偽物笑顔の暗殺者―嘆きの精霊バンシーに取り憑かれた青年の行く末―下読み結果(文:花水木)
【全体的な印象】
2章まで読んでの感想なのですが、重いな、というのが第一印象。何せ人が死ぬし、動機が生々しくて胸が痛む上に救いがないので。あと14話あたりの描写がなかなかスプラッタですしね。遊園地をはじめ、楽しい話ももちろんたくさんありますが、それでバランスが取れているとはちょっと言い難いですね。
そんな感じなので、「この重さがたまらない」と感じる人と、「重くて読み進めるのがしんどい」と思う人と、極端に分かれてくると思います。特定の趣味の人を深く刺しにいく感じの作品。
さて、まず設定面から見ましょう。
①主人公が記憶と「楽」以外の感情を持っていない
②主人公がバンシーに憑依されている
③バンシーの呪いを暗殺に利用している
というあたりが独特で、いかにも面白くなりそう。反面、①のせいで書く難易度が格段に上がっているような気がします。長くなるので後述します。
メインキャラは主人公の蓮に加えて雫、灯里、春樹の4人。一人ひとりの背景や性格の設定が丁寧に作られていると思いますし、それぞれの強みがあってバランスの良いチームになっています。それぞれに背景があって、おそらく物語の中での情報の出し方や掘り下げる順番まで、しっかり考えられているのだと思います。
それから、事件ごとに登場する依頼者や標的に、なかなかクズのような人間がそろっていますね。「悪党」っていうほどでもなくて、ただ人間性が腐ってるだけの小物。その描き方に説得力があって、実社会にいても全くおかしくなさそうです。社会って怖いね……。
そんな感じで、メインからサブまでキャラクターの作り込みは際だったものを感じます。
全体的なお話の流れをものすごく雑にまとめるなら、「楽」の感情しか持たない主人公が、依頼や組織からの指示をこなす過程で依頼に至るまでの哀しさに触れていくお話って感じでしょうか。バンシーという存在のおかげで、特に「哀しみ」というテーマに上手にスポットライトが当たっているように感じます。とはいえ、それだけで終わってしまうと救いがないんですよね。並行して何か前向きなテーマもあると良いかなと思います。
他には、言葉遊びのようなユーモアがときたま見られたのも面白かったです。一番ツボに入ったのはヅブリシリーズでしたが、そういう捻りとか自由さみたいなのを、もっと推していっても良いと思います。とりあえず筆者さんが千本桜へ愛は伝わってきました。私も好きです。
作品から受けた印象としてはひとまずこんなところですね。
全体的に丁寧に構成されていて、入念な準備の上に書かれていることが分かります。扱うテーマも面白いのですが、どうしても人を選ぶ作風なのは避けようがないので、そこは開き直りも必要でしょう。
【弱点】
逆に、現状弱点になっていそうなところをいくつか挙げていきたいと思います。ちなみにこれを書きながら、私自身にも綺麗にブーメランが突き刺さっております。自分のことを完全に棚上げにしてのコメントなので、ご承知頂ければと思います。
・感情移入がしづらい
いくつか要因はありますが、一番は設定①がかなり扱いづらいんですよね。楽以外の感情がないので、どうしても共感しづらい。おそらく筆者さんもそれは分かっていて、他の視点を織り込むようにしながら話が進んでいきます。いわゆる神視点とか三人称多元視点と呼ばれるやつです。
ところが、そうすると今度は「誰に感情移入すれば良いのか分からない」という問題が発生します。その結果、読者を引き込む力が落ちている印象が否めません。
それを補うためには、「何を描きたいのか」「誰に感情移入させて読ませるのか」というコンセプトをはっきりさせるとことだと思います。
本作の登場人物は大雑把に、メインキャラ4人サイドと事件ごとの関係者サイドに分かれています。4人サイド(特に蓮)を中心に描きたいなら、蓮以外の誰か1人に視点をなるべく固定してそこから見た蓮を描いていき、他の視点はあくまで補助程度に留めてはいかがでしょうか。恐らく雫が適任だと思われますが、章ごとにローテーションしてキャラを掘り下げていくという選択肢もあるでしょう。ただその場合、蓮以外の3人も現状「やりたいこと」が見えていないという問題点が残ります。詳しくは後述しますが、そういった動機のあたりも読者に伝わるようになっていると、より共感がしやすくなりそうな気がしています。
逆に、関係者サイドをかっつり書きたいということなら、それぞれの章を関係者視点で始めるスタイルも一考すべきかと。ブギーポップにブギーポップがなかなか出てこないのと同じ感じです。
