第27話
アオイたちはまずカルディア社へと向かっていた。すぐさま目的地の場所へ行きたくとも大きな障害があったからだ。魔王城跡にはフェンスが立てられ、ある一定以上の身分がなければ入ることが叶わない場所だった。相応の身分証がなければ自立制御の戦闘用神霊によって排除される。
半ば押しかける形である大貴族のデスクを囲んだ。
「いったい何の用だね。今忙しいのだが」
一応とても重要な報告があると連絡したとはいえ派遣の身分のものたちが唐突に押しかけると部屋の主は大層不快気に眉をひそめた。その名をアルザー・カルディアという、大貴族だった。
「なにかあったのでしょうか」
「魔王の残党が王都に現れて魔物を放ったらしてくね。対応に追われてるんだ。しかもルミナスが……。なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
アルザーはしまったと言葉を濁した。
時間も惜しいアオイはさっそく用件を切り出した。
「俺達を魔王城跡地に入れてもらえないか」
「何を馬鹿なことをあそこに派遣を侵入させるなんて。そんなことがばれたら下手をすると罪に問われる。何か明確な理由があるならともかく──」
「フェルノート家の人間が魔王の残党と内通してルミナスを攫った」
「そんなまさか」
笑い飛ばそうとしたアルザーはアオイの真剣な態度に気圧されて笑みを消した。彼はコツコツと指で机を叩き、胡乱気な視線をアオイに向ける。
「怪しい。怪しいね。なぜ派遣の君たちがそんな情報を知っているのだろうか。まさか魔王の残党と与していて私を陥れようとしている、とかも考えられる。そうだろう。仮に事実だとしてたった三人の派遣が行っていったい何ができるという」
彼の疑問も当然だ。大貴族を説得するのは生半可ではない。
しかしアルザーならば、もしやと思って訪ねたのだった。
「君たちに私を納得させるだけのものを見せることができるかな」
アルザーは静かに問いかけた。
「派遣だ何だなんて人の価値にはなんの関係ないことなんだ。そんな上辺じゃなくて見るならその人自身のことを見るべきだ。ってルミナスなら言うだろうな。だから俺はあいつを助けたい。だからこうやって頼んでる」
「ずいぶんとルミナスと仲が良さそうだね。平民でありながら」
彼のまとう気配に殺気にも似た緊迫感が混じり空気が冷たく凍りついた。それでも一切視線をそらさずにいると──アルザーはふっと微笑して重い空気を霧散させた。
「まったく情熱的な若人だ。私はこう言うのに弱いんだよ。他人の悲恋が大好物でね。ついつい応援してしまう」
一拍考えをまとめるように間を置いて──。
「いいだろう。君たちの望みを叶えよう」
アルザーは頷いた。ただし条件がある、と付け加えた。
「首をかけたまえ」
「首を?」
「保険が欲しいということだ」
アルザーが差し出したのは一枚のカードだった。
「私のIDだ。それで入れるだろう。もし本当に事実だったら私の指示ということにする。だがそうでないなら盗まれたと報告する。君らは処罰されることになるだろう。それでも構わないというなら受け取るがいい」
「感謝するよ」
さすがに貴族、軽々と人の話に乗ったりはしない。
ここまでの譲歩を引き出せたことでよしとするべきだった。
「貴族は自己保身ばかり考えている、そう思うだろうな」
突如としてアルザーはそう口にした。
「だが私の勝手で誇りある家名に傷をつけるわけにはいかない。勝手気ままに過ごしている私ですらそう思うんだ。我が兄や姪の心労は察するよ」
ほんの一瞬だけ彼は疲れた顔を見せた。
「私たちは自分の命以上に大切なものを受け継いでいる。この名を立てるために血が流されて、守るために犠牲を払った者がいた。私一人の勝手で彼らの人生を踏みにじることなど到底できない」
アルザーは遥か遠くを眺めるように虚空を眺める。そして自嘲気味に笑った。
「馬鹿なことを言ったな……」
アオイにも思うところがあった。大きな名の下で悩む者もいるのだと知らされたから。
「3人じゃ心伴いだろう。誰か連れていくといい」
「いいや。あまり大人数で行っても危険が増すだけだ。これで十分だ」
「十分だって? ずいぶんと自信家だな。過ぎたる自信は後悔を招くぞ」
彼は眉を潜めた。
その身の実績に伴わない、あまりにも自信過剰な発言だったからだ。
「その忠告は聞き飽きたって言っただろ、いい加減昔の女は忘れたらどうだ」
「なに? 君はいったい」
気安い言葉、それもどこか懐かしいさを呼び起こす。
アルザーはふと記憶を漁った。
その時のことだった。
都市を揺るがすほどの大地震、同時に閃光が室内を染め上げた。
明白な緊急事態──地震がおさまると即座にアルザーは立ち上がってカーテンを開け放った。
