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第百四十二話 金柑の木

作者: 山中幸盛

 山中幸盛の家の前の電線に三羽の雀が留まり、チュンチュンと盛んにおしゃべりをしている。

 チッチが父親のチッチキチーに尋ねた。

「ねえお父さん、最近の幸盛さん張り切っているね、玄関脇のカイズカイブキの木と椿の木とナンテンの木とカリンの木を根元近くから全部切っちゃったよ」

「家を建て替えることになって断捨離を始めたから、木の伐採もその一環だろう」

「どういうこと?」

「解体業者はなんやかんや理由を付けて高額な解体料をせしめようとするんだ。『両親が死んで家具など全部そのままの状態だったから五百万円ふんだくられた』と友人から聞いて目の色が変わった。カーペットやプラスチック製品なんかが残っているとふっかけてくるらしい。カイズカイブキの木なんか、二階の屋根まで伸びていたから恰好の口実になる」

「じゃあ、幸盛さん、これからますます大変だね」

「もうじき七十歳になるらしいから、動けるうちにやっておこうということだろう。木は充電式ノコギリで切っていたが、あれは自重が一・五キログラムもあるからな。毎日夜になると右手首にバンテリンやフェイタスを塗っているし、腰にマッサージ器を当てている」

 母親のチヨリンが相づちを打った。

「そうね、こないだちょうどこの下の道路でお向かいの中口さんと立ち話をしていて『時間はたっぷりあるから、ぼちぼちやりますよ』と話していたから、ゴミ袋に入る大きさに切り刻んで、ゴミの日に出すつもりよ」

 チッチが首を傾げて言った。

「切り刻むって、プラスチック製品は硬くて切れないんじゃないの?」

 父親が得意げに答える。

「充電式ノコギリの刃を木材用から金属用の刃に替えればプラスチック製品なんかスパスパ切れる。ここのところ回収日の土曜日の朝は、毎回十袋近く出しているぞ」

 母親が大きくうなずいた。

「だんだん切れなくなってきたから近所のホームセンターまで金属用の替え刃を探しに行ったら置いてあったけど、三枚で千円もしたと中口さんに話していたわ。まだまだプラスチックを切り刻むつもりよ。幸盛さんのお母さんが元気な頃に、プラスチック製の植木鉢やプランターで色んな花や野菜を栽培していたから、草ぼうぼうの裏庭や物置の中にもいっぱい隠れているはず」

「裏庭のキンカンの木も近いうちに切り倒されるだろうな。アゲハチョウの幼虫が豊富で、花の蜜や若葉は胃炎や関節痛風の特効薬として重宝していたし、絶好の集会場としても使っていたから残念だ」

 と、チッチキチーが肩を落とした。


 山中幸盛は縁側の引き戸を開き、草が伸び放題の裏庭を眺めて溜息をもらした。左手は藤の蔓が太く伸びて物干し台と錆びた物干し竿に絡みつき、上方は軒下にまで達して人の侵入を妨げている。

 右手の先には四畳半ほどの広さの物置があり、その前には高さが三メートルほどのキンカンの木が枝もたわわに実らせていて、小粒の青い実が今年も豊作のようだ。

 いずれの方角に進むにも、雑草が腰の辺りまで伸びているので、鎌で払い、あるいは引っこ抜き、ゴム長靴でなぎ倒して踏みしめながら進む。物置の戸を開いて中を見ると、屋根と東面から光が入る工夫がしてあるためドクダミなどの雑草も入り込んでいるが、それらを引き抜くと、母親が素焼きの鉢で育てていた君子蘭が四鉢枯れた姿で現れた。

 棚の上には、幸盛の弟が若き日に使用したと思われる潜水用の服と鉛のベルトとスキー靴などが置かれていた。また片側の隅にはビニール袋に入った肥料・腐葉土・赤玉土・鹿沼土等が積んである。

 蚊取り線香を焚きながら、まず、肥料の類を外に出して、カッターナイフで袋を切り裂いて中身をキンカンの木の下にばらまいた。これらの袋はむろん汚れたまま、蟹江町指定の『プラスチック類・家庭用ごみ専用袋』の中に詰め込み、土曜日の朝、所定の場所に出すことになる。

 草の中から現れた大量のプラスチック製の植木鉢は、鉢をひっくり返してその中の土をキンカンの木の下辺りに次々とぶちまけていった。

 当然ながら空の植木鉢には土がこびりついている。天気予報でまとまった雨が降ると知ったのであちこちに並べたから、多少は雨水が洗ってくれて軽くなるかもしれない。

 そしていよいよキンカンの木の伐採を開始した。枝を適当な箇所で切り落として縁側の前まで運び、剪定ばさみで小枝の先から切って、可燃ごみ袋の中に詰め込んでいった。押し込めばどんどん入って行くから、全部で三袋にぎゅうぎゅうに詰め込んで終了した。太い枝は庭の片隅に放置だ。

 翌朝、雀の鳴き声がしたので二階の窓からそっと眺めてみると、七羽の雀が物置の屋根の上にずらりと並び、キンカンの木の残骸を見ながら、ジジッ、ジジジッっと野太い声で鳴いて、しきりに小首を傾げていた。



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