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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
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いつかは・・・

この光に照らされている道を進むことが目的の場所へと私を誘うのだろう。

いつも通りの『当然』に、思わず吹き出しそうになる。

そう考えると笑われても可笑しくない。

そんなことを思わせる道。

こうして自らハンドルを握り、アクセルを踏み込むことが出来る今なら、その当然にも対処し、安堵出来る。

光とは言ったが、正確には月光なのだ。

夜という時間の空間の中に居ることが全てを反転させている。

進むことしか出来ない時間というもの。

その流れを感じることが出来ない私には普段のそれとは意味が違ってくる。

ややこしい。


プルルルル、プルルルル、プルルルル・・・。

なんて汚れている空気なのだろう。

他人によってはコレを雑音だなんて名称して、そう呼称する。

『雑音』なんて名称が私には全く信じられない。

どんな奏者が奏でる音よりも正確で、無機質なコレを『雑音』だなんて、こんなもの音でもなんでもない。ただ空気を汚染するだけでしかない。


「ハイ・・・、風間です。」

「あっ、やっと出てくれた。いったい今どこにいるんですか?」

正解というものもそうだ。

大概の人間は、ソレを「良いもの」だと思っている。思い込んでいる。真実というものとごちゃ混ぜにして勘違いという大罪を犯す。

なんの責任も、信念も持たずに。


「今向かってる。」

「時間もうないんですよ! 今日は勝負の日なんですよ! いい加減にしてください!」

「うるさい。」

「うるさくも言いたくなりますよ! 他の日ならまだしもよりにもよってどうして今日まで」

「いつものことだろう。」

「・・・・・いいですか風間さん。今日なんです。今日で正解が出るんです。あなたが今までやってきたことの正解が!」


なんていったか、こいつの名前。

何年か前から勝手に会社が就けたマネージャー。私は必要ないと言ったはずなのに、それでも強制的に就けられた。

なんでも、本人たっての申し出でこういうことになったらしい。

どうしてもと言って会社の上層部に掛け合ってまでして・・・。

私に憧れているとかで一緒に仕事をしたいと、熱弁ながらに語ったらしい。

だとしても、そんなことまでしたところで私には全く関係ないが。


「ここまで頑張ってきたんです。その結果が、正解が、」

「お前がどうしてそんなこと言える」

「えっ?」

「お前になぜそんなことが分かる」

「なっ、なぜって、ここまで一緒に頑張ってきたじゃないですか」

「関係ない」

「関係ないって・・・。なんで、どうしてそんなこと言うんですか!?」

「とにかく時間までには行く。」

「ちょっと、風間さん!」


これ以上雑音を耳にするのは我慢がならない。


声というものは、生物からしか聞けない。

だからその音はどんなものだろうと生きている。

生きている音ならば、最悪でも雑音くらいには鳴る。聞こえる。


「そんな態度まで取らなくても良いのでは?」

「勝手に喋るな。私以外の人間にはお前の声は音でしか聞き取れないのだから」

「まあまあ、僕に八つ当たりはお門違いですよ。それに、車内ならば僕の音は誰にも聞こえないでしょ♪」

「・・・ふん。とにかく、勝手に鳴るなよ。」

「ハイハイ、分かりましたよ~♪」


車を運転することで発生するこの美音。

エンジン、マフラー、そして何より、その全ての過程から導かれるこの風斬り音。

私が唯一だと思い込んでいた音色というもの。その認識を覆して、飛び込むように突然、不意に、強制的に聞こえてきた音。

この機械がどうしてここまで生命力に溢れた音をだせるのか。

人口的に起こした自然現象がどうしてここまで沁み入るのか。


傍らという助手席に適当に置かれているこいつ。

初めてこいつを使った時には度肝を抜かれた。

その次には、吸い付くようにというには言葉足らずで、まるで体の一部にでもなってしまったような感覚にみまわれ。

最後には、声が聞こえた。


「静かだ・・・」

残響がつい先程までしていた。

嫌な音、雑音ほど耳に残る。

今私の世界は充実し、それでいてニュートラルな状態だ。気分も上々で、気持ちも高揚している。

これならば今日も良い演奏が出来る。納得することが出来る。

自分の確信を確証出来ている。


この場所は初めてだ。

それと、最大で、最高のところ。らしい。

今回ということに対しては少なからず緊張はしている。

だから、その緊張を受け入れるために今日はここまで車を運転してきた。


場所というものには全く気負いやら、プレッシャーやらを感じることは皆無。

とはいえど、仕事ということに限っていえば都合上、こういったところは必要になってしまう。

だったとしても、実際場所なんてあろうがなかろうが関係ない。

そこのところに関しては、ケースから今まさに自分が使われるがために私が取り出そうとしているこいつも同意見だった。


ガコッ。

「もーう。いつもそうですけど、もう少し優しく、丁寧に取り出せないんですか? 言っときますけど、僕だって世界に数本の、名器だって巷じゃ有名な楽器なんですから」

「なにが名器だ。自分一人では何も出来ないくせに」


自分だけが信用できる。自力が生きているという証になる。

他のなにかから供給を受けなくては自身を確立出来ないのであれば、それは生きているに値しない。


だからこいつが、私にだけ口をきけるという現象は、そこのところをあやふやにし、最近の車から発せられるあれらの音を生命力なんて言葉に変換させてしまっている。

ここまで生きてきた私の結論のようなものを有耶無耶にしようとする。

それに、こいつのまるで全てを見透かしているような口調、達観しているような物言いは、日頃の私に大いなるストレスをもたらすようになった。


「またまた、いい加減少しは緊張ぐらいしといてもいいのではないのですか? いつも周りに居る人達から当惑されて、ひどい人は畏怖してしまっている人までいるくらいなんですから」

