可憐な乙女の秘密
「ちょっとあなた。私、先程薔薇庭園にイヤリングを落としたの。探してちょうだい」
ある日、学園の廊下でゴージャスな美人に頼まれた。
金髪に濃い金色の瞳だ。
私をまっすぐ見て、薄く微笑んでいる。
「え、何で私が」
「あら、探してくれないの? 私、困っているの。殿下から頂いた金の薔薇のイヤリングなのに」
「いや、だから何で私が」
ああ、殿下とか言ってる。
現実感ないし、今まで話した事ないから気づくの遅れたけど。
これはもしかして。
「ああ、名乗り遅れたわね。私、アーリア・タージ・ノクリスよ」
ノクリス侯爵家の方だった。
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私はフレア・ユート・カスレード。
カスレード男爵の娘だ。
上に兄が2人。
昔の地主に毛が生えたような末端の貧乏貴族だ。
だから、入学金のいらない王都の学園に入った。
この国の貴族なら誰でも平等の名の下に通う学園だ。
学園では、知識と技術をできるだけ学びたい。
頭の中の財産は奪われない、とはおじいちゃんが言ってた事だ。
学園は、上流貴族も居て王子様も居てびっくりした。
上流貴族に私なんかいじめられてしまうのかと思った。
けど、そんな事はなかった。
さすが貴族の模範となる方々だ。
美しく礼儀正しく、時に親しくしてくださる。
猛勉強しながら、卒業まで頑張れそうだ。
目指せテスト校内一位!
……と、思っていた。
しかし、先程に侯爵家アーリア様の頼みを受けた。
私に広い中庭の薔薇園から探し物をしてくれと言う。
アーリア様は、まだ薄く微笑んだままこちらを見ている。
「あら、フレアさんどうかして?」
「いえ……」
ゴージャスな存在感が半端なくて緊張する。
金の薔薇のイヤリング……、ここから見つかるのだろうか。
上流貴族の方なら家から連れてきた侍女がいるはず。
あれ、おかしいな。時間差でのいじめかな。
ちょうど薔薇の季節で、薔薇が所狭しと生い茂っている。
ここから探すのは無理な気がする。
……、まあいいか。
アーリア様は美人だし、上流貴族だし、逆らわないでおこう。
上流貴族の方でも下々の者に命令したい時もあるんだろう、多分。
私はアーリア様に見守られながら探し始めた。
それにしてもイヤリングみたいな小さいの見つかるのかなー。
金のイヤリング、金の薔薇のイヤリング、っと。
「おや、アーリア? と……フレアさん?」
後ろから声をかけられて渋々振り返る。
そこにはこの国の王太子様がいた。
王太子、王子様、いわゆる殿下のジュリアン様だ。
つまり、今探している金の薔薇のイヤリングを贈った人だ。
こちらはキラキラした銀髪に緑の目をしている。
王子様オーラが痛い。物理で。
「何をしているのかな?」
王子様が小首を傾げて、私達2人を見比べる。
「さあ、フレアさん。包み隠さずおっしゃいなさいな」
ふふっ、とアーリア様が笑った。
「はい、落としたイヤリングを探しています」
これなら私が落としたともとれる。
私はとっさに、ぼかして答えた。
「私が落としたイヤリングをね」
アーリア様が私の気遣いを一瞬で無にした。
え、これどういう状況?
アーリア様の読めない微笑みに、一方ジュリアン様は読めない無表情になった。
「アーリア」
「はい、ジュリアン様」
2人は私の前で名前を呼び見つめ合う。
え、これどういうプレイ?
上流貴族の方達はまだよく分からないとこあるなぁ。
ややあってから、ジュリアン様はフーッと長い溜息をついた。
「フレアさん、僕も手伝うよ」
「え」
キラキラ王子様スマイルが私を直撃する。
ジュリアン様が私の横に並んで庭園を探し始めた。
「あの、そんな」
「手伝わせて欲しい、フレアさん。だめかな?」
「いえ、あの殿下の仰せのままに」
「ジュリアンと名を呼んで欲しい」
トゲで手先が痛むのもかまわず、ジュリアン様は探している。
チラッとアーリア様が居た方を見ると、いつのまにか消えていた。
その後、庭園で2人きりで力を合わせて探した。
そのかいあってか、イヤリングは無事見つかった。
結構探したので、最後はジュリアン様と握手して別れた。なんとなくそういう雰囲気だったので。
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その後、ジュリアン様はなにかと私に親切にして下さった。
周りも特に王子様と仲良くしているからといって、何もしてこない。
アーリア様は、いつのまにか王太子様の婚約者候補から外れ、私が王太子様の婚約者候補のような扱いを受けていた。
内々にだが、在学中に婚約式を行う事も告げられた。
一方的に。
ジュリアン様はいつも私を「好き」と言って下さる。
正直、私は王太子様が特に好きというわけではない。
が、別に嫌いというわけでもない。
そのうちにきっと好きになれるだろう。
実家の家族は王太子様との婚約を喜んでくれたし、私も別に好きな人がいたわけではない。
まあ、別にいいのだけれど。
王太子妃に必要な勉強もそこまでの難易度でもなかった。意外とこなせる。
まあ、いいのだけれど。
そんな日々を過ごしていると、アーリア様から2人きりの茶会の申し込みが入った。
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「お座りになって」
アーリア様の対面に座るように勧められる。
本当に2人きりの茶会なのか、部屋からは侍女も出て行った。
「ごめんなさいね。この度は私の代わりにジュリアン様と結婚という事になって」
ゴージャスなアーリアがうすく微笑む。
「そう、まああのイヤリングから仕掛けていたんですよね」
「そう。カスレード男爵家の方は操りやすそうですし、あなたは勤勉で頭も良くかわいいでしょう?」
分かってはいたが、私が聞きたいのはそうではない。
時折、私がジュリアン様と居るとき見せる視線。
私とジュリアン様を結びつけた時に見せた微笑み。
「ジュリアン様の事が好きではないのですか?」
私はアーリア様にストレートにに聞いた。
「あら、好きよ。ジュリアン様の事、好きだわ」
「なら、どうして。私などと結婚させなくても、アーリア様がお似合いでは」
何故、アーリア様とジュリアン様が結婚ではだめだったんだろう。
私はそれだけが分からなかった。
「うふふ、分からないのね。私はジュリアン様と結婚したらもっと好きになってしまうわ。今よりも。それこそ王国中の女に嫉妬してしまうかも。王国中の女を殺してしまうかも。危ないでしょう? 危険でしょう?」
「そ、それは」
そんな心情とは思わなかった。
いきなり何を言ってくれてるんだ。
それをジュリアン様は知っていたのか?
私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「だからね、あなたとジュリアン様が仲良くしてらっしゃるのを眺めるくらいがちょうどいいの。時々……ちりちりした思いをしながら」
「アーリア様……」
そんな歪んだ想いのために私は犠牲になったのか。
「あっさりしたあなたなら大丈夫だと思って、ね?」
まあ、真相を聞いてもドン引きはしたけれど、そこまでは怒れないし。
……まあ、いいか、と思う。
上流貴族の方はやっぱりよく分からない。
2人の壮大なプレイに巻き込まれたのか。
「さっ、このお話は終わり。乙女の秘密を話しすぎたわね」
アーリア様は、人差し指を立ててふっくらした唇に当てた。
内緒、という事か。
私はぼんやりと、今日もアーリア様は美しいな、と思った。