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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
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出会いと思い出。

案の定、予想どおり雪ばあさんは居なかった。


「どこに行ったんでしょう。急用ならば目的だってあるでしょうから、そうなれば必然的に目的地だって決まってるはずですし。それに、料理本さんの考えならば、ここが一番的確でしょうし・・・」


色葉は、この子は頭が良い。

私が、他人にこういった評価をすることじたい滅多に無い。そこにきて、高評価しているなんて自分でも驚くほどにだ。


初めて会った瞬間にそう思った。思わされたと言ったほうが正確なんだろう。


もしも、仕事の時間を共にする同僚として付きあっていく過程でそう思う事があっても、私の評価としては、優秀なんだろうなぁ、という程度で終わってしまうだろう。今までもそういった事象は何度かあって、経験している。


でも、色葉の場合一瞬だった。

一瞬での高評価だった。

なんだか異性との運命の出会いのような思い出に聞こえてしまうが、異性という点以外は事実と言っていい。


一瞬とは言ったが、実際、色葉の立ち姿と、声色を見て聞いた事が要因だった。

なにかしらの、多分、挨拶をされたんだとは思うけれど、そこのところは全然関係なく、雰囲気のみでそう思った。


この子が今まで、どんな生活環境で、どういった人生を送ってきたのか。

どうやって考え方を構築していって、自分で決断をしてきたのか。

色葉に対しての『興味』というものが一気に湧いてきていた。


そんなことだから、私が色葉のことを好きになるのに時間は掛からなかった。

それに、色葉も私に懐いてくれたことも嬉しかった。

私みたいな人間に。

今の私には何よりも救いになった。

こんなことは絶対に口が裂けても本人に言えないけれど。

もし、今私が死にたいなんて考えることがあるとすれば、それは、色葉に嫌われること只一点だろう。

そのくらいの存在に、色葉は私にとって大切な人になっている。


「どう思います?リョウコさん。」

「うーん、ここから先には何件か店舗はあるけれど、今回の件には関係なさそうな店しかないしねぇ」


そう言ってはいるけれど、私の全神経は、私の意見を聞いてくれたという歓喜を味わうことに向いていて、うまく受け答えはしているものの、色葉の問いかけには上の空だった。


「聞いてます?」

「き、聞いてるに決まってるでしょう」

そう言って、ズッと私の目の前に出してきたその顔は、そんじょそこらのアイドルなんて遠く及ばない可愛さだった。


「ちょっと邪魔だから、その可愛い顔どけてくれる」

精一杯の誤魔化しリアクションをとることしか出来なかった。


「イチャついてるとこ悪いけど、もう私が役に立つことないんと思うんだけど」

「うっさいわねぇ! あんたは雪ばあさんの残した唯一の存在なんだから。他になにか手がかりになる情報ってないもんなの?」

「どうしたんですか、いきなり大きな声出して」

「なんでもない! こいつが変なこと急に言うから!」


あと少しで、雪ばあさんの存在を忘れてしまうような勢いの私達の会話は今の状況をこの瞬間は忘れてしまっていた。

でも大丈夫。ことの重要さはこの後嫌でも思いしらされる。


「とりあえず、仕事はしないと。二軒目向かうよ」

「そうですね・・・。あてが無くなってしまった今じゃむやみに探すのも時間の無駄になってしまいますね・・・」

そう言って色葉は、雪ばあさんが開いたままのこいつのページがめくれないように、そっと丁寧に両手で持ったままだった。

その表情は言葉とは正反対だと言わんばかりだった。


二軒目は、雪ばあさんの家からスーパーのあった方向へと戻る形になるものの、スーパーからほんの少し、本当にほんの少し手前を曲がった先にある、年齢的には今回の配達先の中では一番若い、とは言っても初老と言っても怒られることはない夫婦、二人ぐらしのお宅。辰巳家。


「辰巳さんとこは何冊あるの?また二桁?」

「ですね」


この夫婦は、雪ばあさんとはまた違った特徴みたいなものを持っている。

夫婦二人が、重度の読書家だということ。

私もかなりの読書家だという自負があるけれど、そんな私と競るくらい、それが✕2でこのシステムを利用しているもんだから、毎回その量は他家を凌駕してしまう。


「にしても、辰巳さんの趣味の無さというか、こだわりの無さというか、とんちゃか無いというか。もう見境ないように思っちゃうくらいだよね」

「でも、そんなこと言うリョウコさんだって特にこれっていうジャンルないですよね?」

「私の場合、その時期時期でハマるジャンルみたいな感じで、トータルでみれば確かに色々読んでるけれど、この夫婦の場合、同時にだからねぇ・・・なんだか同じ読書が好きなどうしとしては、違和感みたいなのがあるんだよね」

