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第8話

 探索者業に就くものにとっては週末だからお休みだとはならない。魔物も遺跡も祝日に休んだりはしないのだ。週末に呼び出しを受けて反省室のメンバーは集まっていた。


 呼んだのはアオイと相性が良くない眼鏡の青年、ダグラス・ルーベントだった。アオイたちが到着した時に彼は室内機が稼働した部屋で、黒光りする革の椅子にふんぞり返ってくつろいでいた。テーブルの上には地図が広げられ、高級そうな万年筆が並んだペン立てやルーベント家の家紋である鷲の羽を象ったオブジェが置いてあった。


「奇跡が起こる村ですか?」


 ユリアはたった今された説明を聞き返し、変な話だなと首を傾げた。


「ああ。たいした話ではないが念のためだ。田舎村のほうで普通の魔術と一線を画す現象が起こっているという。国からの調査依頼だが最低ランクの任務だから簡単な仕事になるだろう。信ぴょう性は全くなく、本来ならば人員の無駄にしか思えないところだが、そこで反省室だ。君らはどうせ暇だろ?」


「決して暇というわけでは」 


 ユリアは弁明を口にしたが通用するはずもなく。


「反省室の君らには相応しい仕事だ。これは命令だ。さっさと行ってこい」


 ダグラスは書類にざっと目を通すとドスンと印鑑を押していく。


 非正規は正規の監督を受けなければならない、しかしそのやり方については明記されていない。最悪現場に来ていなくても良かった。大量の非正規の上の報告先に正規が1人いれば問題がないと実務的な面では扱われていた。非正規のやってきた仕事の報告書に正規が行ったものとして署名捺印する、という仕事のやり方が横行しているほどだった。


 このように現場に出ない正規に実力がともなうわけもない。たまに出張って来て現場を混乱させるという話も聞いたことがあった。


 ダグラスによって追い出されたのち、ユリアはぽつりと発言した。


「ダグラス様もちょっと下の人にきついですよね」

 

 この発言でユリア以外の人間は顔を見合わせる。

 彼女が大貴族に対して堂々と不満を口にしたから驚いたのだ。


「ユリアって意外と怖い者知らず?」


「え? そんなことないですけど」

 

 レヴィの言葉にもよく分かってなさそうに返答する。

 それは実に奇妙な話だった。貴族社会に生きる人間はこんな軽々しく本音を口にしない。そんな真似が許されるのはごく一部の、権力の頂点に立つ側にいる者である。


 貧乏貴族でありながら厳しい教育をほどこされており、それなのに時折普通の貴族らしくない振る舞いをする。どこかチグハグだった。

 



 ティルタニアの遥か北にある小さな町、その名をサルフェストという。海に面した港町で、潮の臭いが乗った生暖かい強風が吹きつけ、上空の雲は内陸と比べると忙しなく動いていた。


 本来はごく一般的な馬車でローザンドから2週間以上はかかる距離になる。それを踏破させたのは通称ゲートと呼ばれる長距離移動施設だ。噂の真相を探るべく来訪を果したユリアたち一同であったが、その当面の方策と言えばなんてことはない、ただの人海戦術だった。


 足を使って人伝に聞き込み調査し虱潰しに探していく。そんな非常に面倒臭くて疲れる仕事をこなしていた。春が終わりかけの頃、少し蒸し暑い日だった。じんわりと出た汗が服を濡らして気持ちが悪かった。小一時間ほど人から人へと話を聞いて回り、ようやく奇跡を叶えたという男性に会うことができた。


「奇跡が起こったんだ。あれは神の奇跡だ」

 

 熱っぽく男は語る。抑えようともしていない喜色が満ち溢れていた。


「すいません。詳しくお聞きしても」


 律儀にメモを取る準備をしてユリアが問いかけると、男は快諾して語り始めた。


「東の森の奥に遺跡があるの知ってるだろ。そこに願いを叶てくれる湖があるんだ。やり方は硬貨を投げ込んで願いを唱えるだけでいい。ただし効果は長くて一週間だけなんだけどね。僕はどうしても都に行きたくてさ。役人試験の日に頭を良くしてくれって頼んだ。そしたらもうびっくり。問題の答えが頭に浮かんでくるんだ。まさに奇跡だ。おかげで僕も来月から憧れの都暮らしだよ」


