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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
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人というものになるには

「んっ? なんだ? 今度の表情は今までに見ていない新たな君が垣間見えるねぇ。それに顔貌だけではなく、顔色まで変化させるなんて。なんて人間らしい。これほどまでにコロコロと表情を変えることの出来る心豊かな人間だったとはねぇ。もしかして、普段の君はそんな感じなのかい?」


そんなわけがない。

生まれてきてからこのかた、「心豊か」なんて言われたことなんて絶対に一度も無い。

俺を表現することにおいて、『豊か』なんて一番と言っても良いくらい有り得ない言葉だ。

焦る。

「お前と話しているからだ」なんて、考えただけでも鳥肌ものの言葉をあとほんの少しで音にするところだった。

「違う」

精一杯の強がりが精一杯だった。


「まあ、どちらでもいい。そんなことよりも、早く、君の言うところのその子を使わせてくれ!」

「はあーーーー」

今度の溜息は、よくある、けれど、現実には聞くことない音で俺の耳に届いた。


すでに俺の取れる行動はこいつの言う通りにするしかなかった。

以前の俺ならばこんな状況に我慢がならなかったはずだ。それは、『言う通り』なんてマイナス以外のなにものでもないからだ。

けれど、言われるがままというのはここまで心地の良いものだったのかと気付かされてしまった。

「なんだか、気持ちの悪さを通り越して、気色が悪いな。」

蔑んだ言葉も今の俺には、実に心地の良い音色にしか聞き取ることができない。

すぐ横で、先程まで俺と同じ仕事量をしていたコイツが黙っている。

まだケースに入っている状態だというのに醸し出している雰囲気は、茶色と黒のサンバースト色なのに、蓋を開ければ、漆黒のバイオリンへと変化している気がした。

ゆっくり、恐る恐る専用のケースを開ける。

こんな心情で、この面持ちで、この行為をするなんて初めてだ。

初めてが過多で、そのことが心地良すぎて眠気まで催すほどだ。


「僕としては、承服しかねます。」


その声は、こんなふうになってしまった時間を消し飛ばすして、いつもの私へと引き戻すように聞こえた。

眠気は錯覚で、今の自分が嘘であるように思わせた。


「きれいな音が聞こえる。」

聞こえていた。聞こえてしまっていた。

当然だ。コイツが喋ったんだから。

目の前でコイツの声を聞きたいと言って躍起になっていたこいつには、その声が届いたのだろうか? 

そんなことは本人でなければ分かるはずがない。今はじっと、只真っ直ぐに、このバイオリン見つめている。


聞くと、見るという行為が合わさることで会話というものが成立する。


会話をしたければ直接自分がその相手のところまで行かなかければならない。

こいつはそのことをはじめから解っていた。

だからこうして直接自分が来ていることに何の疑問もないだろう。滅多に人前に現れないと言われるくらいなのに・・・。

そんなこいつの、「きれいな音が聞こえる。」という言葉を聞いて俺は、この楽器の言葉が聞こえたと判断することにした。


「なんでだ? 俺以外に演奏されるのは気に入らないとでもいうのか?」

「それも勿論あります。けれど、大半は他の理由ですけれど・・・」

「それについては答えたくないと」

「はい。」


ここまで主張することは珍しい。もしかしたら初めてかもしれない。

コイツが嫌だと言っている以上強要することは出来ない。俺とコイツはどこまで行っても対等だ。

「だと」

「・・・そうか。ならば仕方がない。それならば、交渉させていただくことは可能か?」

どうやら諦めきれないらしい。

とういうか声が聞こえていたことが今の会話で確認できた。


「どうかな、そこのところは直接コイツに聞いてみるんだな」

この枩田星呼という女は、このバイオリンという楽器と話が出来る。

だからといって、そのことについて俺としては特に思うこともないが。


「はじめまして。私の名前は枩田星呼と申します。」

「・・・」

「おい、返事くらいしたらどうだ? お前、そんなやつじゃないだろう?」

「はじめまして。」

ここまでブッキラボウな挨拶は俺以外で初めて聞いた。それに、ここまでコイツが自分の心境を表に出した言葉を聞いたのも初めてだった。

「君のパートナーであるこの男・・・、そういえば君の名は?」

「今更か、風間だ。」

「いやいや、私はファーストネームでしか認識しないようにしているのでね。名と聞いたんだ、そこのところはしっかりしてくれたまえよ」

よくも偉そうな言い方だが、なんだかそれはそれでこいつらしい。


「・・・彼方。風間彼方だ」

「彼方とは、あの彼方かね?」

「多分その彼方だ」

「ほうほう、初めて会った名だ。彼方・・・うん、良い名だ。君の両親はよほどセンスの良い人達だったんだろうね」

自分で言っておいて、久しぶりに自分の名前を聞いた気がする。ましてや他人からなんてそれこそだ。


「僕だって呼んだことないのに」

「んっ? 何か言ったか?」

「いいえ。」

俺の耳にしか届かない微かな音色は、その音量の割に強く感じた。


「彼方は良いと言っているが、君はどうして反対するんだ? 先に言っておくが今日ここに私が来たのは彼方と君に会うためだ。見定めるというところもあるが、それよりなにより運命だったんでね」

正気か? 運命なんて言葉を生きている人間から直接聞くことになろうとは。

それに、運命というものは、認識できるものだということに驚愕した。


「運命ですか・・・。僕の場合はそれプラス使命なんで」

両方とも強情だ。


「プラス使命ね・・・。私が思うに君たちは対等な関係だろう?しかし、君のさっきからの態度を見ていると一方通行な好意が発生しているように見えてしまうのだけれど、もしかして、彼方のことを愛しているのかね?」

