ミステリーなんて言えなかれとは言えないかもしれない
使いたくない。
別に、この方法を取ることでの物理的なマイナス要素の類いは多分ない。
MPなんて概念は皆無だ。
只、こんな非現実的で、SF染みていて、口に出すくらいなら恥ずかしくて死んだほうがマシだと思える、ガキっぽいアイツが最も好きそうな、世間的という矛盾した言い方をしても良いのならば、『特殊能力』が私には備わっている。
目の前で、色葉が目を輝かせている。そして私は明らかな嫌顔をしているのだろう。
幸か、私だけに限って不幸か、その準備はすでに出来ている。
右手でそっと、開かれたページがめくれないように持ち上げたイマドキ料理本。
はあ~という言葉にならないため息と同時に私は特殊能力を発動させた。
「・・・いきなりだけど、雪ばあさんどこ行ったかしらない?」
私は声に出さず、自身の表現方法がないので、いわゆる、小声でそう問いかけた。
「うっそー、マジぃ。ちょうウケるんですけどー」
「そうね、その可能性は十分予測できたわね」
「ちょっと、おばさん。あたし初めてなんですけどぉ、まさかなんですけどぉ」
「あんた、今おばさんって言った?」
「えー、だってそうじゃん、おばさん、私より明らかに年上でしょう?」
こんな本をあの雪ばあさんが持っていたと思うと、なんというか、気の毒だ。
「わるいけど色葉、これ、庭で燃やしてきて」
「えっ?」
「わ、わ、わ、ゴメンてー、お姉さん、ゴメンナサイってー。かるい冗談じゃーん。もしかして、初期な更年期ぃ?」
「色葉早く行ってきて」
にしても、初期な更年期なんて洒落たことを言う。さすが『本』なだけある。腐っても本というところか・・・。
「大丈夫、冗談だし。そんなことしたら雪ばあさんに悪い」
「なかなかやりますなぁ、おば、じゃなかったお姉さん。にしても、あの婆さん、どうしてあたしなんて買ったんだろう?」
思っている以上の会話進行スピードが私好みで、少し信用が出来るようになってきた。
コイツからしたら、自分を必要とされた理由が第一なのは至極当たり前。そこにきて私達の知りたいことが合わさってしまって、二人と一冊が一つになり、目指すべき目標が一丸となった瞬間だった。
「と、いうことで、ね!こうして落ち着けれたということで、ここからは行動に起こすだけよ!」
「だけよ!って、私には聞こえてないんですから、ちゃんと説明して下さい!勝手に焦って、勝手に落ち着いて、勝手に結論だして、勝手に独断専行しないで下さい」
「独断専行は勝手とかいう問題じゃなくなーい」
本というものがどんな存在なのかなんて、私一人で抱え込む事態馬鹿げてる。
こうして直接的に『本』と関わることが出来てしまう時点で、それは自分勝手という問題しか生まないないのかもしれない。
この能力は、色葉の天然とは違って、ある日突然そうなった。
「雪ばあさん、コイツの言うところによれば、買い物に行ったみたいだって」
「うーん、そのー、なんというか、それって、予測できましたよねぇ」
「・・・だからぁ、むやみやたらと使うものじゃないんだってぇ」
「そうかもしれませんけど、この前はリョウコさんのお陰で即解決ってなったじゃないですか」
望んだ力ではあった。
漠然と、小さな時からそうならば良いなと思っていた。
最初は自分の中だけで無理矢理完結させていた、それで何ら問題はなかった。
でも、突然そうなってしまった人は、それを抱えきれないと思うことになってしまった瞬間に、外へ、他へと、誰かに、それを知られることで、最初の時とは真逆の望みにすることで、希薄させて、人生を落ち着かせたくなる。
私がそうだった。
「この能力に頼るようになりたくないって、前に言ったでしょう」
「それならどんな状況になれば、よし使うぞ!って決断するんですか?」
「・・・あんたのそういうとこ、ほんっと好きだわ」
色葉は私が外へと向けた対象、その二人目だ。
この子の場合は、不可抗力という状況ではあったが・・・。
「んで、どこの店?」
私達二人と一冊はすでに雪ばあさんの自宅を後にしていた。
本と喋れる。
これは私にどんなメリットがあって、どうしてこんな力に携わることになったのか。そもそも、少なからずこんな能力を望んだとはいえ、現状正直面倒だ。
考えさせられている時点で、もう、面倒くさい。
けれど、嫌だとか、必要ないだとかいう訳ではない。
右往左往という言葉の使い方が間違っているのかもしれいが、私の体感、心情は正にそれと言って過言じゃなかった。
好き嫌いで言えば、好きだ。そういう問題だ。
「え?あたし?」
「色葉、窓から投げ捨てて」
「ちょ、ちょ、ちょ、姉さんも好きよねぇ」
「リョウコさん、掛け声だけおねがいします。」
「なんで、後輩ちゃんまで乗っかんてんの~」
もちろん色葉にこのイマドキ料理本(女?)の声は聞こえていない。
この子の順応性もなかなかなものだ。
「それで、どこなの?もしかして行き過ぎなんてボケしてないわよね」
「なーる!それアリ!やればヨカッタ~」
「そう。でもその瞬間あんたの存在この世から消えてるけどね♪」
