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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
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この世界の片隅で

コンサートは大成功を収め、無事終了した。

ここに来た観客はそれが目的であるかのように歓喜し、涙を流し、中には失神してしまう者までいた。

感動というものをそこに居た全ての人間が体験していた。

けれど、そんなものはいつものこと。当然のことだ。

私にとっては日常で、息をするがごとく当たり前のことだった。

そんな私を楽屋に戻る道中で、コンサートが始まる前には当惑し、畏怖し、敬虔していた人たちが各々の言葉で称賛した。

その全てが私には同じに聞こえた。そして雑音だった。

だとしても、それさえいつもどおりだ。


「さすがです! やっぱり決めるところは決めてくれます! いつも思うんですけど風間さんって、緊張とかしないんですか?」


一瞬で解る。

こいつの最後の質問は音に出してはいるものの、とくだん聞いているつもりは全く無く、それさえ称賛なのだということ。

さっきまで聞こえていた雑音。それと同じだと。

雑音もここまでくると実に腹立たしい。

意識的に私はその音がした方向を睨んでいた。


コンコンコン♪


楽屋のドアをノックした音。

何度も聞いている音。『いつもどおり』しか運んで来たことがない音だ。


コンコンコン♪


マネージャーがコンサート終わりの私を気遣って応答していいものなのか困惑している。


コンコンコン♪


執拗なまでに同じく繰り返されるその音が、なぜだか分からないが私には雑音には聞こえてこなかった。


「どうしますか? 対応したほうが良いんでしょうか?」

マネージャーの女が、遠回しの責任転嫁をしようが如く私に聞く。

どうしてそんな、魂胆見え見えの分かりきったことばかり聞いてくるのか。

けれど、それもまたいつもどおりだ。


だが今回は違っていた。

この段階でいえば、違和感というふんわりとした直感のようなものだった。


「どうします?」

依然私の意見を求める。


普段なら、いつもどおりに対応なんてしない。

そもそも、コンサート終わりの控室に後発で人を入れようとしたことがない。

でも、その考えが間違っているのかもしれないという思考と、そこに加え、不安と期待の混ざった心持ちにされるノック音を聞いている回数が増える度に上がる高揚感が、私の脳内を生まれてこのかた最大に困惑させていた。


「どうぞ。」


完璧に無意識だった。

とはいえ、その言葉を発している自分を俯瞰で認識した時の私は納得することが出来ていた。


「よろしいんですか?」

猫がグルーミングで自分のミスを帳消しにするように、耳元で雑音が必要以上に聞こえた。


流石に我慢できず、いつもならしない注意という行動を起こそうとしたことは、この状況を普段なら意識的に抑えてやり過ごす自分を、自分自身が把握できていなく、純粋な混乱を招いてしまったからだろう。

すでに体は動いていた。

自分は、体の筋肉よりも脳の筋肉が先に反応する類の人間だと思っていたのだけれど、そうではなかった。

素直に感動した。


その瞬間だった。

私の困惑、混乱らを取り除くようにドアが開いた。

これほど控室のドアを勢いよく、素早く、乱暴のようでそうでないように開けることが出来るのかという手際で開ける人物が、なんの躊躇もなく中へ入ってきた。

というか、飛び込んできたというほうが正確だろう。


見間違えるしかなかった。

いや、そうじゃない。

もっと違った・・・、見誤る、見落とす、見違える、どれも言いえて違う。

私がしなければいけないことはそうではない。

そもそも、その人物を見てしまった以上、一番はじめに思ったことが本音で本性なのだからそれを素直に率直に認めなくては答えが出る訳がない。

正解を求める資格がない。


『見定める』

それだ。

この女を見定める。


「いやはや、なかなか中に入れてもらえなかったからもう少しでドアを蹴破るところだったではないか」


測定不能だった。

具体的には、その言葉使いが、だ。


「初対面だったんでね。人間関係を築く上では大事だから、第一印象というものは」


冷静にならなければ。

そうだ、見定めなければ。

けれども、こんな心持ちでは依然前進することはできない。

なぜなら、今、目の前で両手を腰にあて、持て余すほどのバストをこれぞとばかりに胸を張り、堂々という言葉でしか表せない仁王立ちで、この世界には自分と目があっている私しか存在しないと言わんばかりの態度。