その言葉を聞いた瞬間、コイツの色が真っ赤に、それも発光した気がした。

「なにを言うのかと思えば。僕は楽器、この人は人間です。」

「この人は人間とは、動揺を隠しきれていない証拠では? 因みに、私はこの人間、彼方という人を大好きになった。運命だと豪語しているし。同じ人物を好きになった同志ならば分かり合えると思ったのだが。さすれば、そこに付け入る隙もあったのだが」

素直なのか、腹黒いのか、掴みどころのない女だ。まあ、俺としてはそこのところはプラス要素になるが。


「そうまでして、僕のことを使いたい理由はなんなんですか? もはや、こうして会話している時点で目的は果たされたのでは?」

話題を逸らしたいらしい。


「いいや。あなた達のような存在に会った場合、とあるルールがあるんだ。」


「ルール?」

「ルール?」

この場合に適した、最適で、最善で、けれど幼稚で、間抜けな、リアクションだった。

「ぷっ! なんだその間抜けな反応は」

こいつにはそう取られたようだ・・・。


「なんだか得した気分だ! いい気分だ!! よし、得意な回り道をせず、単刀直入という私が嫌いな方法で答えてあげよう!!!」

俺からしたら、この反応のほうが何だか間抜けにみえる。それはこの楽器も同じだろう。


「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」

もう何が何やらだ。


「熟すことだ!!!」


もはや言ったことの意味が理解出来ないことがデフォルトで、その文字すらイメージすることが困難な状態だった。


「なんだその反応は! いい加減にしてくれ! 必殺技のごとく決めきったというのに。熟すだ、こ・な・す!!」


依然ポカーンだ。

「なんだその『コナス』って?」

知らないことを聞くことは嫌いな俺だが、理解出来ないことを聞くことには抵抗無かった。


「はぁ!? 『熟す』に他は無いだろう? 例えば、車を乗り『熟す』とか、服を着『熟す』とか!」

「ああ、そういうことか。なら、それがルールだということか。つまりは、自分がそのものを熟せなくてはいけないと」

「そういうこと。全く、彼方はバカなのか利巧なのか判断しかねる。そうだ、私自身がそうでないといけないということ、つまりは理由はそれだ」


熟す。ということは、使う人間に優先権が生まれ。使われることになるコイツらのような道具たちはその受け手ということになる。

だとすれば、俺としても承服しかねる。


「その顔。確かに言いたいことは分かる。しかし、熟すの先、大まかに言えば、使い熟した先がまだ存在する」

「だろうな」

こいつが、無機物と会話してきたであろう枩田星呼という女が、単純に熟すということが目的な筈がない。

「その先ね・・・。なんとなくだけど想像できるけどな。」

「僕たちが望むことということになるでしょうね」

きれいな音色がまた、楽屋に響く。人間の手が直接触れることなく、自らの意思で音色を立てる。無味無臭で、無色透明な音。

その音を言葉として認識する。

非日常が普通で、そんな当たり前な出来事になんの疑問ももつことなく会話をする。

俺たちにとって、生き物とそうでないものとの境界線は存在しない。

対等で、普段で、日常だ。


その先のことなんて考えもしなかった。そもそも未来とも言えるようなそんなことがあるなんて思わなかった。

イレギュラーで異質な考え方だ。

だから、そんな俺は自分に甘かった。そうだと思っていたのにそうじゃなかった。どうして気付けなかったのか。

俺は詰めが甘い。


不思議な人だ。

こいつと一緒に居ると今まで経験したことないことが溢れるように起こる。

寂寥色な欺瞞的な日常が、本来の持っていた俺色に染まっていくようだ。

月光と日光が同じな卑小な感覚が間違っていると教えられる。

知悉は妙諦なことだと思わされてしまう。

本来、人とはこんな存在だと証明しようとしているような。


「『成る』こと。それが彼ら彼女らの目的であり生きている意味だ」

まるで、自分の言っていることが正解だと言っているようだ。

「だが、それは有り得ない。敢えて言葉にすれば、成長は有り得ないということ。それが真理で当たり前なことだ。物という運命から外れることは許されない。そんなどうしようもないことを彼ら彼女らは重々理解し、受け入れることが出来ている」

「だろうな」

「そこでだ! 私という存在が重要になってくる。物たちが諦めていたこと、定められたレールをいとも容易く、簡単に外すことが私には出来る。どうだ! スゴいだろう!!」


なんというか、頭の良い会話のようでいて、それとは真逆の、幼稚で稚拙な表現方法を目の当たりにして、混乱する。


「さすが、自分で回り道な話し方が得意だと言うだけはあるな」

「だろう。このリズムが私は心地良く、それによって饒舌だ!」

嫌味で言ったのだけれど、こいつには通用しなかった。

「うんうん、だんだん私という人物がどんなか分かってきたのではないか。そこでどうだろう、彼方にその手伝いをお願いしたい」

「ぜひ。」

即答だった。

俺はそうしたくなっていた。

好きになった異性の願いを聞き入れることが出来ないほど甲斐性なしな人間じゃない。

すでに今のこの日常が嘘であることは無意識化の状態でも意識出来てしまっているぐらいだ。

だから、そうする。

これは、理性ではない。本能であり、俺の本性なのだから。

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