 大仰に語るその話を聞いて大方の意見が一致する。

 ──こいつマジで言ってるのか、だ。


「それで君らは何しに来たんだい。もしかして願いを叶えに?」 


「奇跡の噂を聞きまして。もし本当ならちゃんと対処しないとですから」


 ユリアが答えると、きょとんとした顔で男は言う。


「でも奇跡なんて良いことじゃないか。ほっといてもいいと思うけどな」


「ええっと。奇跡の類はこの世の法則を乱すものなんです」


「乱す?」


 アオイは補足して説明する。


「この世界はチェスみたいなもんだ。決められた駒があってルールに従って動かすだろ。なのに急に誰かが駒を好きなように動かし始めたら、どうなるよ?」


 対価もなしに再現なく願いが叶うほどうまい話は転がっていないのだ。

 理解したのかしていないのか、男は幾度か頷いた。

 彼と別れ、教わった町の東にある森へと向かう。


「なんか胡散臭い話だね」


 皆が思って口にしなかったことを代表してレヴィが言った。





 感情が蓋となってユリアの冷静な思考を押し留めていた。

 心のうちに重石のように鎮座するモヤモヤした気持ちがユリアを責めさいなむ。端的に言えばユリアは怒っていた。もう30分以上もずっとだ! その原因は分かり切っている。なぜならばこのような会話が聞こえてくるからだ。


「やっぱ最強打者はアレックスだよな」とアオイが言うと「はん。話にならん。ちゃんとデータと指標を見て言ってるのか」などとゼインが返す。「ここ一番の勝負強さってのはデータじゃ計れんのよ」云々かんぬん。内容は国内で人気を二分する球技のラウンダーズについて。


 その会話の応酬は続き、それにレヴィが異を唱える。


「あーもう、うるさいなー。あんな棒切れ振り回すゲームのどこが面白いの?」


「な、なんてことを言うんだ。このお嬢さんは」


 アオイは大げさに口を手で覆って驚いてみせた。だがそんな反応をしたいのはこちらのほうだとユリアは思っていた。


「みなさん静かに! 仕事中なんですから真面目に!」  

 

 これで何度目の注意になろうか。注意をすればしばらくは大人しくするが、すぐに話題を変え延々と話は続く。頼みの綱と見ているアリスはひたすら黙りこくっていた。魔術師として実に正しい姿勢だった。


 現在位置はサルフェストの東にある深い森の中、そこは危険な魔物の領域だ。背の高い樹が鬱蒼と生い茂る肥沃な地には多くの貴重な薬草が群生し、魔物も数多くいた。


 申し訳程度に整備された街道が終わり獣道を一行は進む。小さな丘になっていて進むに従って傾斜もきつくなり、生い茂る草木を避けての歩みは遅々としたものだった。目印らしい目印もなく、ただ背の高い木々がピンと立ち並んでいる。視界の通りは悪く、はぐれてしまえば合流は難しそうだった。


 ユリアは神経をすり減らしながら行軍しているというのに、周囲は緊張感の欠片もなかった。


「話しててもちゃんと警戒はしてるぜ。なあ?」


 アオイが言ってゼインが「まあな」と同意する。

 やはり反省の様子を見せず、ユリアはむむと眉を寄せる。


「駄目なものは駄目です! 分かりましたか!」


 威厳がないと気にしている顔を引き締めて、精一杯覇気を込めるが、大人の男性たちは怯まない。それどころか、この程度の依頼で張り切っちゃって可愛い新人だなーぐらいの態度だ。洞察した台詞が嫌に具体的なのは既にそう揶揄されているからだった。


