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舞い戻ったあの子は大悪党を手懐けてみた  作者: 綺璃
第二章 始祖の宝石
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二.互いの強敵

 トールの怒りはこちらにまで伝わり、その殺気ある目に身体が震えた。


「我々は仕方なく協力要請を受け、ここまで来た。それなのに、我が殿下を邪険しながらそんな軽い態度で謝罪されるなど、この方を侮辱し続けるなど…やはり、許さん!」


 冷たく怒りの孕んだ声音で怒鳴りつけて、トールは腰からゆっくりとサーベルを抜いた。キラッと細く長いサーベルの先が、事の中心にいるクリスさんに向けられた。


「トール!やめなさい!」


 そこにユリウスが止めに入る。しかし、彼はその声を無視してサーベルを向けたまま、クリスさんの方に近づいた。


「トール」


 刹那、ズン!!とその場の空気が重くのしかかる。

 一言、彼の名を呼んだその人から発する重く冷たい殺気。

 ゾッと全身から汗が滲み、息が止まる。


「トール。僕がいいと言ったんだ」


 その人の言葉は鉛のように重く、トールにのし掛かり、彼の自由を奪った。それは彼だけにではなく、この場にいる全員にだ。

 私はユリウスが気になり視線だけを彼に移す。

 ユリウスは青ざめた顔で偽アデルを凝視していた。


「あっ、あっ…アデル…サマっ!も、申し訳…っ!」


 トールが引きつった顔で一言ずつ発する。

 偽アデルから真正面に殺気を向けられて、恐怖に震えて、その場に膝をついていた。

 いつ動いたのか、偽アデルはトールの目の前に立ち、氷のような眼差しを向けてその顎をすくった。


「いいか?わかったのなら、僕がいいと言うまで、喋らず動かず、反省してて」


 上の命令は彼等にとって、自由を奪い縛りつけるものだ。

 トールは恐怖に慄いた表情で、微かに頷いた。それを返事と受けとった偽アデルは、ゆっくりとトールから離れ、周りにいる者へと視線を向けた。その瞬間、フッとその場の空気が和らぎ、全員が彼の呪縛から解けた。


「皆さん、大変失礼なことをした。特に、神父のクリス殿。彼に代わり、僕が謝罪する」


 そう申し訳なさそうにクリスに向かって偽アデルが謝り、頭を下げる。

 体が自由になり、皆がその和らいだ空気にホッと息をついたが、ユリウスやトール、ジェシカさんは青ざめたまま固まっていた。


「…こ、こちらこそ…申し訳ありません。皆さん悪気はなかったのです。ただ、仲間思いなだけで…。許してくださり、感謝します」


 クリスさんが代表で謝る。


 偽アデルに恐怖を感じた仲間達は怯えたように口を閉ざしている。私も彼のその雰囲気に飲まれた。突然変わったあの雰囲気と口調。

 まるで、過去の自分を見ているようで、ゾッとした。


「…皆さん。この話はここまでにしましょう。まだお互いに思うところがあると思いますが、今は仲違いをしている時間はありません。ここに集まったのは我々の共通の敵、あのレナルド=コールデントが率いる過激派の脅威を食い止めるためです」


 一拍おいて、静まっていた広間に、ユリウスの声が響いた。


 お互いまだ言い足りない部分はあるだろうが、今は協力し合うべきである。共通の敵が身近に迫っている。

 それを言葉に出してユリウスが伝えた。偽アデルを非難していたクリスさんの仲間達は罰が悪そうにして、言いづらそうにトールや彼に謝った。


 トールはそれに対し謝らなかったが、反省はしたようだ。いや、偽アデルに怒られて大人しくなっただけというべきか。

 不機嫌そうに黙り込み、これ以上何かを言う前に自分から奥へと引っ込んだ。それを見たユリウスはやれやれと言った様子で肩をすくめると、


「では、本題に入りましょう。過激派のリーダー、レオルド=コールデントの目的を調べた結果、さらに分かったことは彼らが我々種族の生存を願う事とは別に、三百年と築いたこの協定を、人間達をこの世から抹殺する事です。それは以前から兆候があり、五百年ほど前にも、一度そのようなテロがありました」


 ユリウスは過去から現在に、過激派がコレまで仕掛けてきたいくつかのテロの内容を話した。


「そもそも、彼が…レオルド=コールデントが人間を敵に回したのには理由があります。魔術師サイファーとの出会いがきっかけでもありますが、あれは洗脳と言う形以外に、彼本人が望んでいた事もあります。それもようやくそのきっかけの一部、例のモノを取り戻す事に成功しました」


