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第12話

 アオイら一行は調査の報告のためにカルディア社に戻り、しばらくダグラスの個室で彼を待っていた。しばらく時間が流れ「待たせたな」とダグラスが扉を開けて入ってきた。


 挨拶も終わると早々に本題に入る。ユリアが一連の報告を述べる中、ダグラスは黙って聞いていた。だが魔王のシンに話が及ぶと、彼は黙っていられずに口を挟んだ。


「なんだと? それは本当か」


「間違いありません」


 ユリアは頷き「これを」と小瓶をデスクに置いた。何の変哲もない水だが湖から汲んでおいたものだ。魔王のシンの残滓が残っているだろう、専門の研究機関にでも回せばすぐに判明するはずだった。


「ああ。すぐに上に報告を入れる。ご苦労だった」


 ダグラスは小瓶を握り、食い入るようにそれを見つめていた。ユリアたちのことなど目に入らないほど熱心にそうしている。もはや話も終わりかと、ユリアらは顔を見合わせ、立ち上がる、その時にダグラスは口を開いた。


「分かってると思うが一切の他言は無用だ」


「はい。もちろんです」


 退出する間際になってユリアは足を止めた。


「ダグラス様。魔王のシンを回収する時は私たちも参加させていただけますよね」


「駄目だ」


 ダグラスがバッサリと切り捨てると、ユリアは不満気に顔をしかめた。


「なぜですか。我々には見つけた責任があります」


「魔王のシンは極めて重要な事柄だ。反省室の落伍者たちがいては足を引っ張られる可能性があるからな。無能をメンバーに入れるわけにはいかない」


「ちょっと言い過ぎなんじゃなーい」


 レヴィが会話に加わると、ダグラスは舌打ちして気分を害したことを露わにした。


「下賤な身分のものが口を挟むな」


「高貴なお方のわりにお口が悪いね」


 レヴィはむっとした顔で返す。


「レーゲンとかいったな。聞いたことがある。お前の母親は平民のメイドでフェルノート当主に取り入ったのだろう。愛人だったと小耳に挟んだ。最後はフェルノート家から捨てられたのだとか。娼婦には当然の末路だが」


「んだと。てめえ」


 レヴィは顔色を変た。戦闘時と同じく荒々しい気配を宿す。

 そのあまりの発言に、アオイがダグラスを止めるために踏み出すと、後ろから裾が掴まれた。アリスが首を横に振って「話を拗らせないで」と小声で言う。それもそうだ、本人が耐えているのにアオイが先に仕掛けるわけにはいかない。


「今はフェルノートから支援を受けていると聞いたぞ。どうせフェルノート公のお情けにすがって金をたかっているのだろう。そんな誇りの欠片もないドブネズミみたいな真似をするとはな。親子そろって似た者同士だ」


 レヴィは怒りに任せて一歩踏み込み。

 そんな彼女をゼインは腕を掴んで制止した。


「よせ、相手が悪い」


 なんとか怒りを堪えたレヴィを完全に爆発させたのは次の一言だった。


「まあ魔物の呪いに蝕まれたお荷物の母親がいたら仕方ないのかもしれんがな」


 その場の全ての者がざわりと空気が動いたのを察知した。


「取り消せっ!」


 勢いよくゼインの手を払いのけ、ダグラスに詰め寄った。

 そんなレヴィの鼻先に突きつけられる抜身の刀。

 即座にダグラスが刀を突きつけていた。


「間合いに入ったら斬るぞ」


「上等だ。やってみろ」


 唸るように言い放ちレヴィは腰に帯びた双剣、その柄に手をかけた。

 剣を抜きかけた時、ユリアはレヴィの腕に抱きついて必死に彼女を止める。


「駄目です! やめてください!」


「っ。放してよ!」


 二人はもみ合いながら床に倒れ込む。

 引き離そうとするレヴィに放されまいと食らいついた。

 ユリアを引き剥がすことを諦め、座り込むレヴィの拳は強く握りしめられて爪が皮膚に突き立っている。そんな様子を見て彼の嘲り笑いは一層増した。


「いったい何がおかしいのですか!」


 レヴィの代わりにユリアが強い口調で一喝する。


「貴族の家にあるまじき恥ずべき行いです。笑い事ではありません。貴族が貴族たりえるのは、その責務を果たすからではないですか!」


 ユリアは驚いた顔を見せるレヴィの肩を抱いて立たせた。

 ゼインも本気なのかと、まじまじユリアの顔を見つめていた。

 大貴族を相手にユリアは一歩も引かなかった。気が強いのか正義感が強いのか、はたまた子供なのか。アオイよりもトラブルメーカーなのかもしれない。


 一喝されたダグラスの態度は殊勝なものではなかった。彼に宿るのは気分を害された不快感だ。貧乏貴族のくせに生意気な──と吐き捨てる。


「責務は果たしている。ティルタニア正教を知っているだろう。女神の血を引く王家を戴く我ら貴族もまた、神の力の一端をその身に授かった。高貴な血だ。我々の存在していること、それ自体でこの国の安寧をもたらす役割がある。平民はその恩恵を受けているのだから派遣でもやってるのがお似合いだろう」


