二話
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向こうの世界は一般的に異界と呼ばれているのでそれに倣うが、異界とこちらの世界を繋ぐゲートの数は、日本国内だけでも三十を超えるらしい。地上にできることもあれば上空に出現することもあり、都会のど真ん中に現れたかと思えば山奥やら僻地やらに出ることもある。
未だに出現条件や法則性などは解明されておらず、出来ることといえば出現したゲートの周りを封鎖することだけ。
対応に関しては後手も後手だが、意外にもそこまで大きな問題は発生していない。その理由として最も大きいのは、異界人が基本的にこちらの世界や住人に対して友好的だということだろう。全員が温厚というわけではないが、積極的に危害を加えようとしてくる輩は少ない。
こちらの世界にやってきた異界人の行動は様々で、物珍しそうに各地を見て回って帰っていく者、こっちの人間と仲良くなって長期的に住み着く者、学校に通うために俺に絡んでくるものなど、いろんなやつがいる。
その中にはごく稀に、こっちの世界で暴れるためにやってくるやつもいる。これはかなり絶対数が少ないのであまり知られていないが、大抵の異界人は拳銃の弾くらいなら避けられるし、不意打ちで当てられたとしてもかすり傷を付ける程度が精一杯だ。俺とて詳しいわけではないので何とも言えないが、致命傷を与えるなら核爆弾の一つくらいは必要になるかもしれない。
それほど、圧倒的な力の差がある。
ではどうやって、暴れる異界人を止めるのか。まあ簡単な話、目には目を、異界人には異界人をというわけである。
友好的な異界人の中には、積極的にこっちの世界を守ろうとしてくれる人たちがいるらしい。そして、めちゃくちゃ強いらしい。
その人たちがほぼ全ての暴漢どもを退治してくれるおかげで、今のところは平和な世の中である。
「そんじゃ、行くか」
傘を渡して、家を出る。周辺を見渡すが、特に出待ちされている様子もないし、先の野次馬も消え去っている。近所の人たちには迷惑をかけて申し訳ないと思ってはいるが、ほぼほぼ俺のせいではないので複雑な心境である。
人が少ない通学路を無言で歩き続けること約二十分。燃えていなくてもその容姿だけで目立ちそうな吸血鬼だが、深めに傘を差してもらっているので特に騒ぎにはならずに学校に到着。
「ここか」
「そう。そこそこデカいだろ」
「確かに……魔界にはこの規模の学校は無いな」
「それは人口の問題もありそうだけどなあ」
雑談をしながら中へ。
ここ、私立小鳥遊学園は全校生徒数約七百人程度のごく一般的な教育機関……だったのだが。
ある日を境に学園内の一部が変わってしまった。
遡ること一年と少し前、昨年の四月頃の話。オーストラリア、キャンベラにて世界で初めてゲートが観測された。その頃はまだ異界人の来訪は無く、ただ不気味に渦巻く黒い穴が空中に存在していただけだった。
日本での観測はその約三か月後、昨年の七月頃が最初で、場所は長野県の山の中。山の中といっても登山道だったのですぐに発見され通報が入ったのだが、警察が来てもできることはその山を封鎖するくらいなものだったという話だ。
その時点で世界中の各地にゲートは発生していたものの、来訪者は観測できる範囲ではゼロ。世界的にも、特に害のあるものではないという雰囲気になっていたタイミングで、異常事態が起きた。
日本でのゲート発生数が、爆発的に増加したのだ。一度出現したゲートが消えることはなく、ただただ増えていくゲートの数に肝を冷やした政府のお偉いさんは多かったことだろう。
そして、八月。一人目の来訪者が現れた。目撃したのはたまたまゲートの撮影をしていた研究者で、その当時の映像はSNSにアップされ、尋常ではないほど拡散された。俺のアカウントにもすぐに回ってきたから何度かは見たし、今でも見ようと思えば動画サイトかなんかで簡単に見れるだろう。
ともあれ、政府の想定をはるかに超えて増加するゲートと、続々とやってくる異界人たちをどうするべきかで当時は荒れに荒れた。
最終的に、言語による意思疎通が可能であり敵対心が無いことが確認できるまでは、日本中が大パニックだったと言ってもいいだろう。異界人がフィジカル面で圧倒的に勝っているのは誰の目にも明らかであり、現代人類からすれば自分たちが何をしようと敵わない相手など今までいなかったが故のパニックだ。
自分たちより生物として強い存在が怖い。彼らの気分次第で簡単に滅ぼされるかもしれないと考えた人は少なくなかっただろう。
