七.墓地の前
実際にすごかった。何がすごかったって…?
偽アデルやユリウスの移動手段。ヴァンパイアの時は全く感じなかったが、人間には、速すぎる!!
「ちょっ…ぎゃあああああーーっ!待って待って!速いから止まって〜〜っ!」
ぴょんぴょんって可愛いらしい飛び方ではなく、ビュンビュン!そうだな、矢というよりも弾丸のような速さと言っていいだろう。
「カノン!そんな耳元で叫ばないでっ」
ヴァンパイアは聴力もいい。風の中で喋っているから、人間ならほとんど風の音で聞こえない声が、彼にはちゃんと聞こえていた。
「な、ならスピード落として!わ、私、初心者!これ、実際に体験してわかった!人間には、怖すぎるーーっ!」
叫ばずにはいられない。
「〜〜っ、うるさいですよっ、娘!まったく、なんて耳障りな…っ。アデル様!今からでも遅くありません!この娘を置いていきましょう!」
隣で同じように屋根から屋根を飛び越え走るユリウスが、迷惑極まりない表情で主君の偽アデルに訴えた。
「ユリウス、辛抱して。僕の方が辛いけど、こうして耐えてるんだ!それにこんなところにカノンは置き去りにしないよ!」
「お、置き去りはやめて!?ねぇ、し、静かにしてるから…」
叫ぶのは賢明じゃない。ユリウスの声だけで、それが本気だと伝わりブルっと震えた。
「いや、どうやらもう着くよ!墓地が見えた!」
そこにタイミング良く、偽アデルが応えた。その言葉に背負われている私は顔を上げる。彼の言われた通り、目と鼻の先に墓地がある。目的地の白騎士の霊廟はあの墓地の奥にあった。
「…待ってくださいっ」
その時、ユリウスが静止の声を上げた。アデルはハッとして速度を落とし、墓地の方ではなくその反対、広い道を挟んだ向かいの芝生や木が並ぶ方へ走り出した。そして、さっとそこの茂みに身を隠し、ゆっくりと私を地面に降ろした。
「アデル様…奴等です。間違いない。あの者達は逸れですが、操られている」
私達の右横の茂みに身を伏せたユリウスが、そこから見える墓地の方を鋭い眼で睨みつける。私を降ろした偽アデルはそちらに体を向けて、ユリウスの真横に静かに移動した。
「アレが…?確かに同類の気配がするけど…操られているの?」
「ええ、誰も来ないように見張っているのでしょう。『人形使い』は…気配は感じませんが、懐かしい奴の匂いはしますね」
ユリウスが『奴』と言った言葉に深い憎悪が込められていた。その眼も普段より鋭く、冷たく、口元から牙が覗いた。
「僕にはよく、わからないが…レオがいるなら、捕えるまで。サファイアは死守せねば…」
過激派は今回で三つ目。レオルドの親、スノウの宝石は奪還できたが、二つは既に奴等の手元にある。全部で五つだから、それを盗られたら、力の均衡が危うくなる。
「…あの、アデル様。聞けなかった事があるんだけど…貴方の宝石は、大丈夫なの?」
そういえば、詳しい話はまだ聞いていなかった事を思い出す。私の問いに、偽アデルは少し驚いた様子でこちらを振り向き、ニッと意味深に笑った。
「僕のは特別。他のとは違い、強く逞しいんだ」
「え…?それ、答えになっていないんだけど…」
私が覚えている記憶では、始祖の秘宝を失くした始祖は力を奪われたも当然だ。近いうちに永遠の死を迎える。その宝石は身体のどこに隠されているのだが、一人一人違う場所にあるため、私にも他の始祖の秘宝がどこに隠されているのかわからない。私が覚えているのは…そう、大事な心臓が壊された事だけ。
アデルの場合、その宝石がどの部位にあったか、思い出せなかった。
「まぁ…僕は大丈夫ってこと!宝石が失くても僕は生き続けるから」
それは…ただの強がり?それにしては自信ありげな表情!