 彼が語った内容は子供でも知っているティルタニア正教の教義だ。

 

 かつて戦争で荒れ果てた大地に神がその血を引いた者を遣わした。それが現在の王家であるローズ家であり、並み居る貴族たちも神の力を授かったという内容だ。特にティルタニア正教と関わりが強いカルディア社の人間ならば知っていてしかるべき事柄だ。


 普通の貴族ならばそれを誇らしく思うものだ。

 だがユリアは感情のない声で言った。


「流れる血で……その人が立派になったりはしません。私たちは何も変わらないんです」


 それは侮辱というよりは自分の中で事実をただなぞっただけのようだった。

 しかし彼は当然、侮辱と受け取った。


「なんて恩知らずなことを。世界を見れば分かるだろう。ティルタニアのなんて平和なことか。我々貴族が先の大戦で平民たちを守ったからなのだぞ。神から与えられた技──神技によってな」


 神技(シンギ)──それは一般的な戦技や魔術と全く違う法則による強力な特殊な技能だ。人に宿るシンを爆発的に発揮させて世界の法則を歪める技術である。

 

 それは究極の戦技であり、技の性質によっては障壁等でも防げない。

 その使用者は貴族がほとんどだ。それこそが貴族が貴族として尊ばれる理由になっている。ティルタニア正教で言うところの神の力を授かった証しであった。


 だが、それが欺瞞であることは誰よりもアオイが良く知っていた。


「この──」


 さらなる暴言が語られる前にアオイは彼のデスクに手を叩きつけて言葉を終わらせる。今度はアリスも止めなかった。


「やめろ。これ以上は俺が許さない」


「ほお。面白い。どうしようというのだ」


 ダグラスが立ち上がる。その身に静かな闘気を宿していた。


「待ってください! まさか社内で神技を使うつもりですか」


「安心しろ。危害を加えるつもりはない。だが……身の程を教えてやろう」


 睨み合う、その最中にダグラスのシンが高まっていくのを感じた。彼の満ち満ちた闘気がある時、一気に爆発して空間を包み込んだ。ぱしん! とダグラスが勢いよく閉じた掌の中には一本の細長い棒状の物体が。


「これが何だかわかるか」


 視線が一斉に集まる。掌の中の物体、彼が見せびらかすようにしたのは、つい一瞬前までアオイの胸ポケットに入っていた万年筆だった。


「ふ。これが私の神技だ。指定した座標の物体を強制的に移動させる。これは万年筆だが。それがもし貴様の心臓だったらどうだ。お前は死んでいた」


 ダグラスは手に持った万年筆をアオイの心臓に向ける。


「理解したか。これが我々を分け隔てる絶対的な差だ」


 これが貴族だと、どうだと見せつける。その瞳が怪訝そうに細まった。


「ふ。くっくっく」


 アオイが笑い声をあげたからだ。


「何がおかしい? 気でも狂ったか」


 アオイは指を突きつけた。

 それはピタリとダグラスの持つ万年筆に向けられていた。


「そのペンをよく見てみな」


「いったい……なっ! ば、馬鹿な」


 彼の余裕に満ちていた顔が驚愕に染まる。

 そこには一種の恐怖すら混じっていた。


「これは私の万年筆じゃないか」


 ダグラスはわずかに震える手で眼鏡の位置をなおした。


「いったいどうやって。さっきお前が机に手を置いた時にとっていたのか。いや、まさか。その時は私がこれを標的にすることなど。だがそれ以外は近づいてすらいないはず。まさか私の神技に干渉したとでも」


 完全に思考に混乱をきたしたダグラスはぶつぶつと取り留めのないことを呟く。


「気づかなかったろ」


「な、なにを?」


「考えようとも思わなかったはずだ。裏をかかれるなんて」


 圧倒的な権力、そして貴族が持ちえる神技という力を備える、彼に逆らえる平民たちなどいなかったはずだ。ただ一人を除いては。

 初めて遭遇した異物を前にしてダグラスはただ凍りついたように固まっていた。


「目が曇ってるぜ。貴族様よ」


「ぐ。くそ。派遣風情が」


 彼の絶対の自信の源、その技が通用しない可能性がある。

 その事実はダグラスの余裕を完全に消し去っていた。


「これ以上くだらん話に付き合う気はない! さっさと消えろ!」


 怒鳴り声に押されて応接室の外に出る。

 結局、魔王のシンの回収に参加させてもらえるかは分からなかった。アオイも事後が気にならないと言えば嘘になる。だがあれほどの重要事項だ、もはや派遣の手など離れ、あとは上層部や国がなんとか対応するのだろう。下っ端に過ぎない彼らのできることはもはや何もなかった。

 



「まったく何なの。あの態度さ。貴族がそんなに偉いかっての」

 

