一話
アベルの依頼から、やる気なくリディを捜すことにしたベルナールは
彼女がバイトをしているというオープンカフェにあたることにした。
リディの同僚は言う。「彼女をよく知る者は居ない」と。
…アベルが帰った後、事務所兼自宅の片づけを軽くこなし
冬の力強い風の音に、力なくコートを羽織った。
ポケットに入れられたリディの写真と煙草がぶつかりあい、喧嘩をしているのが聞こえる。
まずは、リディが働いているカフェで彼女の人物像をもう少し聞くつもりだった。
駅前といえば、我が町では一番の洒落た街並みで
駅内にも数店舗あるのだがどれも洗練され、それに見合った金額のものばかりだ。
俺の様な人間は、一番縁が無い場所といって良いだろう。
路肩でクラシックギターを弾いている青年に、何枚かチップを投げ入れながら、駅前に向かうと
昼食を求める人々の波に、この影を落とす。
リディが働いているカフェは、多分ここからでも見える白いオープンカフェのことだろう。
訪れてみると、安っぽい制服に身を包んだ男が口笛を吹きながら
テーブルを拭いていて客足もそれほど見当たらない。
俺は彼に近寄り、声を掛けた。
「少しいいか。探偵だ、人探しをしてる。」
探偵バッジを見せながら言うと、赤い髪を気高く後ろに流した店員は柳眉を顰める。
「どなたを?当店の者ですよね?」
「ああ。リディという女性だ。知っているか。」
「リディのことですか。
さあねえ…こういうこと、言いたくないんだけど彼女は最近無断欠勤してるんだ。」
「聞いている。行くアテは見当がつくか?」
布巾を置き、唸る彼は鋭利な顎先に指を当てて、首を傾ぐ。
「全然、彼女とは仲良くなかったから分からないけど…本屋はどうですかね?
リディ、昔の映画の雑誌が好きだってことは知ってるんだ。“ブレンダ”って雑誌だよ、俺も持ってる。」
「ありがち過ぎる。彼女をよく知る店員は居ないのか。」
「残念だけどね。素直で明るい子だけど、どこか皆と距離を置いてたんだ。
それ以上は、俺も知らないよ。」
困窮した様子で両腕を広げて見せる青年に、ふうっと溜息を吐いて頷く。
これ以上はここに居ても仕方あるまい、手短な本屋を、今度は探してみるしかない。
軽く礼を言うと、にしゃりと微笑んで店員は下がっていった。
メインストリートの角に建った、赤いトタン屋根の小さな本屋。
他は都会そのものだというのに、時代から取り残されたような場所が
たまたま俺の行きつけというのもあったし、もしかすればとも思った。
一見民家と見える扉を軋ませながら開く。
「いらっしゃい。」
カウンターで、ひとりの女性が声を掛けてくる。
長い金髪に、生意気そうな瞳。手元にある、“ブレンダ”の雑誌。
リディだ。間違いはない。
親にバレない為に、河岸替えしたという所か。
俺は探偵バッジを取り出し、リディに見せた。
「探偵だ。貴女のお母さんが捜している。安心させてやってくれないか。」
「ママが…?」
薄青色の瞳が翳り、俯く。
「何か訳でも?よければ、表で話さないか。」
他の奴等がどうかは知らないが、俺はこの商売は人情ありきだと思っている。
リディは「荷物を取ってくるね」と言って、エプロンをハンガーに掛けた。
「―――それで、聞かせてほしい。」
表通りに出てくると、どうやら仕事も終わった様で、黒いリュックを背負ったリディと向き合う。
リディはほんの少し迷った顔をして、俺を見る。
「その前に、あんたの名前を教えて?ねえ、とかだと、やり辛いよ。」
「…ベルナールだ。」
「よろしく。リディよ。」
手を差し出された。細く小さく、繊細な指が、ぼんやりと見つめている俺の手を取り握手する。
「それで、家を出た理由ね。うーん、教えようかな、どうしようかなあ?」
