プロローグ
隙を見せたのがいけなかった。
犯人を捜そうと動いていた矢先だ。
目の前で繰り広げられる光景は、夜空に綺麗な満月が浮かび、赤い薔薇の花が舞い散る夜庭で、背後から心臓に一突きされる場面。
一瞬、これで終わるのかとどこか他人事のように思ったが、それはすぐに打ち消されて、変わりに奥底に眠っていたドス黒い感情が生まれ、それが真っ黒に自身を襲った。その瞬間、この命を奪った相手を許せないと、見つけて復讐してやる、と深い憎悪の感情に支配された。
そのとき感じた真っ黒な感情や死を前にした光景が、今も鮮明に私の身体、脳に、はっきりと焼き付いていた。この記憶を持って、違う世界に違う時代に転生したのは、何か特別な意味があるのかと、少し恐怖していた。だが、この記憶だけ持っていても、今は自分は違う人種であり、性別すら違うので、程々…まいっていた。
前世の自分は美しい男性だ。そして、その世界には吸血鬼…ヴァンパイアがいる架空の世界で、私はその王様だった。
……なのに、現代の私は今時の女子大学生。名前は上田花音。ネットに動画投稿や流行ファッション、化粧に敏感なイケメン大好きな女の子だ。感覚が変なのは当たり前だろう。男だった前世の記憶なんて、それも人外の気持ちなんてわかるはずがない。
それでも自分が、そのヴァンパイアだったのだと、それだけははっきり確信があるので、それがまた厄介である。
この世界には関係のない、架空な話。それを思いながら今を大事に過ごしていたのに…。
大学生になったその日、友達と遅くまで遊んで帰っていた時だ。
風が吹き、綺麗な満月が浮かんでいるなと思って空を見上げたら、後ろから迫るトラックに跳ねられて、呆気なくこの世を去った。
そのとき、血が赤い薔薇のように散るのを見て、あのときの光景と同じだと、そのまま深い闇の中に沈んでいった。
次に目を覚ました時、上田花音の私は、何故か再び前世の世界に放り出されていたのだった。