その点で、対応の初手を攻撃ではなく対話とした当時の首相は非常に聡明で素晴らしい判断をしたと最近の評価は高い。当時は『話せばわかる』と妄言を言っているダメ首相だと思われていただけに、なかなかの手のひら返しだと言わざるを得ない。
「年齢とかって聞いてもいいのか?」
「九十七だ」
「さ、流石吸血鬼……全然そうは見えん」
「容姿は十七くらいの頃から変わってないからな」
「寿命とかあんの?」
「さあな。最低でも五百年はあるらしいが」
「なっが」
そんな話をしながら、校内を歩く。幸いにも一時間目はすでに始まっているので目立つことはない(俺は遅刻)。
目的地は理事長室だ。一般生徒はどこにあるかも知らないあの部屋に行くのも何度目だろうか。
軽く自分に呆れながら歩いていると、曲がり角でデカい何かとぶつかった。しまったと慌てて体勢を立て直しながら前を向くと、そこには見知った顔。
「お、悪い」
「グレイ……お前遅刻だぞ」
「人のこと言える立場かよ」
「俺は仕方ねえの」
「仕方ないだあ?……ん?」
クラスメイトその一ことグレイは、くあ、と大きな欠伸をしながら俺の隣を見る。
吸血鬼もかなりデカいが、グレイはそれを超える。痩せ型の吸血鬼に対し、グレイは筋肉質のゴリラなので身長差は数センチしかないにもかかわらずかなりの体格差を感じる。
ちなみに、こいつらが何故これだけ流暢に日本語を話せるのかが気になって聞いてみたことがあるのだが、『こちらの世界に来た時点で、使用したゲートの付近で最も多く使われている言語の知識が勝手に付与されるから』なんだそうだ。ズルすぎる。
そのせいで、俺はこいつらよりも現代文の成績が低い。生活していく中で百パーセント必要ない漢字やらことわざやらでマウントを取られるのはそこそこむかついたりする。
しかしというかなんというか、現代文以外はからっきしなので数学とか理科系の科目は酷い有様である。
言語習得も一度きり、最初に出たゲートのみが対象となるようで、文法がかなり異なる英語にも苦労しているようだ。勉強する気はあるようで、少しずつ身につけていっているのが微笑ましい。
「……へえ、ヴァンパイアか」
「そっちは、竜人か?」
「おう」
どちらも見た目は人間と変わらないのに、互いに互いの種族を言い当てる二人。俺にはさっぱりだが、気配とかそういうアレだろうか。
「てことは、理事長んとこ行くのか」
「そういうこと。お前はさっさと授業行けよ」
「へいへい。じゃ、またな」
グレイを見送り、再び歩き出す。ほんの一分ほどして、理事長室の前に着いた。
コンコンとノックをすると、すぐに中から「どうぞ」と聞こえたので素直に入る。
「失礼します」
「また君か」
「不本意ながら」
そう返すと、理事長は楽しげに笑った。
この人、小鳥遊理事長は、普通の人間であるにもかかわらず、やたらと早いうちから学校で異界人を受け入れることを決めた奇人である。今まで接してきた感想としては、恐怖とか不安とかそういった感情を母親の腹の中に置いてきたんじゃないかって感じの人だ。単に面白そうってだけであれこれ決めているだけのただの馬鹿の可能性もまだ否定できないが。
ひとしきり笑ってから、「さて」と理事長は俺の隣に視線を向けた。鋭い目つきだ。直接向けられたらちょっとビビるかもしれない。
その見定めるかのような視線を受けながらも、まっすぐ見返す吸血鬼。
そんな彼に理事長は問いかける。
「君の名前は?」
俺も隣を見る。そういえば名前を聞いていなかった。
「クローネだ。姓は言えん」
理事長のなんとも言えない威圧感のようなものをさらりと受け流しながら、吸血鬼もといクローネは答えた。異界人の中には姓を隠したがるやつがそこそこいる。どんな意味があるのかは知らないけれど、別に無理矢理聞きたいような情報でもない。
「ふむ……」
理事長が何かを考えるようなポーズをとる。至って真剣な顔だが、こういうときにこの人が何を考えているのか俺は知っている。
端的に言えば、面白そうかどうか、だ。それしか考えていない。そもそもこの人が異界人の編入を断るわけがないので、本当にこれはポーズだけということになる。
たっぷり数十秒溜めて、小鳥遊理事長は言った。
「歓迎しよう。君は今日からE組の一員だ」
「よろしく頼む」
「E組にはそっちの片山君も在籍している。仲良くするといい」
「あー……片山大輝です、よろしく」
俺も名乗り返して、クローネと握手を交わす。
思わず出かけたため息はグッと飲み込んだ。