・登場人物の「やりたいこと」が伝わってこない
先ほどの話とも密接に関わってくる問題でもありますが、メインの4人が主体的に行動する場面があまり見られません。言ってしまえば、組織の偉い人から与えられた仕事をこなす、という範疇からはみ出ることができていません。もっと言うと、その仕事がしたくてやっているというより、たまたま暗殺組織に属しているから仕事としてこなしている印象で、そこにかける強い動機や信念が感じ取れないのです。
おそらく、初めて彼らが自発的に動いたエピソードが、1章の最後、蓮のために休暇の要求でしょうか。その次が2章の後半で蓮の謎を追いかけ始めたところだと思います。それ以外は与えられたタスクを唯々諾々と消化する作業にしか見えず、これが前述の「感情移入のしづらさ」に繋がる一つの要因でもあります。
受動的な印象を与えてしまう理由の一つが、彼らが有能すぎるという点にありそうです。作戦中に想定外のことが起こらない。例えば、作戦中に蓮が不意に危険な目にあったらどうするでしょうか? 灯里がしくじって、妙な連中に尻尾を掴まれたりしたら、彼らはどう動くのでしょう? 彼らを能動的に動かしていくなら、イレギュラーや危機的な状況も必要かもしれません。あとはやはり、目的意識ですね。これだけの長さの作品ですから、全体を通した目的意識が分かって、その進捗を感じられるようになっていた方がマンネリ化しづらくなると思います。
・まとめ
総じて言えば、「コンセプト」を明確にしましょうという話です。一つ一つのお話の完成度は高いですが、現状だとそれがただ並んでいるだけの印象です。全体を数珠のように貫くコンセプトが欲しい。例えば、
・いろいろな人物が人間関係に苦しんだ結果、組織に依頼を出して問題を解決しようとする話。
・蓮が失われた感情を取り戻そうと暗殺稼業に取り組みながらも、自分の心を知らず知らずのうちに痛め、廃人化する話。
・蓮に仄かな恋心を抱く雫が、彼の「楽」以外の感情を取り戻させようと苦心する話。
等。書きたいことが多すぎて、何を中心においた話なのか伝わりづらくなっているのが現状一番の問題点だと思います。
【タイトル】
タイトルとあらすじについては、やはりどこを重視するかというコンセプトによってどうするべきか変わってくると思うので……
ただとりあえず、「行く末」が必要なのか? という点はツッコミを入れたいです。サブタイトルの部分は「―バンシーに取り憑かれた青年―」だけで良いのではなかろうかと。あるいは、「暗殺者は哀しまない」「暗殺者は精霊と嘆く」というふうに文にしてみたり、「笑う暗殺者と嘆きの精霊」のように対比のような形にしてみたり、工夫の仕方はいろいろとあると思います。そうやっていろいろと考えてみた上で、現状のタイトルがやはり一番コンセプトに沿っているということなら、そのままでも良いと思います。
【文体】
特に序盤なのですが、てにをはがおかしかったり主述が一致していない文が目立ちます。例えば
「蓮の暗殺手段、それは己に取り憑いた嘆きの精霊、バンシーの力を引き出す事で行われる。」
という文。主語は「それは」=「暗殺手段は」ですから、述語が「行われる」になるのはおかしいです。
「蓮の暗殺、それは己に取り憑いた嘆きの精霊、バンシーの力を引き出す事で行われる。」
または
「蓮の暗殺手段、それは己に取り憑いた嘆きの精霊、バンシーの力を利用したものである。」
とするのが妥当だと思います。
それから、これは私の読解力の問題もあるかも知れませんが、もう少し詳しく説明が欲しいな、と感じることが偶にあります。
具体的には、1話
「情報を読みながら、蓮は依頼人の心情や立場などを己に投影してゆく。これは蓮にとって二つの意味で必要な、ある意味での儀式であった。」
の部分。2話まで読んで、「バンシーの呪いを引き出すこと」と「欠落した感情を呼び起こすこと」の2つかな、というのがおぼろげに見えてきましたが、ロジックがかなり分かりづらいです。
2話の
「そしてそのために、他の感情を取り戻す必要がある事も、バンシーを追い出す必要がある事も、蓮は朧気ながら感じていた。
だから、本来暗殺には不必要な「依頼人の感情に没入する」といった儀式めいた事を行っている。」
の部分も、一読目では理解できませんでした。
他人の哀しみを自己に投影することでバンシーの呪いの力を引き出して暗殺の仕事を遂行しつつ、失った感情を刺激して思い出そうと試みる、という部分のロジックはもう少し丁寧な説明があっても良かったかと思います。