一話
初投稿です。感想、誤字脱字報告などよろしくお願いします。
赤。大量の赤だ。
俺が今まで見てきた中で、最も美しく、最も鮮やかで、最も残酷な赤だ。
死を告げる鮮血の赤だ。
もう七年も前のことなのに、未だに夢に見る。
悪夢、なのだろうか。本当に?
自分に何度そう問いかけても、分からない。答えが出ない。
「────」
名前を口に出す。寝起きの、ガラガラで酷い声が俺の部屋で響いて消える。
ベッドの上で上半身を起こした状態で、俺は額の汗を拭った。
★
「行ってきます」
誰もいない家の中に向けて放った言葉には、当然返事などない。
声が消え入るよりも早く玄関のドアを閉じた俺は、強すぎる朝日に顔をしかめながら、通学路へと踏み出した。
その瞬間。
「ぎゃあああああ!」
「うわっ!?な、なんだ!?」
けたたましい悲鳴。驚いた雀たちが電線から一斉に飛び立ち、何事かと近所の家の窓が開け放たれる。
至近距離でその悲鳴に襲われた俺は、耳を抑えながら声の方向、つまり地面に視線を向けた。
そこにあったのは、炎。正確には、火達磨となっている人型の何か。
要するに、人が燃えていた。なるほど、全身が炎に包まれていればあれだけの絶叫を上げるのも頷ける。
そう納得した俺は、燃えているそいつの横を通り過ぎて学校に───。
「待て」
───向かおうとしたのだが、ギリギリ腕の射程圏内を出る前に足首をがっちりとホールドされる。振りほどこうにも、人外の膂力を相手にそんなことは不可能。
数秒粘って諦めた俺は、ため息を吐きながら火達磨を見下ろす。
見下ろされるのが嫌だったのか、単に寝っ転がったまま会話をすることに抵抗があったのかは分からないが、火達磨がゆっくりと立ち上がる。その際、足首は離してもらえたが、逃げたりはしない。経験上、逃げ切れるわけないことは分かっているし、追いかけられた挙句に骨の一本や二本では済まないような勢いで突撃されるのは避けたい。
とある記憶とともにあばら骨の痛みも思い出してしまい、思わず手で押さえた。
逃げるが勝ちとはよく言ったものだが、逃げ切れた場合に限る。
「そんなに嫌そうな顔ををするな」
「そう言われても……」
立ち上がったその火達磨は、俺よりも幾分かデカい。多分、百八十五センチはあるんじゃないだろうか。俺は身長的には大きい方ではないが、こうまで見上げることもなかなか無い。まあ、うちのクラスのやつらは例外とさせてもらうが。
目の前、約一メートルの距離に自分より十センチほどもデカい火達磨がいてビビらないほど肝が据わっている質でもない俺は、とにかく機嫌を損ねないように気を付けながら様子を窺う。
すると、騒いだせいか周囲に人が若干集まり始めており、微かにだが話し声も俺の耳に届いた。
「熱くないのかしらねぇ……」
聞こえる会話は断片的だが、どうやら俺がこの火達磨の超至近距離にいながらも平気な顔をしているのが気になるらしい。
そりゃそうだ。何も知らない人からすれば、足首を掴まれたのに火傷すら無いのも意味が分からないだろう。
俺も実体験と少し人から聞いた知識しかないので詳しいことは知らないが、この火は、熱くないのだ。触れても熱くない、というか、正確には触れられない。もっと厳密な表現をするのなら、本人以外には干渉しない炎なのである。
吸血鬼は日光に弱い。いつの時代のどこの誰が言ったのかは知らないし、何なら誰もそんなことは言ってないのにいつのまにか生まれた設定みたいなものなのかもしれないが、実際のところこれは正しいらしい。
四回。俺が燃えている吸血鬼を見た回数だ。考えてみれば、これはかなり多いんじゃなかろうか。
力の弱い吸血鬼は日光によるダメージと自前の再生力の釣り合いが取れず、かなり苦しいらしい。ゆえに、基本的には日傘をしていることが多くパッと見では吸血鬼かどうかは分からない。なので、そもそも吸血鬼を吸血鬼と認識しながら接するのが難しく、ましてや燃えている吸血鬼なんてほぼほぼ見る機会は無いだろう。燃えたいわけないですよ、と言っていた吸血鬼を一人知っている。
そういう意味ではこの場にいる人たちはラッキーだったと言えるような気がしないでもないが、直接絡まれている身としてはこの上なく面倒くさい。
「あの、とりあえず日陰に」
燃えたままでは目立ちすぎる。変に話が大きくなったらさらに面倒なことになるし、とにかく鎮火が先決だ。
吸血鬼にまとわりつく炎を消すのに、水は使わない。ただ日光の当たらない場所に移動するだけでいい。
どこかいい場所はないか辺りを見回し、思っていたよりも野次馬が増えていることを確認した俺は、尋常でなく不本意ながらも自分の家にこいつを連れ込んだ。
「……」
僅か数分で帰ってきた我が家には当然ながら変化はなく、いつも通りの冷たさで俺を迎えてくれている。
長居する気はないし玄関で充分だろうなどと考えながら、傘を取り出す。一本しかないが、面倒なのであげてしまおう。傘なんて新しいのを買えばいいのだ。そうして、傘を渡すために振り向いた俺は、さっきまで火達磨だった”そいつ”を見て動きを止めた。
炎の揺らぎのせいか、先ほどよりも少し身長は低く見えるが、それでも俺よりは高い。瘦せ型で髪は綺麗な白色、肌も病的なまでに真っ白なくせに眼だけは深紅に染まった、気だるげな表情がよく似合うイケメンだ。
「学校を斡旋している人間というのはお前か?」
顔が良ければ声も良い。さっきまでは声帯が燃えていたせいか聞き取りにくくガラガラとした声だったのが一転、声優かなんかかと思うほどに透き通った声だった。
「斡旋て……別に、そんな大したことはしてないよ」
急に何を、とは思わない。今までにも似たようなケースが複数回あったおかげで、ある程度予想がついていたからだ。
一体どこまで知れ渡っているのか定かではないが、パッと見でわかるほど高貴なオーラを身にまとっているこいつにまで話が行ってしまっているのなら、もう手遅れなのかもしれない。
「この世界、この国で学校に通うのならお前のもとに行くのが最も手っ取り早いと噂でな」
そういうことらしい。
この手のやつは初めてではない。どんなネットワークがあるのか知らないが、以前にたった一人、気の迷いで学校へと案内したばっかりに、俺はこいつら”異界人”に目をつけられてしまったらしい。
獣人だの吸血鬼だの悪魔だの姫だのエルフだの。最初は怖くて、段々慣れてくると物珍しさに高揚して、今ではもうウンザリである。
こんなよく分からない世界になってしまったのは、全てあの”ゲート”のせいだ。