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第5話

 アオイの目の前でルミナスは怒り心頭といった様子で腕を組んでいる。

 その怒りようはアオイが見た中で文句なしの最大のものだった。


「アオイ君。お仕事はどうしたんですか」


 ひと騒動あったあと、お使いを頼まれていたことを思い出し急いで走って戻ったが時間が経ちすぎている。アオイが持ち場を離れたことは既に把握されてしまっていた。あれよあれよという間に呼び出しを受けた。


「でもよお。これには理由があってさ」


「理由ですか。酒場で喧嘩していたという話を聞きましたが?」


 アオイはおやと言葉を詰まらせる。あまりに耳が早すぎる。


「……なんで知ってるのかな」


「喧嘩の相手はカルディアの親戚、ラスター家ですよ。私の耳に入って当然でしょう」


 天を仰ぎたくもなる。最悪な事態だった。


「彼は厳罰を望んでいますが、聞いたところでは素手対剣だったとか?」


「そうそう。俺はあくまで対話を望んでたんだが自衛のためにやむなくな」


「わざわざ知らせてくれた親切な方に感謝するんですね。その点は百歩譲って不問にしましょう。彼も私がなんとか説得してみます。私が問題にしているのはそこではなく、どうして貴方は酒場にいたのですか?」


「それは現場責任者のエーリスを呼んで聞いてくれ。あの人に頼まれたんだ」


 やった、これで誤解も解けるだろう……などと安堵はできない。ラスター家の三男がルミナス一人だけにしか手を回していないと思うほど単純ではなかった。


「すぐ呼びなさい」


 ルミナスが横目で護衛に命令すると、エーリスはものの10分もしないうちに引っ立てられてきた。カルディアの最高権力者の一人に呼び立てられた彼は顔面蒼白で小刻みに震えていた。今頃どんな失態を犯したのかと自問自答しているところだろう。


 ふらついている彼にルミナスは告げる。


「貴方の名誉と女王陛下に誓って正直に答えなさい」


「は、はい。それはもちろん。虚偽など言いません」


 結構──と頷いてルミナスは問いを発する。


「彼が酒場に出かけていたのは貴方の指示だとか?」


「申し訳ないのですが事情をお聞きしても」


「彼に外で案内をするように言っておいたのですが、持ち場を離れて酒場で喧嘩していました。貴方は彼にどんな指示を出したのかと聞いているんです。単純なことでしょう」


 エーリスは激しく思考するように瞳を虚空で泳がせた。

 そして最終的に首を横に振った。


「はて。私はそんな指示は出しておりませんが。酒場に行っていたんですか? とんでもない野郎です。それを私のせいにするなんて、なんてやつだ……」


「ご苦労様です」とルミナスに労われて彼は逃げるように去っていった。


 アオイがわずかに視線だけで伺えばルミナスは怒りで眉をつり上げていた。

 もはやまともに話ができないだろうと口をつぐむ。

 元々、事実をありのままに話をしても信じてもらえるとは思っていなかった。なぜなら常連バックレ野郎のアオイは信用が無さすぎる。


「どうして真面目にできないんですか。いつもいつも手抜きでサボってばっかりで」


 ルミナスは珍しいことに他の面前でアオイを責めたてた。


「いいですか、アオイ君。大戦ののち遺跡の財産は一個人のためではなく国のため人のために有効に使うべきだと決められたんです。世のため人のため尽くすことが新しい探索者の責務となりました。先代勇者さまたちがかつてしたように、身命をとして人々に尽くすことで平和が守られるんです。分かっていますか」


 勇者──それは女王にその力を認められた者に与えられる称号だ。

 騎士身分、貴族身分などの制限にとらわれず、ただ強き者のみに与えられた。そして先代の勇者は魔王と相打ちになったとされる正体不明の男だった。常に仮面で顔を隠し、その出自は平民であることだけが明らかになっていた。


「他人のために命かけますなんて今時流行らないぜ」

 

 アオイは肩をすくめて言う。

 それは潔癖症のルミナスには到底許せない台詞だった。 


「貴方ときたらお金だの、女の子にモテるだの、そんな不純な動機で探索者になろうだなんて、命懸けで平和をもたらした勇者さまたちに申し訳ないと思わないんですか!」

 

 ルミナスは頬を朱に染めて怒鳴る。冷静沈着を是とする彼女らしくもないその姿に平常の彼女を良く知る他の者たちは驚いて固まった。


「別にぃ。全然思わない」


「んなっ」


 まさか言いきられると思ってなかったルミナスは言葉を詰まらせる。

 腰に帯びた剣に手が伸びかけた。レイピアに分類される美麗な拵えの剣だが不釣り合いに質素なハンカチが鞘に巻かれている。決闘でも叫ぶつもりだったのだろう。しかし相手が平民ということで思い直したのだ。身分差のある決闘はどちらにとってもいい未来を運んではこないからだ。


 二人はバチバチと視線をぶつけ合った。この場に口を挟もうなどと命知らずな者は当然いなかった。皆が口を閉ざして嵐が過ぎるのを待っている。怒りを鎮めるようにルミナスは瞳を閉じてすうすうと深呼吸。沈黙が流れ、他の者が入り込むことのできない異様な静けさが室内に訪れた。


「貴方に必要なのは教育だとはっきり分かりました。アオイ君。貴方は反省室行です」


 ルミナスは静かに語り、扉を指差した。


 反省室、それは非正規の中で素行や態度が不良なものなどが送られる場所であり、正規の中で業績の悪いものや失態を演じたものが監督する、首の一歩手前の人間が集められる最終ラインであった。


「きちんと学んでその失礼な態度をあらためるんですね」


 それは提案ではない、命令だ。断ったらどうなるか、それは威圧するように一歩前に出た護衛の兵士が知っている。大貴族カルディア家の長女の命令を跳ね除けることなどできないのだと、アオイも十分過ぎるほど理解していた。


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