 レヴィは紙パックのジュースを音を立てて一気に飲み干すと、握りつぶしてゴミ箱に向かって放り投げた。ひゅーん……からん。放物線を描いた紙パックは室内の隅に置かれていたゴミ箱に見事着地した。

 

 あの後、反省室に戻ってきていたのだ。


「そうですね」


 怒り心頭のレヴィに対してユリアは少し歯切れが悪かった。


「あーもう。むかつくーむかつくー」


 机に突っ伏して身をよじらせて悶えまわる。


「ねえユリアー。傷ついた私を癒して」


 えっとユリアは困った様子で視線を泳がせた。少し悩み、


「元気出してください」


 躊躇いがちにレヴィの頭を軽く撫でた。


「ああー癒されるー」


 少し困ったようなユリアを見てへらへらと笑うレヴィ。他愛無い会話を繰り広げる二人に対して暗く沈んでいるアリスの姿があった。


「ルミナス様の次はダグラス様と関係悪化ですね」


「ごめん。アリスちゃん。私のせいだ」


「いえ、こちらこそすいません。そういうつもりでは」


 レヴィが申し訳なさそうに口にするとアリスは慌てて手を振った。


「二人に助けられちゃったな。アオイさんもユリアも凄いかっこ良かった」


「いえ、当然のことをしたまでです」


 ガラガラ、と扉が開いた。姿を見せたのはゼイン・ノイマンだ。集合時刻に間に合う到着だ。貴族嫌いの彼もユリアの行動には思うところがあったようだ。


「はあーあ。でも結局、参加できなさそうだね」


「その点なら大丈夫です。なんとかします」


 ユリアは何か確信があるように微笑んだ。


「それよりも教えてもらえませんか。あれ」


 あれ、という言葉のさす意味はアオイも当然理解していた。先ほどのダグラスをやり込めた手法について興味があるのだろう。聞かれるとは思っていた。


「おそらくダグラス様の神技の正体を知っていて、攻撃の対象に選ばれたのは偶然だったとしてもです。私にはあのペンをいつの間にとったのか分かりませんでした。アオイさんがダグラス様を挑発した時だとは思うんですけど……。そしてわざと見えやすい位置においておいた」


 合っているでしょうか──とユリアは問いかける。


「確かに偶然なのは合ってる」


「やっぱり」


「こちらの仕掛けで重要なのはいかに相手の虚をつけるかだ。それは戦いの神髄、奥義と言ってもいい。相手の思考の外の攻撃、それは防ぎようもない」


 ふむふむと感心した様子でユリアは何度も頷いた。


「つまりだ」


「つまりなんですか?」


 勇者だなんだという絵巻物が好きなだけあって、こういった話も興味があるのだろう。ユリアは目を輝かせて答えをせがむ。


「あいつが部屋に来る前に取っておいたんだよ」


「……へ?」


「待ち時間があったろ、あの時にとって胸ポケットに入れておいた」


「え……いや、でも。それじゃあ」


 ユリアは数瞬ほど頭を悩ませて、急にがばっと立ち上がった。


「ただの泥棒じゃないですかっ!」


「上手いことを言うな。みんなの心を奪ってしまったという点では、確かに泥棒と言えるかもしれない」


「普通に! ごく普通の泥棒ですよ! なんでそのタイミングで取ってるんですか!」


 がなり立てるユリアに向かって冷静にアオイは告げる。


「だから戦闘の奥義は相手の虚をつくことだって言ったろ」


「虚を突きすぎですよ! 相手いないんですから!」


「まさに防御不可攻撃だな」


「え? ええぇ? 逆になんであんな自信満々だったんですか!? ダグラス様があのペンを移動させたのはただの偶然ってことじゃないですか!」


「だから偶然なのは合ってるって」


「なんか意味が全然違ってきますよ!」


 悪いことをしておきながらアオイのあの態度だ。

 ユリアの思考の限度を超えたのか彼女は思いっきり頭を抱えた。


「俺はあの展開をあらかじめ予期していたんだ。全ては計算だったのさ」


「あ、そうなんですか。凄いですね……って騙されませんよ! どんな嘘ですか!」




 騒ぎ立てる二人を眺めるレヴィは笑いながら呟く。


「元気いーね、ユリア」


「アオイさんのやることをいちいち気にしてたら身がもたないんですけどね」


「おお、経験者は語るってやつね」


 カルディア家やルーベント家などの大貴族相手に喧嘩を売ってしまう。

 まともな神経してたら一緒にはいられない。


「あんだけ神経図太いのも逆に羨ましいもんだ」

 

 ゼインは一人、お気楽に持ち込んだ新聞を眺めていた。




 アオイたちが帰途についたのは太陽が建物の向こうへと沈みかけている時だった。茜色に染まる道を笑い声を上げながら家へと急ぎ走る子供たちがいる。幼い彼らにはこの世を取り巻く無数の壁など見えていないのだろう。むしろ、大人があると思っている壁などは意識の中にしか存在していないのかもしれない。


 子供たちは思い悩むことなどないように無邪気に世界を謳歌していた。






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