そこにきて、この顔。

私に対応は不可能だった。


「いったいなんですか! 雑にドアをノックして! コンサートが終わった直後で彼は今、神経が研ぎ澄まされている状態なんです! 大きな音なんて以ての外なんですから!」

お前の方がよっぽどだと、口を割りそうになるが、そこは今重要ではないことを私は重々理解していたので、意識と思考をもっていかれることはなかった。


どうしてそこに立っている。

いったいどこのどいつだ。

私になんの要件があるんだ。

その顔で・・・。


「おっと、印象なんて自ら言っておいて名を名乗っていなかった!」

どう聞いても反省しているようには聞こえない。


「別にあなたの名前なんてどうでもいいよ・・・。」

「なんと!? そうなのか? 私からしたら、他人に名前を名乗るという意味合いはかなり重要で、なんといっても恥ずかしい行為でもあるのだが」

「なら、俺がいいって言ってる。まるでリスクがあるような言い方しているからもう大丈夫だ。」

「いやいや、私自身がそうすると言ってしまったんだ、そこは名乗らせて貰わなければ。なにより、私が納得しない」

どうやら自己中心的な人種のようだ。

だからといって、私が自己中心的な人種のことを嫌うということにはならない。どちらかといえば、好意を持てるぐらいだ。


人間、自分と近い、似ていると思えばその相手に少なからず好意を抱いてしまう。

それに、見覚えのある顔を見て、聞き覚えのある声を聞いてしまっているなんて、どうしようもない。

そうなると私の場合、興味が湧いてくる。

そいつがどんな人間なのか判断するために見定める・・・。正解へと、自然にその方向へと進むしかなくなる。


「そこまでならばあんたの名前は?」

「おお、聞いてくれるか。ならば・・・」

そう言うと私の目の前に名刺らしき紙を差し出してきた。


「いや、声に出して名乗るんじゃないのか」

「んっ? なんだ? 君にとって、突然の音というものの概念は、雑音となるのではないのかね?」


測定なんてしようとしたのが無駄だったと今更ながらに気付かされた。

人を馬鹿にしようとしているのか、逆に私を試し、見定めようとしているのか、いっそう訳が分からなくなる。

迷うなんて、なんて久しぶりな感覚なのだろう。

もしかしたら、初めてかもしれない・・・。


「失礼」

マネージャーの女が、ここぞと、自分の仕事だと言わんばかりに、差し出された名刺を引き取ろうとした。

「いやいや、君に渡すために出したんだが! どうして受け取らない? 私の名刺なんて、それだけで数百万の価値があるものなのだけれど!」


名刺が数百万だと?

自己中心だけでなく、自意識過剰。

こうなると、私との違いがどんどん失くなっていく。

より理想の人間へと、完璧な人へと成っていく。


「いただきますよ。」


田松精巧(たまつせいこう)(偽名)

        本名 枩田星呼(まつだせいこ)

なんだコイツ?

それが第一印象だった。

次に、変人だ。という感想だった。


「確かに名前は判明したが、その、なんだ、名刺に偽名というのはアリなのか?」

「いやなに、私の名前は自分で付けておいてなんだが、企業名に聞こえてしまうからね。それと、本名が嫌いだという、これもまた自分勝手な理由になってしまうが、うん、そんなところだね」

質疑と、応答が、自己完結している。

ここまでくれば、自己嫌悪という四文字熟語が具現化されて認識出来てしまう。

音に重みがあるということが発見され、世間に認知されれば、そんなことは前から知っていると、こんな私でも声高に、それでこそ雑音になってしまおうが発言してしまうだろう。


「君、その感じまさか、この私が目の前で名乗ったのに心ここにあらずだというのか?」

「んっ? いや、あんたが誰かははっきりと認識できてるが」

豆鉄砲というのがなんなのか知らないが、目の前の『本名 枩田星呼』の様子を見るにあたって、私の頭に一番に浮かんだ文言がそれだった。


「風間さん、失礼します。」

いつもの如くマネージャーが、私の了解を取ろうとする雑音を発しているにも関わらず、許可を待たずに私の手から名刺を取り上げるようにして、その紙に書かれている内容を確認した。

そして、豆鉄砲というのがどんなものか知らないが、その文言を使ってもいい状態の二人目が出現した。

二人は各々違った意味合いのリアクションを取っているのは私しか知らない。そんなことが私には久しぶりな面白さとなって訪れ、思わぬリアクションをとっていたことに気づいた頃にはもう遅かった。


「かわいい」

「可愛い」


不注意だ。

不意にしてしまった表情だった。

自分でも、さっきまで違った意味で同じことしていた二人が、今その瞬間に、寸分の狂いもなく全く同じ心持ちで、同じ言葉を発していることに気づけて初めてそのことに気づくことが出来た。


「初めて見ました」

「初対面だが、そんな表情が出来る人間だとは思わなかった。うんうん、君はそのほうがいい男だよ!」

「ですよね!」


五月蝿い。

心の底からそう思った。

俺だって、望んでこんな態度を取った訳じゃない。

さっきから二人顔を見合わせて、お互い何度も呼応するように頷いている様子を見ていると、怒りを通り越した。

その時だった。

今度は完璧な不覚。なんと、またしても、いいや、前回以上のリアクションを取ってしまった。

「ぷっ!」

まずい。

「ぷくく・・くっ、くっ、くくくく」

二人の視線が痛く感じる。このままじゃいけない。

「ふふふっ、うっ、はっはははは!」

理性なんてものはゴミだ。必要なものじゃない。今この瞬間俺はそれを捨てた。

「あーあ。もう知らん。」


偶然、または必然。そんなものもゴミだ。自分の殻に籠もっているだけ、いや、それにすら気づけていない無意識な自己満足の行き着く自問自答の誤解という地獄だ。

俺は正解を求めていた。

それに気付けた。気付かされたのだ。

初めて生きているという実感をもてたのだ。

この世界の片隅で、一人の人間がこうして生きている。自分のことだとしてもそれがなんだか不思議で、愉快に感じて、その考え方が暖かく感じた。

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