「知るか。中には敬虔している人間もいるだろう」

「ふふ、まったく、これほど緊張と無縁の人もなかなかいないのではないでしょうか。まあ、そのくらいではなければ僕を平然と使うことなんて到底無理な話ではありますが」


勿論、必然的に音は鳴ってしまっている。

こいつがこれだけ喋れているのは、私がチューニングや、今日の演奏する曲目をさらうために、弾くという格好をとっているからだ。

毎回この時間をねらってこいつは、マシンガンから発射される弾丸のように、こちらの事お構いなしに、ここぞと喋り掛けてくる。

はじめのうちは、その弾丸という言葉の繰り出されるスピードに怯み、反発する隙など皆無だった。

最近になってようやく反撃する技術を身につけることが出来て、こうして会話という形になるまでになった。

だがしかし、だからなんだということにはなるのだが・・・。


「しかし、こんなところで演奏、それも、ソロコンサートなんて。さっきの電話の彼女も必死になるのも頷けますね。そういうことで言わして貰えば、あなたと僕が出会ったことには意味があったのでしょうね」

「・・・・・」

「あー、もう、その状態でしたか。申し訳ありません。」


集中力。

なんたら力みたいな表現を私は好まない。が、この状態を説明する上では使わざるをえない言葉になる。


この時間、私はスポーツ選手界隈でいうところのゾーンと呼ばれているそれに入っていく。

そんな安っぽい、使い古された表現はヘドがでるほど阿呆臭い、嫌なだけのクソのようなものだが。

かと言って、代替えの名称を考えることなんて出来ないし、そんな自ら進んで生き恥をかくこともしたくないわけなのだが。


国際セントラルゾーン音楽堂・クラシックホール


今日私がコンサートを行う場所だ。

名前の由来は、ここがこの世界における音楽の中心だということらしい。

私にはそのことよりも、ゾーンという言葉が使われていることに引っかかってしまったのだが、世界中のいたるところで演奏してきて、ここほど挑発的な名称を名乗っている音楽ホールはない。


都心から離れたところに建てられたこの建造物は、現代では当たり前のようになっているハイブリッドな、いわゆる多目的ホールのような施設から逸脱し、楽器を演奏する、もしくはそれを聞くためにのみ使用を許される。

近年では、目的からかけ離れた本来の用途を無視し、中には音楽ホールの聖地にまで成り下がってしまっているところまで存在してしまっている。

そこにきてここは、建てられてから40年経つというのに、今日のこの日まで、一日たりとも他の目的に使用されたことはない。

一度、海外の有名な映画監督が撮影場所としてここを使いたいと懇願してきたのだが、支配人兼所有者でもある、田松精巧氏の「駄目」の一言による門前払いを喰らわされた。

噂には、その時の最終的なレンタル料はウン億だったとか。

そこまでしてまでこの場所を借りようとしたのは、一言に『形態と機能の一致』が世界一だということ。

なんでもその田松氏という人物は兎に角金持ちらしい。

ここも、単なる趣味で建てたと本人自身の口から豪語されている。

そこに加えて、金という世間の評価よりも、自他とも認められる稀代の天才らしい。

天才などと言われる人物が私の人生に関わることなんてある訳が無いと、そもそもそういう人間なんて存在する訳がないとさえ思っていた。

だが、先日初めてこの場所に下見に来た時、その本質の的を得ているようでそうでない抽象的な表現の意味を、天才を理解させらされた。

言語化するにはもったいなく、その全ては嘘になってしまう。

けれども、この素晴らしさのここがどうだとかを逐一誰かに説明したくなる。自分はこの良さを余すことなく理解できていると、声高に叫びたくなる。

あの時の気持を唯一最も的確に表すのならば、 

「自分のものにしたい」

と思った。


「本番には間に合ったものの、リハーサルをする余裕なんてありませんからね。いいですね、ぶっつけ本番ですからね」


こいつはいったい誰に話しかけているんだ。

リハーサル? 本番? なんだそれは。

演奏するということをそんな言葉でどうして区別するんだ?


「ミスは出来ないんですからね、今日は勝負の日なんですから。」


勝負? それに、ミスだと? 

根っこのところで、いいや、それよりももっと、大元のところからこの女は間違っている。

演奏をする。楽器を使う。さらには物を使う。

それらの根幹に、私が『使いたいから』という事象が加われば、その先には勝利と成功が只成立するだけだ。

何かをするということに意味が存在するのならばそれは、当然という終わりでしか成立しないだろう。


だとしたら、もしかしてこの女の言っている正解というものがその世界に存在して、それを私が望むことになるようなことがあるのならば、

「当たり前しかないこの人生、正解という不確定要素をいつか・・・」

そんなところだろう。

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