った。首に手を当てて咳き込み、少し涙が出て視界が微かにぼやける。
「やはり…奴と、関係があるのだな?」
レオルドが確信めいた問いを呟き、私を見下ろす。息が整った所で、私は余裕があることを見せるために、ニヤリと笑ってみせた。
「そうね。よく、わかったわね。私は…あのアデルと同じ、貴方の知らない能力を持っているわ。これは、あそこに居るアデルも知らないことよ」
あそこ、とユリウスといる偽アデルの方に指を指す。レオルドが微かに驚いたように目を見開き、微かに歪んだ笑みを刻む。
「話せ。おかしいと思っていたんだ。何故急に、あのアデルの力が強くなったのか…。奴の心は既にないのにな」
レオルドは告げた。私はそれを聞き逃さず、『心はない』と言う言葉が比喩ではないことに、訝しんだ。
「待って。心が、既にない…?それってどういう意味なの!?」
レオルドは、私が知りたかったアデルを殺した犯人を、あの二人の知らないことを知っている??
私は驚いて声を上げ、レオルドに詰め寄った。彼は私に意外そうな顔で、
「…知っているもなにも、手を下し加担したアイツに協力したからだ。おい、貴様こそ、ただの人間が何故そんな事を聞いて…」
「レオっ!!なんで!?なんでアデルを殺そうとしたのっ!」
グッと彼の腕を掴み、訴えた。だって、レオルドは親友だ。そう、ユリウスと同じように、アデルにとって大事な親友で、家族だった。
「…っ、は、離せ!」
レオルドの目が驚きと困惑に揺れて、一瞬こちらを恐ろしいものを見るような目つきで睨むと、いきなり強く突き飛ばされた。
「きゃ…っ!」
地面に思い切り倒れ、悲鳴を上げた。
「き、貴様…俺に、触るな!なんなんだ!?なんでそんな目で俺を…っ!?」
動揺しているのか、そう感じた事にも驚いたようで、私を突き飛ばすと怒りにこちらに詰め寄ってきたが、突然、レオルドは胸を押さえ、その場にうずくまった。
「え…?レ、レオ?」
痛む身体を起こし、恐る恐る目の前で苦しみ出した彼に近づいた。彼は胸を押さえたまま、こちらを見ることもなく余程辛いのか、顔が真っ青で額には脂汗が浮かんでいた。
「レオ!い、一体どうしたの?」
突然、何故…?
そう思い、彼に触れようとした時だ。不意に、頭に浮かんだ。今のように胸を押さえ、倒れるレオルドの姿。美しい黒髪の美少女が横にいて、看病している。それは、過去の記憶だった。
「レオルド!まだ、治っていなかったの?」
見えた記憶に私が尋ねると、彼はびく!と震え、苦痛に顔を歪ませながらもこちらを鋭く睨みつけた。
「やめろ。俺に…俺に構うな」
はっきりとした拒絶。私を遠ざけようとしている。だが、レオルドはひどく消耗しているようで、先ほどの強気は何処へやら…。力が入らないのか、もう一度突き飛ばそうとするその手も震えて、まるで病弱になった人間のように弱々しくなった。
「レオルド。苦しいのでしょ?あなた、まだマジナスが治っていなかったのね」
前世に、何度か見たのはレオルドの倒れる姿。生みの親、スノウが力を定期的に分け与えても、彼の病魔は止まらなかった。これはヴァンパイアにだけ、突然訪れる病魔。
マジナスと呼ばれる。ヴァンパイアは異能を持つが、時にそれは暴走して主人であるその宿主を食らう魔物となる。
今になって思い出されたが、ヴァンパイアにも病気となる症状があった。
「…っ、ほんと…なんで、そんな事まで知って…っ」
驚きに目を見開き、私を見つめた瞬間、ぐらりと彼の体が傾く。
「レオ!」
ハッとして私はレオルドの体を支えたが、その重みで私も地面に座り込んだ。
「すごい汗!ど、どうしよう…!これ、確か…スノウがいないとっ」
私は彼の血族の親じゃない。病魔はその血縁しか治せない。
「レオ!スノウの血族は!?ここにいないのっ?」
居ればすぐにでも一時的に力を分け与えてもらう。
私の問いに、彼の瞼が震え、微かに開く。ぐっと、腕を掴まれて、
「騒ぐな…煩い」
自身の力で体を起こし、目の前で彼はまたもや拒絶を見せた。
「ちょ、そんなこと言ってる場合じゃ…!」
一刻も争う。すぐには死なないことは頭ではわかっていたが、動揺して、心配で、胸が苦しくなった。
「馴れ馴れしいな、本当に。俺に構うな、そう言った」
ぐっと腕を掴む手に力が入り痛みを感じると、不意にレオルドの真っ青で冷たい表情が少しだけ緩み、じっと私を見つめた。
「あ…、レオ。私…」
何故か、彼の目線から逸らせない。暗示があるため、ヴァンパイアの目は見るモノではないとわかっているのに、これは何故か、見ていたくなるような…変な気分になった。
「僕を差し置いて、カノンに触れるな」
刹那、第三者の、偽アデルの声が聞こえて、私は弾かれたようにそちらを振り向いた。
右横に、茂みのある先ほどの場所。ユリウスと偽アデルが私達の方を見つめて、そこに立っていた。
「あ…!?ふ、二人とも気がついて!」
私達の存在に、と告げる前に、偽アデルの姿がかき消えた。次の瞬間、腕を掴まれていた力がなくなり、体が宙に浮いた。
「レオルド。そこまでですよ」
ユリウスがいつの間にか、レオルドの前に立ち、彼に異能を使って縛り付けていた。私はというと、偽アデルの腕の中にいた。
どうやら今の一瞬で私をレオルドから引き離すため、ユリウスが彼を縛り、偽アデルが私を抱き上げ、距離をとった。
「…ふっ。ユリウスか。久しぶりだな」
赤い光の鎖で身動きできないレオルドは、目の前に立つユリウスに余裕のある笑みを浮かべた。
「レオルド、挨拶はいい。今度こそお前を、倒す」
ユリウスは本気だ。今の今まで苦しんでいたレオルドとは違い、彼はそれを感じさせない雰囲気で立っている。
「あ、あのっ、待って!ゆ、ユリウス様!」
偽アデルに抱き抱えられながらも、私はユリウスを止めに声を上げた。
「カノン、どうしたの?」
偽アデルが私の反応に戸惑いを見せた。
「いいから、降ろして!私を、レオにはまだ、話があるの!」
強く告げると、偽アデルは一瞬ビクッとしたが、すぐに何かを察知して、さっと地面に降ろした。
「ユリウス様!やめてっ!レオを傷つけないで!」
駆けつけながら、私が叫び、レオルドとユリウスの間に立った。
「…!あなた、そこを退きなさい!」
ユリウスが殺意を放ち、睨みつけてくる。正直怖いが、ここは引けなかった。