「へぇ〜…生き続ける、か。それが本当ならいいんだけど…」
答えたくないならいい。自力で探るまで。
「二人とも、何をクチャべっているんですか?今はあちらに集中して下さい」
クチャべるって、ユリウスから言われるとは…!
私達が会話している事に、ユリウスが苛立ったように振り向いた。敵を前にカリカリしているようだ。ユリウスの言葉に口を閉じて、言われた通りに向かいの墓地の方に集中した。
「…あれ?あ、あの赤い人」
不意に、墓地の中から一人、赤い髪をした男が現れた。あの男、私は見た事がある。クリスさんに連れられて、広場で歩いていた時にみた旅芸人達の近くにいた人。全身黒なのに、髪だけ赤くて、まるで炎のように燃えているような……ッキン!!
…うっ!?な、なんか、頭が…痛いんですが!?
「やはりいたか…!アデル様っ、私が行きます!」
ユリウスはあの男を見た瞬間、鋭い殺気を放った。あの赤髪のせいで頭痛がしていた私はより強く気分が悪くなり、フラフラした。
「いや、待て。ユリウス、見てよあれ」
偽アデルが今にも飛び出そうなユリウスの肩を掴んで止めると、墓地の方にいる赤髪の男の後ろから、フラフラした足取りで、一人の青年が現れた。
「ブレイン!?何故、あの子が…っ?」
途端に顔色を変えたユリウスが、声を上げた。
「ユリウス、ブレインはトールと一緒じゃないの?」
「え、ええ。それは、トールが闇市に向かう前に調査から帰ってきたレイヴィンと合流して、そのときにブレインとも会っているはずです。彼が、どうして…」
「ユリウス。どういう状況か確かめよう。ブレインが操られていたのなら、僕等は不利に…」
偽アデルとユリウスが知り合いの青年の姿に気を取られて、私にはわからない話を始めた。その間も前の墓地ではフラフラした足取りで逸れ達が周りを徘徊。
すると、不意に赤髪の男が、こちらを振り向いた。
ドキ!とした。
茂みにいる私達にきづいているのか?
じっとこちらを見つめている。
「ちょ、ねぇねぇ二人とも…!あの人、こっち気づいてるんじゃ…っ!!?」
私は最後まで言えなかった。突然、墓地の前にいた赤髪の男の姿が目の前から消えたのだ。
私はギョッとして身を乗り出し、男の姿を探す。
「…静かに」
刹那、背後に人の気配がして声が聞こえた。
ハッと顔を強張らせる。
少し離れているユリウスと偽アデルは会話に集中しているのか…気づいていない。いや、まるで私だけが、別の空間に放り出されたように…周りの光景が停止している。
「女…お前は、なんだ?」
背後に現れた人物は多分、彼だ。
予想外にも思い出の彼の声音よりも耳に心地の良い声音だった。だけどそれはとても低く冷たく、背筋に悪寒が走る。
「…あ、私は…っ」
混乱しながら背後にいるのが本当に彼か確認するため振り向こうとしたが、首にヒヤリと冷たいモノが触れて、ピッタリと身体が密着する。
「振り向くな。そのまま、質問に答えろ。お前は、なんだ?」
何故か見るのに強く拒絶された。その声は先ほどと違い、どこか緊張しているように少し硬かった。
「…わ、私は…何者でもないわ。ただの人間よ」
「人間?…はっ!お前のようなモノが?…嘘をつくな。その奥にあるチラチラ見えている、その力。俺が気づかないとでも?」
はっ!と嘲笑し睨みつけてくる。私には彼が何を言っているのか理解できない。
「力って、私には何のことかわかりませんっ」
本当にどう意味なのか、困惑する私を前に彼は今にも首をへし折りそうな殺意を向けて、
「しらを切るつもりか。なら、こんな命、要らないな」
赤髪の男の眼が怪しく光り、首を掴む力が強くなった。