「まずい。あいつらあんなものを」
ローザンドの都市結界に取りついて破壊を目論む身の丈10メートルはある巨人たち。戦闘用神霊を人工的に融合し生み出した悪の遺物、魔神兵器だ。
魔王の軍勢の一団であり、かつてはあれが地を覆い尽くしていたものだ。それを切り裂いて進む一人の少年の力は今でもアルザーの目に焼き付いていた。
だが今の下がった国力で対応できるのか、疑念がわいた。
ルミナスがおらず、敵には魔王のシンがある。となれば答えは一つ。封印を解こうとしているのだとアルザーにも検討がついていた。魔王の封印にはカルディアと王家、両方の血が揃わなくてはならない。そして彼女はその両方を備えていた。
これは時間を稼ぐ単段か。出し惜しみせずに大戦の遺物を持ちだしてくるとは。
「話はこれで終わりだ。私は行かなくては」
一度目の大砲撃はローザンドの大結界が防いだが、何度もは無理だ。
「待ちな。あんたを納得させるだけの証拠を見せよう」
「どういうことだ?」
アオイは窓を完全に開け放ってテラスに出ると剣の柄を握る。
「本当にいいんですね」
アリスが確認するように問いかけた。
「ああ。迷ってなんかないって言ったろ」
力を使えば人を傷つけてしまうという危惧があった。
これを見せればきっと先代勇者が生きていることは白日のもとに晒されるであろう。またそれが騒乱の種になるかもしれない。だがそうすることで多くの者が救われるならば、やはり迷うことなどなかった。
集中して敵の位置を捉える。そのさなかに己の体の中でシンを練り上げていく。どんどんと高く高く。アオイは剣に極限までシンを込めて、振り下ろした。
時刻はわずかに遡る。
女神を祝うのん気な祭りの最中に都市警報が鳴り響いた。
魔王の残党が都市内部に魔物を放ったそうだ。大結界をする抜ける程度の魔物では戦力は低いことは分かっていた。だがそれでも戦えない一般人からすれば危険極まりなかった。
「災難ですね」
とラスター家の侍女セシリーは呟いた。
それに対して主はうるさそうに不明瞭な唸りをあげただけだった。
セシリーは小さくため息をつく。
最近は特についてない。度重なる災難な出来事により彼女の主はもう手の付けられないほど荒れ狂っていた。セシリーの主はトントン拍子にカルディアで地位を固めて、そんな彼に見初められてメイドになって、若様は世界一の若様なんです、なんて舞い上がっていた。
そんな思い込みがぶち壊される出来事があった。あれ以来、主とは微妙に気まずくてしょうがなかった。
「こんな時ですし、もうお帰りに──」
突如として爆音、轟音。強烈な光が目を眩ませた。
足下が揺るぎ、恐怖にかられてしゃがみ込む。揺れが収まった時に周囲を見渡せば巨人たちがローザンドの結界に取りついているところだった。
「そんな」
これほどの大質量を一瞬で転移するのは、桁が外れた行為だ。何者かの神技が働いていると素人のセシリーにも分かった。茫然とする都市内部の人々の頭上を強大な力が駆け巡った。飛び交う光の奔流。王立騎士団や魔術士たちの反撃だ。
人々は狂乱したように騒ぎを起こし、避難所に向かっていった。
「若様。我々も」
と言う対象の主は既にセシリーを置いて逃げ出してしまっていた。
「わかさまあ」
あまりに情けなくて涙が出そうだった。
そんな事をしている暇もない、魔物もいるのだ、すぐに逃げなければと思ったセシリーの目は一つの事実を捉える。少年が倒壊した家屋の一部の下敷きになって足を怪我していた。ひどく汚らしい身なりをした平民の男の子だ。
迫りくる巨大な怪物から逃げ惑う人々。
彼女は人の波に逆らって進んだ。
「あーもうっ。あんな約束するんじゃなかった!」
心入れ替えて悪いことやめますって言ってしまった。だってこんな子供を見捨てるのは悪いことじゃないか。あの時誰も助けてくれなかった。絶望していた時にただ一人だけ助けてくれた、その時に心から約束してしまったのだ。口も性格も悪いやつだったが、何も要求することはなかった。貴族のように打算まみれの行いではなかった。
だからもう約束だけは守ろうと勝手に誓ったのだ。
ただ後悔するとしたら一生じゃなくて一か月ぐらい悪いことしないって言っておけば良かったということだ。
「動ける?」
少年は無理だと首を振る。手ごろな角材を差し込んで、ふんぬとてこの原理で体重をかける。その隙になんとか足が抜けた。
「ほら立ちなさい」
少年の手をセシリーの肩に回させて強引に引っ張り上げる。
「ふ、服が汚れちゃうよ」
「ちびっ子は黙りなさい」
少年は貴族の侍女の着用する上等なメイド服に恐れをなしていた。遠慮がちだった少年だが。はっと何かに気付いたように声を挙げた。
「お姉ちゃん、上!」