「確かにユリアの言う通りだよ」


 レヴィが加勢し、ようやく生まれた味方にユリアはホッ胸をなで下ろす。


「前に出ないタンカー!」ゼインに向かってびしりと指をさす。タンカーとはいわゆる戦闘時に盾役をこなす職のことだ。ゼインは悪びれず背負っている大盾を軽く叩いて言う。


「後衛盾という新たなる試みに挑戦中だ。この盾をブーメランのように投げて使う。いわゆる大砲役だな」


「お黙りなさい!」


 次にアオイに向かって指を突きつける。 


「そして無駄なお喋りが過ぎる魔術士!」


 基本的に魔術師は寡黙だ。魔術の行使にはそうしたほうが有利であるという常識があるからだ。なのに彼ときたらペラペラ喋っている。


「そして前に出過ぎるアタッカーときた。見事なチームワークだ」


 アオイが反撃として指摘したのはレヴィの悪癖だった。

 レヴィには魔物を前にすると単機で突出してしまう傾向があった。


「うるさいな! 私はちゃんと分かってるからいいの!」


 自覚があって治せないのは一番性質が悪い気もした。どうにも問題ばかりを抱えているメンバーだ。そして実のところユリアもまたそのうちの一人なのだった。自らが抱えている問題を話すべきか、重い悩みに頭が痛かった。


「おふざけはそこまでに……敵です」


 そのアリスの言葉が早いか、気が付いた時には空気が変わっていた。既にアオイらは臨戦態勢を取り敵に備えている、一人出遅れたユリアはその変わり身の早さにあ然とする。


 遠目に魔物の姿が見えて、慌ててユリアもブロードソードを抜き放った。





 尖った耳に突き出た鼻、その下には牙の生えた大きな口がある。四足歩行の身体に生える鼠色の体毛は野生で過ごした証拠に艶が失われていた。その正体はレッサーウルフ、狼の形をした森に生息する一般的な魔物だ。


 魔物とは魔王によって生み出された強力な戦闘種族になる。シンを操る術を持たないものは大きな脅威となる存在だ。もちろん、きちんと鍛錬を積んだ探索者には造作もない相手だった。最前線にいるレヴィとゼインは危なげなく魔物を蹴散らしていた。


 二人とも至極真面目に戦っていた。レヴィは軽い身のこなしで素早く動き回って双剣を振るう、ゼインは全身鎧を着用し、さらに身体を覆い隠すほど大きな長方形の盾を巧みに操り魔物の攻撃を寄せ付けない。


 魔物との戦闘において仲間に危険を及ぼすことを考えれば遊ぶなど論外であり、不真面目なゼインもそんなことはしていなかった。同じく彼らの背後を守る魔術士のアオイも全く同様だ。素早く魔術を選択し構築しようとしていた。


 魔術とは何か、それは世界を騙す技術だ。


 この世の物質にはシンが宿り、物理現象とは物質に宿るシンの相互作用によって生まれるものだ。物事の移ろいこそがシンの関わり合いと働きによる結果だ。


 魔術師は物質に宿る特定のシンを自らの心にて複写し、疑似的に世界に再現する。燃え盛る炎のシン、凍てつく氷のシン、雷鳴轟かせる雷のシン──これを自らの心に刻み込んでシンの形をそっくりに変化させる。そうすると世界を構成するシンたちはそれが本物だと錯覚し、騙されてしまう。


 そのようにして魔術とは世界を欺く技術だった。


 アオイは頭の中でスイッチを入れる。暗い水面に沈んでいくような感覚だ。深い精神集中によって心を空っぽにして己を消す。その状態になって初めてシンは変化させることができる。魔術の行使において最も重要なことは即座に感情を殺し、なだらかで落ち着いた心理状態を作ること。熟練の魔術師に多いことだが、アリスなどがよく無表情でいるのは魔術の訓練による弊害だった。


 狼の群れとの戦闘を冷静に眺めながら、アオイは懐に大量にある小瓶の中の一つに意識を移す。小瓶には石の欠片が入っていた。それは冷えた溶岩の欠片だ、この欠片にはかつて燃え盛った時の記憶が宿るシンの結晶が入っている。