「けどね♪じゃないですよ・・・って、そこ!ここ!あーーー、あそこ・・・です~・・・・・そ、存在がーーー、け、消されるーーーーー!」
「なによりもうるさい!」
すでに通り越してしまったその場所は、さっき雪ばあさんに買い出しを頼まれたスーパーだった。
当然といえばそうなのかもしれないけれど、会話が思いのほか盛り上がってしまい、夢中になるあまり、数十分前に通った道に、不覚にも気づくことなく走り続けてしまったいた。
「ちょっと色葉も。どうして気づけなかったの!」
そう言いながら、目線を向けた先では、小刻みに体を揺らし、完全な抱え込みの形で、声には出してはいないものの間違いなく爆笑している色葉がそこに居た。
「どいつもこいつも。」
私はこの先に脇道はおろか、進行方向を真逆に変えるようなスペースが皆無なことを覚えている。
だから瞬時に、ルームミラーとサイドミラーを確認した。
「それだけはカンベンしてください!」
微かな私の普段とは違った雰囲気を感じとった色葉がさっきまでの仕草が嘘のような焦った声を上げる。
「自業自得よ!」
今ここにいる各々に責任があるという意味合いでそう言った。
会社の軽バンであろうと関係なしに、クラッチを勢いよくスパッと切り、ヒール&トウでオーバートップから4→3→2→1とエンジン回転数を合わせると同時にシフトダウンし、最後にサイドブレーキを親の仇の如くおもいっきり引いた。
「なんなんですかこの運転スキルわーーーー」
「ていうか、冗談だったんじゃなかったのーーーーー」
大騒ぎ、大混乱の車内の歪な空間の時間の動きとはまったくの正反対に、急激な運転操作をしたにも関わらず、その横Gはなんの引っ掛かりもなく川の流れの身を任せた木の葉のごとく、ヌルリと図書館管轄のおんぼろ軽バンが、スンッと音を立てるように、その向きを180度変えた。
「でも、変よねぇ」
「・・・・・」
「・・・・・」
人一人と、本一冊からの返答がない・・・。
すでに屍と化したようだった。
本題に戻ろう。
私達がこのスーパーに寄って雪ばあさんの自宅までに大体5分くらい。
もし、それよりも前に雪ばあさんが、入り用になって、スーパーへ買い出しに行った場合、鉢合わせになる可能性だってあった。
それに、もし。同じ道筋を使ったのならば、いくら私達の車内が大盛りあがりしていたとしても、こんな道路を歩いている人間なんて地元民ならばほぼいない。歩いてスーパーに向かっている雪ばあさんに気づく可能性は多いにありえた。
そして、それらの可能性を遥かに凌駕していたのは、雪ばあさんの自宅でこの本を見つけた時からある違和感。
理論めいた考えよりも、そんな感覚というか、直感が私からすれば何倍も重要で、おそらく、この件の結末に向かう上での最短距離になる確信がある。
「あんたの開かれて置いてあったこのページ。雪ばあさん、これ作ろうとしてたってことで良いんだよね?」
「ひゃくパーそうだっては言えないけど、うーん、そうねぇ、8割ぐらいかなぁ、まだ調理途中だったし、おばあさんの冷蔵庫には卵しか必要な材料入ってなかったし、調味料も砂糖くらいしかないだろうしねぇ~」
これを、あの雪ばあさんが・・・。
そもそもこれを作るに至った原因が見当たらない・・・。
「雪さん、これ作ろうとしていたんですか?」
「うん。でもなんでこんなもん作ろうとしたのかしら?」
「えっ?」
「なに?」
「わからないんですか?リョウコさんのために決まってるじゃないですか」
「はあ!?」
「は?じゃないですよ。前に話してたじゃないですか、そろそろ誕生日近いって。その時に私とリョウコさんの日にちを雪さんに聞かれたじゃないですか」
「だから?」
「本気ですか?正気ですか?」
色葉の顔は怒っていた。
もしかしたら、こんなはっきりした色葉の怒り顔は初めて見たかもしれない。
そんな色葉は自分の事では決して怒らない。
だからこの場合、私に対してということではあるものの、私の代わりに、私自身が自分に怒らなければいけないという意味でということになる。
「今日ってなんの日か分かってないんですか?」
「だから、それが何って聞いてるの!」
どうして私まで怒ってしまっているのだろう。それも、自分が自分自身のために怒っている。
「今日がその日だって言ってるんです!」
「そんなこと分かってるって!」
「へっ?」
「だーかーらー、今日が私の誕生日だってことが!」
「どうゆうことなんですか・・・」
「それと雪ばあさんが居なくなったこととなにか関係があるの?」
「なんでそんなふうになるんですか」
「?」
怒っていた色葉の顔が、言葉では表せない表情へと変化していく。
だからといって、色葉がどうしてそんなことになっている見当なんて全くついていない。
一方的にそんな顔をされて私が迷惑なだけだ。
「いいから、寄るよ」
「・・・はい。」
雪ばあさんがどんな心持ちで、どうして今時の料理なんて作ろうとしたのかなんて、私の知るよしもない。
使いたくもないこの能力を使い、その力が必要になった要因が私の興味ということただ一点なのだということは、誰も知り得るところではないのは必然なのかもしれない。