口調は悪戯めかしているのに、どこかちらちらと俺を見る感じは
「話したくない」というサインに見えた。
とは言っても、このままでは拉致があかない。
「家庭事情が問題なら、独り立ちしてみたらどうだ。手伝いぐらいなら出来る。」
「あたし、ひとりぼっちはヤダなあ。」
くるりと身を回転させて、にっとリディが笑う。
「提案。ルームメイトが出来るまで、ベルナールと住むのはどう?」
「勘弁してくれ。」
「あーじゃあ、ママにも電話しない。」
ああ言えばこう言う。無邪気で可愛い我儘に、大した事情ではなさそうだと安心する。
俺が押し黙っていると、リディが困ったように目を細めた。
「あ、その…ごめんね。あたし、ただ…。」
そこまで言って、もごもごと言葉を呑み込むリディ。
明るく邪気のない性格だいうことは分かったが、どこか寂しさも湛えたその表情は溜息を吐かせる。
「…母親には電話をしてやった方が良い。うちに来るのなら、数日は居ればいいさ。」
「ホントっ!?」
身を乗り出すリディの瞳は煌めき、十指が組まれる。
まるで子供のように喜ぶリディは、電話ボックスの方へ走って行った。
「………厄介な女だな。」
どうしたものか。頭を掻きながら、俺はリディの電話が終わる前にと煙草を銜えた。
「ベルナール…あの…。」
一本吸い終えると、電話ボックスから離れてきたリディが、やり辛そうに俺を見る。
「ママが、ベルナールに代われって。すっごく、怒ってる。」
「分かった。」
リディの横を通り過ぎ、電話ボックスの黒い受話器を取る。耳に当てて、その名を呼んだ。
「マノンか?ベルナールだ。」
『ベルナール!リディに変なコトしてくれたね!?どうせ女っ気がないからリディで遊ぼうってんだろ!
リディもリディだ、誰が飯を作って出してやったと思ってるのか…!!』
息巻く、酒でガラガラになった声色に、俺は愕然とした。
かつては淑女として美しく、気高くあったマノンが、なぜこうなってしまったのか。
悲しいほど、押しつけがましい言葉遣いに目を閉じる。
「マノン、仕事も家事も一度休んだ方が良い。今はリディのことも忘れてしまえ。」
『その間、リディはどうするの!』
「俺の家で預かる。二人とも、きっと今は本音の所を話し合えないで終わってしまう。落ち着くんだ。」
やっと親らしいマノンの本音が聞けて、幾らか落ち着きを取り戻す。
マノンだけが混乱している訳じゃない。リディだってそうだ。
何かぶつぶつと、受話器の向こうでマノンは喋っていて、終いには嗚咽が聞こえた。
『お願いだ、リディを傷付けないで。可愛い可愛い私の娘を…。』
「必ず貴女の許に返す。心配しないで、もう休むんだ。」
互いに沈黙を置く。それが、無言の了解だということは分かっていた。
リディが第一ではあるが、マノンのことも少し見に行った方が良いかもしれない。
そう思っている内に、電話は切れていて、俺は受話器を戻した。
リディが置いてけぼりを喰らった子供のみたいに俺を見るので、頷いて見せる。
表情というのは、人によって出る出ないがあるが、リディは前者のようだ。
顔に喜び一色が広がり、俺の方に足取り軽くやって来る。
「良いって?」
「ああ。だが、きちんとマノンの所に帰って、謝るということは忘れるなよ。」
「あ、そうだよね…うん。喜んじゃ、だめだね。反省します。」
「素直だな。まあいい。ただ、家は狭いからあまり自由が利かないのは目を瞑ってくれ。」
「居候なんだから、気にしないよ。」
金髪が陽の光できらきらと輝き、長い睫毛が笑顔のカーブを作る。
この時、俺はまだどうしてリディがそんなに嬉しいのか、全く想像がつかなかったんだ。
ベルナールとリディの初会。
作中、「ブレンダ」は映画の雑誌として書いております。
もう少し続きます。