 それをアオイは複写する。

 次第にアオイの掌の上には燃え盛る炎の固まりが生まれる。ここからどのような形の魔術を生み出すのかが魔術師の腕の見せどころだ。


「いくぞ。退いてな」


 その言葉で前衛の人間たちはパッと退避した。


炎の雨(フレイムレイン)


 火球は手から射出されて爆発的に膨れ上がった。魔物の頭上に飛んで行った火球はその形を崩壊させ、周囲に火の雨を降らした。十数ほどいた狼たちのほとんどは火に巻かれて倒れて行った。


 魔術に対して戦士たちが使う技術は戦技というが、それは人間に宿るシンを燃やすよう湧き立たせて消費する。つまり感情を高ぶらせなくてはならない。魔術は便利ではあるが、これらは原則としては同時に使用することができなかった。


「やることがなくなりましたね」


 アリスが呟いて、魔術の待機状態を解いた。


 残った数対の魔物はもはや敵わぬと見て逃亡していた。わざわざ手負いの獣を刺激するつもりもなく、みなが油断はせずに彼らが去るのを眺める。だが、ただ一人レヴィだけは違った。


「逃がすか!」


 彼女は逃げた魔物を深追いして一人で突出してしまった。レヴィの双剣が一体の魔物を切り飛ばし、もはや逃げ切れぬと見て他の魔物たちはレヴィを囲んだ。周囲から一斉に襲い掛かる魔物、レヴィは体を独楽のように回転させ双剣でもって容易くそれらを斬り伏せる。


「こらっ。レヴィっ!」


 ゼインによって力いっぱい投擲された盾が最後の数体、レヴィの隙をつこうとしていた魔物たちを押し潰した。これぞ後衛盾の神髄かと感心したアオイをよそに、レヴィは憎々しげにゼインに詰め寄る。レヴィの瞳は狂気に似た異様な色に染まっていた。


「邪魔すんなよっ。私の獲物だぞっ!」


「この馬鹿娘が」


 がなるレヴィの頭にがつんとゼインの拳骨が落される。


「ふぐぅぅ。いったぁ」


 涙目になったレヴィは頭を押さえてしゃがみ込んだ。痛みのあまり小刻みに震えているが、そのおかげで正気に戻っていた。彼女はむくれるように唇を尖らせながら双剣をしまった。


 


 一向はしばし足を止めて魔物の死骸と向き合っていた。倒した魔物の身体は無駄にはしない。必要部位を解体して冒険者協会にまで持っていけば、ある程度のまとまった金になるのだ。


 正規の探索者は冒険者協会に素材を卸す義務があり、依頼収入も含めてその全収入を年度末には国に申告しなくてはならない。そして収入額に応じて冒険者協会を運営するための特別税がもっていかれるという仕組みになっていた。


 魔物はある種の指向性を持ったシンを元にして魔王によって生み出された。そのため身体にはその特定のシンが結晶化したものが埋まっている。これが一番金になる。だが他にも毛皮や爪、それに内臓や目なんかも欲しい人はいる。短剣でザクザクと斬って作業を進め、魔術で水を生み出して洗う。この光景は柔らかく言ってもスプラッターショーになる。


 慣れているアリスやレヴィはケロリとしていたが、ユリアは真っ青な顔で口元を押さえていた。やはり貴族のお嬢さんにはきついのだろう。


「こ、こんなに荷物を出して大丈夫でしょうか」


 口を押えながらユリアが心配そうに言った。


「大丈夫だ。空間系の魔術でしまう」


「使えるんですか?」


「逆になぜ使えないと思ったのか。必須レベルのスキルだぞ」


「そうですね。魔術師でなくとも覚えておきたいですね」


 アリスも同意するとユリアはぐっと言葉につまって、少し目を泳がせた。


「わ、私使えないです」


「あっはっは。気にしないのー。私も使えないしさ」

 

 レヴィが気落ちした様子のユリアの肩をバシバシと叩き、


「俺は使える」


 とゼインが呟いた。


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