めきめきと音を立てて屋根が軋みを上げていた。セシリーは咄嗟に全力で少年を抱えて飛んだ。その寸前までいた場所に倒壊した家屋が降り注いだ。受け身などできるわけもなくべしゃっと地面に投げ出される。膝を擦って血が滲んでいた。だが潰れなくて済んだのだから安いものだ。
はあはあと息を切らして立ち上がる。
「行くよ」
戦争の記憶は新しい。区画ごとに避難場所が設定されている。
まずは避難場所に向かうのだ。よろよろとした遅々とした歩みを進める中で周囲からガランと人の気配が消え去っていることに気が付いた。もう既に逃げ出してしまったのだろう。何かから逃れるために。
セシリーは嫌な予感がして背後を振り向いた。
「く」
もうすぐそこまで巨人をそのままスケールダウンさせた姿形の魔物が迫っていた。都市結界の内部にほんのわずかな隙間から分身を送り込んでいったのだろう。
追いつかれる──即座にそう理解した。逃げるにはこの子供を捨てるしかない。肩に回していた手を解かせて少年を一人で立たせる。
「逃げなさい。男の子なんだからもう一人で大丈夫でしょ」
「で、でもお姉ちゃんは」
「余裕に決まってるでしょ。お姉ちゃんにかかればあんなんボコボコよ」
と足を震わせながらも親指で魔物をさす。
「ほら早く!」
迷う少年の背中を押すとできる限りの速さで進んでいった。
その背を見ながら思う。まったく簡単に信じ込んじゃって馬鹿な子だ。セシリーが逃げ出すなんて考えていないのだろう。
だが、それがたまらなく心地よかった。騙し合いと謀略の渦巻く貴族社会においては得られない。人からの信頼のなんて嬉しいことか。それは利害では無く人が手と手を取りあって、助け合うことによって生まれるのだ。
セシリーは魔物と対峙する。
喉はからから恐怖で手は震え、目には涙が溢れきてた。それでも首にかけていたペンダントを引きちぎって投擲した。空中で弾けたそれは、ぱああと閃光が炸裂させる。魔物は顔を押さえて悶え苦しんだ。
護身用の魔具をいくつか持っていたのは正解だった。
「よし。こっちだ化け物!」
魔物を惹きつけるとそのまま脱兎のごとく走り続けた。
目を焼かれた恨みを抱えているのか、魔物はいつまでも追ってくる。嬉しいが嬉しくない。運動不足がたたり酸欠で頭がぼんやりして、ガンガンと金槌で叩かれたように痛みが襲った。
やばいやばい死ぬ。私ってこんな馬鹿だったっけ。
咄嗟にあんなかっこつけちゃって。あなたは調子に乗りやすい子なんだから気を付けなさいって両親からは良く諌められていたのに。
そして限界が訪れ一瞬、意識を失いかけて激しく地面に転ぶ。
身体には力が入らず、もう走る余力はつきていた。
そんな彼女のもとに魔物はゆっくりと迫ってきていた。
なんとか震える手で体を起こす。もう逃げられそうにはなかった。
「あー私ってなんて良い女なの。あんな口約束守って超素敵じゃない」
どうせ助けられなければあの時に死んでいた。
ならば今の死に方のほうがずっといい。かっこ良すぎるじゃないか。
「もし生きて帰れたら理想の王子様と出会わせてよね」
魔物は大きく腕を振りかぶった。素人のセシリーに躱せるかは分からない、だが最後まで足掻いてやる。そんな気迫が心身に充実していた。
だが魔物はその時から凍りついたように動かなかった。
そして、そのままさらさらと砂になって溶けていった。
「何が……」
周囲を見渡して気が付いた。巨兵たちが砂となって崩れ落ちていくのを。町中から驚きと歓声の声があがった。きっと今の魔物は彼らの眷属だったのだ、本体を倒されてその身は滅んだ。
彼らを倒したのは冷たさを感じる力の迸り、それは少し前にどこかで感じたもののような。一人の青年の顔が頭に浮かぶ。まさかまた助けられたなんてことがあるのだろうか。
「いや……まさかね?」
アオイの剣を振り下ろすと。極限まで込められたシンは即座にその意思にもとづいて形を織りなして空を伝播した。その結果、5体ほどの巨人が無数の刃に切り裂かれて沈んで行った。
「それはルミナスの神技? いやそれよりもこの威力」
アオイはこの類の神技を極めた男を知っているが、それはこんなものではなかった。しょせんアオイにできることは劣化コピー程度のものだ。
それでも半人前のルミナスよりは遥かに強力だった。
「他人の神技の疑似的な再現か。確か先代勇者がそんな使い手だったな」
アルザーは深く嘆息してどっかり椅子に座り直した。
「そういうことだったか。兄上め。私にも黙っているなんて」
アルザーは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「まったく。君が現れる時はいつも馬鹿騒ぎの最中だな」
「できれば俺もそうじゃないほうが嬉しいんだがな」
挨拶もそこそこにアオイはその場を去っていった。