「それって、いつもののとは違ってですか?」


実に色葉らしい質問というか、確認の仕方だった。

私にとって読書とは、本との付き合いとは、普通の人とは違う。

それは今のこういった状態とはまた別で、単純に、常識的にという意味合いということで。

記憶に残っている一番古いもので、私の最初の読書は幼稚園での出来事がきっかけだった。

この時は当然本の声は聞くことが出来ていない。でも、今思えば、今の私と同じ(この場合、能力ありきという非常識でと言う意味で)だったかもしれない人が園内に居た。

その人が当時の私にとって全てだった。園児としての時間を全部費やし、その後の生き方を決めつけるきっかけになったと言っても過言じゃない。


『たのしい本よみのせかい』


誰がどんな意図でつけた名前か知らないが、センスの欠片が微塵も無い、月に数回ある特別授業のようなものがあった。

そこで講師をしていた人がその人だった。


城戸恋(きどれん)

私は『コイさん』と呼んでいた。

歳は、私の親よりも若干若いくらいだった。


幼稚園では常に教論と呼ばれる先生が当然居る。

そんな中で、月に数回、数十分突然目の前に現れるその人間に、私は不思議に思って、幼いながらに興味を持った。

なんとなくといった感覚や、逆に論理的に理解するなんて、どちらもあるわけなく、この頃の私も流石に素直さというものがあって、そう思っただけだった。


「リョウコさんは、本好き?」


その人は、読み聞かせ中、まるで睨みつけるようにじっと見つめていただろうそんな私に、違和感があったのか、興味をもったのか、ある日突然話かけてきた。

この時期の子供に対して大概の大人たちは『~ちゃん』付けで名前を呼ぶ。でも、コイさんは私だけでなく、他の園児に話かける時も必ず『~さん』と呼んでいた。

当時の私は、コイさんが自分と大人たちを、同等に扱ったくれていることがものすごく嬉しかった。

『コイさん』と私が呼ぶようになったのは、本人に名前を聞いたとき、その日読み聞かせるために本を入れてくる鞄からメモ帳を取り出して、わざわざ自分の名前を書いて教えてくれたことが原因だった。

原因といったのは、その名前が全て漢字で書かれていて、『これが私の名前ね』と言いながら、名前を書いたページを剥がし、くれたからだからだ。

『城戸恋』と書かれたその紙を、幼稚園児の私に渡したところで、もちろん当時の私が読めるはずもなく、今思えば、確かに大人と区別することがなかったとはいえ、そんなことをするコイさんが天然だったことが覗える。

城戸恋と書かれた紙を渡されれば、名前を知れる機会を逃すまいと、読みを試行錯誤して解読するのは必然で、園児の自力にも関わらず、こいと判明させることが出来た。

恋を知る前に、恋という字を知った瞬間でもあった。


もしかしたら私が、恋を経験するということから程遠い人生を送ってきたのはこの順序のせいなのかも知れない・・・。


「そんなに私のことを嫌な人間に仕立て上げたいの?」


色葉の質問には意地悪で返答するのが一番で、園児のあの時の私で答えてしまえば、その後から怒涛の質問が先の問に覆いかぶさる勢いで降り掛かってくるのは分かりきっている。

あの人とは卒園するまでの間でしか会っていない。

だから、あの人の性格というものが天然だったということしか判明出来ていない。というか、そのくらいしか覚えていない。

どうして私が色葉のことを好きになったのか。その要因が雰囲気と言ったが、コイさんと似ているという、なんの根拠も無い点がその大半を占めている。

見た目、声は、全く違っているのに、そこに惹かれた。

それは私が似ていると思ったからだからしょうがない。


「そんなこと私がするわけないじゃないですか。それに、元々リョウコさん、そっち側じゃないですか。ほんと、名前負けしてるんですよぉ」

「私からしたら、あんたもだけどね」


そろそろ目的地に着く。

こんな状態では絶対に着きたくはなかった。

結末へと向かいたくなかった。

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