 説明しながら、ユリウスは懐からなにかを取り出した。


 そのとき、キーンと何故が耳鳴りがして私は顔を顰めた。


「これが、一つ目の鍵です」


 ユリウスはそう言って全員の前に、金属製の箱を開いた。そこの中には、丸い形をしたエメラルドグリーンの宝石が入っていた。


 それには見覚えがあった。

 私達…つまりは、ヴァンパイアの始祖となる者がこの世に生まれた時、それぞれ身につけていた宝石があった。


「呪縛の…?それが、スノウさんの持っていたものですか?」


 思い出した重要な宝石となるそれは、アデルと同じ始祖が持っていた物。

 ハッとしたように顔色を変えて問いかけたのは、クリスさんだった。


「そう、スノウ様が大事に管理していたものです。初めにレオルドが血の呪縛から解放されるために奪っていった『幻影眼』です」


 スノウと言うのは、始祖の一人である。そのスノウの血を受け継いでいるレオルドは、彼女に縛られる血の呪縛から解き放たれたかった。自由を手にして、スノウの能力である幻術を取り込み、自由自在に操りたかったのだ。


「この幻影眼は、スノウ様の左の眼に隠されていました。幻術を使い、他人に化けて相手を惑わす能力があります」


 生まれた始祖の血を受け継いだのが純血種と呼ばれ、レオルドはその純血種であり、ヴァンパイアの中で古株として大きな力を持つ。そのレオルドが親であるスノウを襲い、大切な宝石を奪った事で、力関係が逆転した。


 それは今後のヴァンパイア達の立場を覆してしまう大事件となる。


「呪縛を解いて宝石を奪った彼の振る舞いに、他の方々も警戒しています。始祖から宝石を奪えるなら、自分達も出来るのではないかと、一部の中でそう思う者も少なからずいます。ですので最善を尽くし、我々は奪われた宝石を取り返しました。ですが、それだけでは彼の悪行は終わりません」


 ユリウスは一瞬偽アデルに視線を向けると、再び皆の方に怒りに似た険しい表情を見せた。


「友として、アデル様はレオルドを信用していました。でも、あの男は力を手に入れるためにアデル様を利用しアデル様の血族を皆殺しにした。宝石はなんとか奪われませんでしたが、アデル様の過去を、記憶を奪ってしまったのです」


「僕が…今回、あなた方と協力するのは、僕の記憶を、過去の自分を取り戻すため。そして、始祖である五つの秘宝を取り返すためだ」


 ユリウスの言葉に続き、偽アデルは自分からここにいる人間である私達にお願いした。


「待ってくれ…!話はだいたい聞いていたが、本当にあなたはその記憶とやらを取られたのか?ヴァンパイアの力関係はあまり詳しくないが、そんなことが可能なら、俺たち人間なんて簡単に記憶を消されるってことだろ!?」


 一人の仲間が声を張り上げて尋ねた。人間がヴァンパイアに操られるのは昔からだ。

 暗示と呼ばれるそれに掛からないようにする方法はあるが、今回はヴァンパイア同士で、しかも始祖となる偽アデルにかけた。


「確かに、あなた方人間なら、簡単に記憶を消され、操られるでしょうね。ですが、その暗示に掛からない方法は前に伝えた通り、目を直接見ないでいる事。それが無理ならヴァンパイアの血を飲み暗示に対抗するかです」


 ユリウスが答えた通り、ヴァンパイアは目を見て暗示をかけるため、ヴァンパイアの目は見ない事だ。だが、それはとても難しい事であり、ではどうしたら暗示から逃れるかと問えば、ヴァンパイアの血を飲み、一時期でも暗示効果を無くすのだ。


「すみませんが、それも人間である我々には難しい選択です」

 

 今度はクリスさんが、口を挟んだ。ユリウスの答えはヴァンパイア側からすれば良いとする方法であり、人間からでは抵抗のある方法だ。

 ヴァンパイアの血を飲み、その後、一度心臓が止まると、人間はヴァンパイアになる。血を与えてくれたヴァンパイアと同じ血族となり、最悪な場合、そのまま自我を失い、血だけを求める逸れヴァンパイアになりやすかった。


「無闇に血を飲むな、と人間側はハンター協会から教わりました。暗示が効かないだけならいいのですが、ヴァンパイアになるという大きなリスクがあります。我々はそれを危惧しているのです」


 クリスさんの話は、前世アデルだった時、当時のハンターが話していた事と同じだった。


 血は血でも、ヴァンパイアの血は人間にとって毒でしかない。


 今、人間である私が同じようにヴァンパイアの血を飲めば、半分の確率でヴァンパイアになるだろう。


「あの〜…ちょっと、いいですか?」


 だから、私は私で知っている知識を彼等に与えようと考えた。

 おずおずと手を挙げると、皆が驚いたようにこちらを振り向いた。


「カノンさん?」


 近くに立つクリスさんが私を困惑気味に見つめた。


「クリス神父、私からも質問があります。彼等の暗示や、レオルドという方が盗んだ秘宝について、詳しく聞きたいのですが…」


 何故手を挙げたのか説明をすると、クリスさんは眉を寄せて、


「何か、知っているのですか?」


 不思議そうに尋ねた。私は頷いて、クリスさんから、ユリウスの方に顔を向けた。

 ユリウスは私を胡散げに見つめ、話しかけるなと嫌そうな顔をした。


「カノン…?何か、気になる事があった?」

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